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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年11月号

列島縦断ネットワーキング【東京】

日弁連シンポジウム
「難病者の人権の確立を考える」

青木志帆

日弁連が難病者の人権を考える理由

去る平成27年7月31日、日本弁護士連合会2階クレオにおいて、「難病者の人権の確立を考える」というシンポジウムが開催されました。これは、7月16日に、日弁連が初めて難病者の人権保障について考えた「難病者の人権保障の確立を求める意見書」を公表したことを受けて開催されたものです1)

平成23年に障害者基本法が改正され、障害の定義も改められた時から、「難病も障害に含まれるようになった」と言われるようになりました。しかし、実際難病者が置かれている現実はどう変わったでしょうか。

平成27年1月には、それまでの難病対策悲願の法制化であった難病の患者に対する医療等に関する法律(以下、「難病法」)が施行され、医療費助成対象の病気の数は飛躍的に増えました。しかし、自分がかかった病気が国から指定を受けているか否かで、利用できる福祉サービスに大きな差が出る「制度の谷間」の存在は、難病者にとって最大の人権侵害であると言えるでしょう。

こうした日本独特の法律と課題の中、障害者権利条約の観点から難病者の人権をどのように保障していくべきか。この意見書とシンポジウムは、そのような問題意識から企画されました2)。当日は、会場までお越しいただけない難病当事者への情報保障の趣旨から、Ustreamによるインターネット中継も行いました(中継のみ)。今後は、手話通訳や要約筆記も含めた中継や、録画した内容を後日ご覧いただけるようにしていければと考えています。

基調講演

基調講演は、「障害者権利条約と難病者の人権について」というテーマで、川島聡岡山理科大学准教授からお話いただきました。

障害の社会モデルの観点から、障害者権利条約の基本理念である、障害(病気)のない者との平等をどのように保障すべきか、お話しいただきました。「肥満」を例にとり、これまで障害と認識されてこなかったような心身の機能障害についても、障害者権利条約の成立、批准を境に、生活上の困難に着目することで、障害を理由とする差別の解消の文脈からアプローチする流れが生まれてきています。

翻って日本の障害者総合支援法や難病法は、間口として国が指定している病気にかかっていなければ制度利用ができません。障害者権利条約自身が、障害とは「発展する概念(evolving concept)」であると言及していることからもわかるように、国内法についても常に障害(者)の定義は見直し続ける必要があります。

特別報告

特別報告は、今回の意見書の作成に関与した当職からその内容の報告を行いました(図参照)。

図 難病者の人権保障の確立を求める意見書(概要)
図 難病者の人権保障の確立を求める意見書(概要)拡大図・テキスト

図の左半分に相当する総論では、川島先生と同様、社会モデルの考え方から見た難病者のとらえ方を考察しました。「病気」としてではなく、患者一人ひとりの生活のしづらさからとらえ直す視点から、「難病」を「継続的(周期的・断続的を含む)に医療を必要とする難治性疾患」と、そして「難病者」を「難病による心身の機能障害及び社会的障壁により、日常生活、社会生活に相当の制限を受ける者」と考えることにしました。これは、主に患者数の少ない難治性疾患の治療法研究を目的とし、国が指定した病気の患者を対象として福祉的・医療的施策を提供する難病法と大きく異なります。

また、図の右半分に相当する各論では、現在すでに存在する障害福祉に関する法制につき、難病者の障害特性への配慮が不足している点を考察しています。外から見て見えない障害であること、症状が周期的に変動するため、一律に固定したサービスを提供するだけでは、生活の支障をカバーしきれないこと、そして何より、病状が一見軽そうな人であっても、医療と切っても切れない関係にあることなど、難病独特の特性は多岐にわたります。単純に現行の制度をあてはめるだけでは、真に難病者のニーズに応えた制度にはならないでしょう。

差別解消法(条例)の実効性ある運用を考える際や、障害者総合支援法の見直しに当たっても、こうした難病の特性も十分考慮に入れた議論が望まれます。

リレー報告・会場指定発言

基調報告、特別報告ののち、難病者の権利擁護を考え、発信し続けている当事者・支援者の方々から、難病者の人権の確立について、ご意見を発表していただきました。

まず、白井誠一朗氏(DPI日本会議常任理事。難病当事者)からは、障害者権利条約の視点からの難病者の人権保障のあるべき形について、これまで治療法研究の制度と、福祉的な生活支援の制度が同じ制度で運用されてきたことを見直し、それぞれ独立の制度として設計したうえで相互に連携させることが必要ではないか、というご意見をいただきました。

次に、篠原三恵子氏(筋痛性脳脊髄炎の会理事長。難病当事者)からは、現在難病法でも、障害者総合支援法でも、対象疾患として指定されていない病気の置かれた生々しい実態が語られました。平成26年度、厚生労働省による筋痛性脳脊髄炎患者の生活実態調査が行われた結果から、日常生活に重大な支障を抱えながら、しかし、福祉サービスを利用できずに途方に暮れている様子が浮かび上がってきました。

最後に、水谷幸司氏(日本難病・疾病団体協議会事務局長)にお話しいただきました。難病患者にとって新たな治療法が発見されることが何よりの人権保障である、として、障害者権利条約第25条と憲法第25条に基づき、最新の治療法が発見され、費用面でも安全面でも、安心して利用できる環境が保障されるべきである、というお話をいただきました。

会場からは、小児がんの子に対する教育支援を行なってこられた野村耕司氏(東京都立北特別支援学校)から、入院中の子どもも、在宅療養中の子どもも、また幼くして亡くなってしまう子どもであっても、「学びたい」という意思は強く持っている、その子らの学習権を等しく保障する制度と支援の必要性が語られました。

このように、ご登壇いただいた方の数だけ現状の難病者(難病の子ども)の支援についての課題が浮き彫りになってきました。今後、障害者権利条約の完全実施に向けた取り組みの中では、これまで声になりづらかったこうした意見や実態に注意深く目を向け、耳を傾け、こぼすことなく人権保障を実現しなければなりません。

さいごに

現在、当職は自治体で障害者・高齢者支援に従事していますが、本意見書でいうところの難病ゆえに生活上の困難を抱えている方は想像以上に多いように思います。その方がどのような病気を抱えているかは、支援ニーズの把握に際して非常に重要なポイントとなります。「大変な病気なのね」で済ませてしまうことなく、病苦がありつつも支援によってどれだけ障害のない人とともに暮らすことができるか、この意見書とシンポジウムをきっかけとして広く議論されることを願います。

(あおきしほ 弁護士)


【注釈】

1)難病者の人権保障の確立を求める意見書。
本文は、日弁連ホームページ(http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/opinion/year/2015/150716_3.html)を参照。

2)本シンポジウムで配布された資料は、日弁連ホームページ(http://www.nichibenren.or.jp/event/year/2015/150731.html)に「資料1」「資料2」として掲載されていますので、ご参照ください。