「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年10月号
障害者権利条約「言葉」考
「情報の利用」
福島智
「情報の利用」という表現は、権利条約第21条で用いられている。同条の表題は、「表現及び意見の自由並びに情報の利用の機会」だ。つまり、正確には「情報の利用の機会」ということだが、いずれにしてもこの表現は分かりにくい。
一体これはどういう意味なのだろうか。条約の他の個所ではどのように用いられているかと思って確認してみた。すると、「情報の利用」は、条約全文中、ただ1か所ここでしか用いられていないことが分かった。
それでは英語表現はどうだろうか。「情報の利用の機会」に対応する英文は、「access to information」、つまり、「情報へのアクセス」である。これなら、すっきりと分かりやすい。
さて、第21条の内容はどのようなものか。
・一般公衆に対する情報は、障害者に利用しやすい様式や機器で提供されること。
・公的な活動において、障害者にとって利用しやすい意思疎通の手段を受け入れること。
・マスメディアの提供する情報は障害者にとって利用しやすいものであること。
などが、ポイントである。
そして、条文中で「利用しやすい」として例示されているのは、手話や点字その他の情報伝達のための手段・様式である。これらの指摘自体は最もなのだが、どうもしっくりこない感じがある。その理由は、この「利用しやすい」という表現にあるようだ。
たとえば、公共性の高い一般公衆向けの情報として、政見放送や選挙公報を考えてみる。テレビの政見放送で字幕も手話も全くなければ、多くの聴覚障害者にとってはその放送は「利用しやすい」とか「利用しにくい」というレベルではなく、「利用できない」と受け止められるのではないか。また、全盲の視覚障害者に選挙公報が活字の文書のみで提供され、点字や音声での情報提供がなかったとしたら、やはりそれは、「利用しやすい」「利用しにくい」という水準の問題ではなく、「利用不能」ということなのではないか。
ここでの「利用しやすい」に対応する英語表現は「アクセシブル」である。どうも、さきほどのアクセスやアクセシブルの語をどのように捉えるかは、条約理解の上で重要な鍵になりそうだ。
ところで、日本語の「情報の利用の機会」は1か所だから、英文の「access to information」も1か所かと思ったが、実は違った。もう1か所、第9条の(f)にあった。その条項の日本語は次のとおり。
(f)障害者が情報を利用する機会を有することを確保するため、障害者に対する他の適当な形態の援助及び支援を促進すること。
ここで英語版の「access to information」に対応する日本語は、「情報を利用する機会を有すること」という部分になる。こちらの日本語訳の方が「アクセス」の理解として適切だと思える。
つまり、アクセスとは、何かを「利用する機会が与えられていること自体」であり、アクセシブルとは、「利用する機会が十全に与えられている状態」を本来示すものだ、と考えてはどうだろうか。
(ふくしまさとし 東京大学教授)