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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年8月号

ほんの森

ぼくの命は言葉とともにある

福島智著

評者 熊谷晋一郎

致知出版社
〒150-0001
渋谷区神宮前4-24-9
定価(本体1600円+税)
TEL 03-3796-2111
http://www.chichi.co.jp/

人はみな、それぞれの「宇宙」に生きています。それは部分的には重なり合っていたとしても、完全に一致することはありません。時にはまったく交わらないこともあるでしょう。このように、ばらばらに配置された存在であるからこそ、その孤独が深いからこそ、人は他者との結びつきに憧れるのではないでしょうか。(112頁)

本書は、9歳で視力を失い、そして18歳で聴力を失った盲ろう者、福島智氏による自伝的エッセイである。福島は現在、東京大学教授として研究や教育に従事する傍ら、国内外での盲ろう者支援を思想的・実践的にリードする中心的な存在でもある。

だが本書の射程は、盲ろう者が置かれている現状についての対象的記述や、支援の提案だけにとどまっていない。盲ろうという極限状態から、「命」「価値」「言葉」「コミュニケーション」「超越」「幸福」といった、極めて普遍的な問題に新たな光を投げかける、哲学的論考である。深い内容を取り扱っているといっても読みにくさはなく、具体的な経験と幅広い学識に基づいた平易な表現で記述されており、福島の思想を知る上では恰好(かっこう)の入門書といえるだろう。

光と音を失ったときのことを、福島は「宇宙空間の中にたった1人だけおかれて、酸素ボンベから少し酸素が送られてきたかと思ったら、すぐに止まってしまうという非常に不安な状況」と比喩(ひゆ)的に説明する。ここでいう「酸素」とは、指点字や点字を媒介にして福島の指先に送り届けられるコミュニケーションのことを喩(たと)えたものだが、おそらく、「宇宙空間」というのは文字通りの意味であって、比喩などではないだろう。

人は誰しも、他者と完全には共有できない個別的な宇宙を、認識論的に生きている。しかしそのような孤立した状態では、魂のレベルで窒息してしまう。他者とのコミュニケーションを通じて、複数の宇宙が部分的に重なることでようやく、息が吸えるようになるのだ。

本書には、約50年にわたって福島の指先に注がれ、福島という一つの命をつなぎとめてきた膨大な言葉の数々が紹介されている。それは、家族や友人の言葉、恩師の言葉、落語、SF小説、哲学書など多岐にわたっており、本書の大きな魅力の一つになっている。それだけではない。多くの他の命をつなぎとめた福島自身の言葉も、本書には数多く再録されている。本書は、私たちがみな、言葉を通じて他者に生かされている存在であるということを優しく教えてくれる。

(くまがやしんいちろう 東京大学先端科学技術研究センター准教授、小児科医)