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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年7月号

ほんの森

えほん
障害者権利条約

作/ふじいかつのり 絵/里圭

評者 大村美保

汐文社
〒102-0071
千代田区富士見2-13-3
定価(本体1500円+税)
TEL 03-6862-5200
FAX 03-6862-5202
http://www.choubunsha.com/

今年の春、ソフトボールの試合をハワイ大学で観戦した時のことだ。一塁側の観戦席にファウルボールが飛び、それを取ろうとして観客の人だかりができた。すると、背が低く体格のよい女性がそこへ向けて走りだした。彼女は知的障害があると見える30代の女性だった。予想どおり彼女は観客からボールを受け取ったが、その後が意外だった。身体を揺らして戻ってくると、バックネット裏を通って三塁側に着き、ベンチ付近にいる選手たちにボールを返したのだった。手慣れた、迷いのない行動だった。

彼女は愛好家らしくホームチームの緑色の野球帽を付けていた。そして知り合いがたくさんいるようで、同じ帽子の観客何人もが彼女と抱き合って挨拶していた。

ADA(障害をもつアメリカ人法)制定から25年になるアメリカでは、ごく日常の光景なのかもしれない。本書中に「ボク」の夢のひとつとしてスポーツ観戦が描かれるように、私たちの国でもこれと似たような姿を見る日が来るはずだ。

本書は障害者権利条約を伝える絵本である。この条約が成立した背景や、批准の意味とその道のり、そして批准後の国内実施に関する期待にも言及した。折しも日本の批准から1年半が経過し、批准後2年以内に行うべき国連への政府報告が現在検討されている。時宜にかなった出版を歓迎したい。

障害者権利条約の概要と要点がシンプルに伝わる秘密は、仕上がりの効果を意識した構図と本書全体を貫く文脈にある。版画で力強く温かみのある絵を担当した里氏と相互に修正し練り上げられた。著者は全盲のため、複数から絵の説明を聞いてイメージを掴(つか)んだそうだ。同じ絵でもその説明は人により相当に異なるという。

各団体ではこれまでも工夫を凝らしてわかりやすい版など作成しているが、絵本での障害者権利条約の紹介は世界でも例がないのではないか。

絵本である最大の利点は、広く一般の人たちが読み、理解できることだ。子どもも、そして大人も、障害があってもなくても。国連での策定過程や国内法整備そして批准と、この条約に関連して長く関わりのある著者だが、独特の用語(たとえば合理的配慮)や人権条約についての詳細で専門的な説明は排し、読み手が具体性と臨場感をもって想像を働かせるための仕掛けを随所に設けた。いつどのページを開いても新しい発見があり、それでいて親しみと懐かしさを感じる一冊である。次世代を担う人たちが本書に触れ、育ってゆくことを期待したい。

(おおむらみほ 筑波大学人間系)