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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年9月号

列島縦断ネットワーキング【滋賀】

土と身体性
―今、触ることとは:コミュニケーションツールとしての触覚・土

世界にひとつの宝物づくり実行委員会

滋賀県立陶芸の森25周年記念関連企画
公開講座&実験ワークショップ

画家岡本太郎は、「…ヤキモノになろうがなるまいが、気にしないでどんどん作る。いま触れている土と、瞬間にわきあがる情感が無条件にぶつかりあうのだ。」(「私のやきもの賛歌」、雑誌『太陽』平凡社、1986年6月号No292)と記しています。

「土・祈り・イマジネーション…岡本太郎の言葉とともに展」では、この岡本太郎のはつらつとした芸術論をひもときながら、岡本自らも傾倒した土の芸術を六つのシーンで紹介しています。この展覧会の関連企画として、7月17日、18日の2日間、つちっこ公開講座&実験ワークショップ「土と身体性―今、触ることとは:コミュニケーションツールとしての触覚・土」を、やきものの街信楽にある滋賀県立陶芸の森を中心に開催しました。

やきもの制作~土でコミュニケーションを!

滋賀県立陶芸の森では、平成14年度から子どもや障がい者を対象に、土に親しんでもらう普及事業に取り組んできました。近年では、1.触る文化を人類学的に研究する「ユニバーサル・ミュージアム研究会」での活動、2.教室に入れない不登校の子どもたちを対象にした「文化芸術の力を教育に」推進モデル事業、3.特別支援学校の子どもたちとともに子どもたちが共に学びあう「インクルーシブ・アートプログラム」推進モデル事業、などの活動にも関わってきました。これらの活動を通して、粘土という素材の特性から、心を開き視覚にとらわれることから解放する、触って身体で感じていくやきものの特性への再認識がありました。

粘土は押したり、伸ばしたりした形がそのまま記憶される素材です。指で押せば、指紋を刻印することもできます。他の素材と比較すると適当な量の粘土は、操作しやすく、思いどおりの形につくりやすいものだといえます。しかし、全く粘土の特性を無視して無理やり形ができるものでもありません。思いどおりにできるようでできない、そのやりとりの中に、土に関わる人はのめり込んでいきます。

事業を開始した平成14年度当初は240人の参加者が、平成26年度では10,992人にまで大きく増えました。この豊富な実績からも、やきもの授業を受け入れた学校からの評価と、さまざまなモデル授業を経る中で、私たちに、触ること=身体性を伴う行為の重要性について多くの気づきがありました。今回の公開講座&実験ワークショップでは、この気づきが核となり内容が構成されました。

展覧会鑑賞の参加者たち

18日の朝からは、陶芸の森の陶芸館(美術館)で「土・祈り・イマジネーション…岡本太郎の言葉とともに展」の展覧会鑑賞から始まりました。当展は、芸術とは生きることそのものだと綴った岡本太郎のはつらつとした芸術論をひもときながら、岡本自らも傾倒した土の芸術を6つのシーンからたどったものです。会場には岡本の芸術、土に対する言葉が紹介してあります。それらととともに、1954年の初期のやきものからダイナミックで力強い岡本太郎の陶芸作品が並びます。展示品中2点の作品のミニチュアと太陽の塔の背後にある《黒い太陽》小品を、参加者に触ってもらいました。

その後、触る展示「つちっこ!なるほど!やきものコーナー」では、点字や点図の解説とともに、土器、陶器、磁器などの異なる種類のやきものや伝統的なスタイルの信楽焼タヌキを触ってもらい、その特徴を理解してもらいました。さらに、美術館内の参加体験コーナー「たぬきの八相サイコロ占い」では、得た知識を楽しみながら深めてもらえるようにしました。

公開講演会:土と身体性―今、触ることとは

公開講演会では、教室に入れない不登校の子どもたちを対象にした「文化芸術の力を教育に」推進モデル事業でメンバーのひとりとして、授業を見守ってくださっていた滋賀大学教育学部の大嶋彰教授に「美術教育に必要な視覚の解体について」発表していただきました。言語構造がいったん確立すると、意味や輪郭が固定され、視覚は記号化される。芸術の力は、この視覚による固定化から生身の身体感覚で、解体させることができる。固定化された視覚への挑戦状として、岡本太郎の言葉を引用し説明されました。「今日の芸術は、うまくあってはいけない。きれいであってはならない。ここちよくあってはならない。(『今日の芸術』1954年)」。また、再び身体性を取り戻すには、他者との共同性の中で回復していく必要性にも言及していただきました。

国立民族学博物館准教授の広瀬浩二郎先生には「“土”の響きを求めて―「障害」から生まれる新たな風土論」というタイトルで発表していただきました。手は“頭”と“体”を結びつけるといいます。そこには常識にとらわれないアートの潜在力があります。西村公朝先生作の「ふれ愛観音」を一例に、その意味を考察していただきました。この像は祈りの造形で、愛=主体・客体が一体化する“場”の震動に触れることなのです。触常者が構想する21世紀の風土論としては、「目に見えないもの=風」と「目に見えるもの=土」の相互接触により文化が生まれ、「触って創る」「創って触る」を繰り返す陶芸は、“土”に“風”(思い)を吹き込む「ふれ愛」の実践といえるとのことです。

実験ワークショップ:コミュニケーションツールとしての触覚・土

「タヌキ変身プロジェクト~町なかで触って楽しむタヌキづくり」

午後からは、お馴染みの信楽焼の型づくりタヌキを視覚障がい者と晴眼者がペアで変身させるプロジェクトを行いました。触覚と会話を頼りに制作を進めました。また、町中に置くことを想定し、なおかつ、誰もが触り楽しんでもらえる設定でタヌキづくりに取り組みました。

まず、ペアづくりは外からは見えないブラックボックスに入った品々を触り、同じ品を選んだ相手がペアになりました。箱の中には町を象徴する品々、フォーク・スプーンとカップ=レストラン、おもちゃの鉄砲=警察署といったように、あらかじめ創るものをイメージしやすいようにしました。

まずは、ウォーミングアップとしてペアを知るため、また、粘土に親しんでもらうため、土ダンゴをつくったり、長い紐をつくったり、その紐状の粘土をペアで高く積み上げてもらう時間を設けました。

その後、典型的なタヌキで高さ30センチ程度の型からできた、焼く前のやわらかいタヌキをペアが変身させていきました。アンケートでは、以下の感想が寄せられました。

(素材について)

  • 自在に操れ、やり直しができるのが良い。
  • 他の素材だと難しいと思う。
  • 細かいものや模様はやりにくかった。

(ペアで良かった点)

  • 話しながら創る方がイメージが広がった。
  • 2人の意見を出し合ったので楽しかったし、予想外の作品ができた。
  • 一緒に考えて、感覚的なことを考えてもらって良かった。
  • 見える側とそうでない側で補い合って制作できた。

(楽しんでできたか)

  • 少しずつ2人で積み上げていく中で、相手の提案もプラスしてどんどん進展していったのがおもしろかった。
  • ペアの人と共通意識になった瞬間が良かった。
  • タヌキがどんどん変身していくのが楽しかった。

時間を忘れて取り組むこと、そこから得られる解放感から生まれる力。それは個人の感覚的な体験ではありますが、感覚的体験が既存の意識変化を促していきます。それとともに、その場を共有する他者をも刺激していく。講演の裏付けにもあるように、その現象が今回のワークショップでは明確に現われていたように感じられました。身体性は自他の輪郭を解き放つ要素を内包し、さらにこの身体性を取り込んだ共同作業は、言語の枠から解き放たれた会話や交流を可能にさせました。


*「つちっこ」とは、陶芸の森の「子どもやきもの交流事業」と実行委員会事業の総称です。