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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年12月号

世の中全ての人へむけて発信するファッション ピープルデザイン
老若男女、国籍、性別、障がい有無を問わずオシャレを楽しむ時代へ

鶴田能史

私は今から10年前にある瞬間に出合いました。祖母は足腰が悪く、車椅子での移動になっていました。私は当時、デザイナーのコシノヒロコ先生の下で修行を積んでいました。自分がデザインした服を祖母に着せる時に、上着は簡単に着せることができたのですが、スカートを履かせるのは難しいと感じました。お尻を上げるのが容易ではなく、着せることは一筋縄にはいきません。当時は機能性のある服、いわゆる介護服などにはファッション性はありませんでした。ましてや、障害者が着るオシャレな最先端の服のカテゴリーもありませんでした。

その頃ちょうど、国内外ファストファッションの台頭で低価格競争が始まっており、デザイン性のある服が売れなくなってきていました。私がいずれ独立してブランドを立ち上げる時には、個性的なブランドだけでは通用しないと感じており、祖母との触れ合いをヒントにし、独立の際には『オシャレで機能性のある服をデザインしたい』と強く思っていました。

それから10年が過ぎ2015年。いざ世の中を見渡してみて驚愕(きょうがく)でした。10年前と全く変わっていなく、障害者でもオシャレに着れるような服のカテゴリーは存在していませんでした。10年間進歩の無いこの業界に良い風穴を空けたいと思い、テンボというブランドを立ち上げ独立しました。ブランドコンセプトは《世の中全ての人へ》、全てのジャンルを網羅する意味です。通常のブランドはターゲット年齢などを定めます。ですが私は、全ての人に向けて発信したかったのです。それはもちろん障害者に向けてもです。

まだ日本には健常者と障害者の壁があります。それは深く根付いているので簡単には打破できません。そこで私は、ブランドのデビューと同時に、世界5大ファッションショーの一つである東京コレクションでデビューするという無謀な挑戦をしました。日本を代表するファッションブランドだけが発表できる大舞台です。

私は今までの実績などを駆使し、その舞台に出場する権利を得ました。もちろん無名です。ですが、今まで未開拓だったこの障害者を取り巻く環境はぬるま湯では打破できません。熱湯でちょうど良いのです。

そのファッションショーで私は、障害者モデルを起用するという前代未聞の取り組みをしました。東京コレクションでは初の試みとなります。『日本にもこのようなデザイナーが現れた!』など世界中から賞賛の声をいただきました。まずは覚えてもらうことが重要ですので、ブランドのマークを視認性の高いマークにしています。

テンボの服の特徴は《オシャレで機能性がある》ことです。その割合ですが、7:3を維持するように心掛けています。その比率が逆転してしまうと、ファッション性の無い機能服になってしまうので着なくなります。誰だってオシャレしたいですから。まず自分が着たい!と思う服をデザインします。

2015年10月に、東京コレクションに2回目の参加をしました。そのショーはさらに飛躍し、モデルのほとんどが素人で、その半分は障害者を起用しました。個性の素晴らしさはプロのモデルですら凌駕することを証明したかったのです。さらに、社会性のある平和への願いのメッセージを込めたファッションショーを演出し、国内外から賞賛をいただきました。

世間から認知されていない障害はたくさんあります。その障害のあるモデルを起用し、世界へ広めるという試みは成功し、海外で広まりました。SMA(脊髄性筋萎縮症)、ムコ多糖症、筋ジストロフィーの障害などです。このようにファッションを通して情報を発信することが証明されました。

私の発信するファッションの世界観の中では、障害者と健常者の壁はありません。すでに先を見据えています。世の中全ての人を対象にするブランド、難しいようで実は簡単でした。容姿端麗の選ばれた一部の人間だけでなく、生まれ持った《個性》だけで世界と勝負できることを証明できたのは紛れもない事実です。障害(ハンディ)を個性として捉え、常に最先端でクリエイティブに発信していくことで意識の底上げができると確信しています。そのような経緯から、ピープルデザインという言葉を掲げて邁進しています。言葉もカッコイイですし、障害という概念すら感じない近未来の言葉です。

最後になりますが、テンボは笑顔あふれるブランドでありたいと願っています。着るだけで幸せになれる服。テンボのモデルはみんな笑顔です。笑う門には“服”来たる。

(つるたたかふみ テンボデザイン事務所代表)