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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年8月号

1000字提言

福祉施設は収支逆転を自覚せよ

中島隆信

職業柄、社会福祉法人やNPO法人の財務諸表を見る機会が多い。予算や決算に関して、「今年度は○○の利益が出た」とか「次年度は○○の黒字の見込み」などと聞くと、経済学者としてどうしても違和感をぬぐい去ることができない。

福祉施設の損益計算書(例示)

費用     収益  
職員給与 10,000,000   補助金収入 1,200,000
利用者工賃 2,500,000   就労事業収入 5,000,000
その他人件費 2,500,000   給付費収入 20,000,000
その他経費 9,000,000   利用者負担金 30,000
当期利益 2,300,000   雑収入 70,000
  26,300,000     26,300,000

左の表をご覧いただきたい。これは福祉施設の損益計算書を例示したものである。収益合計は2630万円だが、そのうちの大半は行政から受け取る給付費(2000万円)である。他方、費用合計は2400万円(当期利益を除く)で職員給与(1000万円)がその4割強を占める。

この収支の仕分けはどうみても国民の一般常識と乖離しているように思える。納税者から見れば、障害者福祉事業のインプットは税金を原資とする給付費であり、事業の成果は障害者の工賃ではないだろうか。すなわち、福祉事業の成果は給付金を受け取って障害者にどれだけの工賃を出せたかということだ。その点からいえば、この表で示された事業は2120万円を投入しながら250万円の工賃しか出せておらず、社会会計的には1870万円の赤字なのである。つまり、このような事業を行わなくても障害者本人に1870万円を渡せばそれでいいのではないかという論も成り立つ。

これに対しては、福祉というものがわかっていない経済学者の暴論との意見が聞こえてきそうである。施設は障害者に対して工賃の額だけでは測れない「生きがい」や「居場所」を提供しているのだという考えもあるだろう。

しかし、福祉サービスが税金で成り立っている以上、納税者である国民に対する説明責任は常に施設側にある。1000兆円の借金を抱え、財政収支の改善のため消費税率をさらに上げなければならないという状況下で、障害者福祉だから必要な経費に税金をいくらでもつぎ込んでいいという理屈はもはや通らないのだ。

セーフティネットとしての福祉サービスは国民にとって不可欠な存在である。障害者が自立を目指すにせよバックアップ施設の存在はその心の支えになるのは当然だ。そうだとしたら福祉施設は、どうみても収支が逆転しているとしか思えない損益計算書の「黒字」を見せる前にやるべきことがあるだろう。それは、自分たちが日本社会に対してどのような価値を創造しているのかを考え、その成果を示すことだ。そうすれば、今後も福祉サービスは国民の信頼を得て立派に生き残ることができるだろう。


【プロフィール】

なかじまたかのぶ。慶應義塾大学商学部教授。専門は応用経済学。1960年生まれ。83年慶應義塾大学経済学部卒業、01年より同大学商学部教授。博士(商学)。現在、高校野球と経済学(仮)をテーマに執筆中。