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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年2月号

知り隊おしえ隊

世界旅。お勧めスポット

木島英登

もはや日本人より金持ち?国民一人当たりのGDPが上回るシンガポールの発展には驚かされる。20年前に初めて訪れたときは、地下鉄に車いすは危ないから乗ってはダメという悲しい差別があったのは昔話。今は全駅にエレベーターが設置、ホームと車両の段差も隙間もなく、車いす単独乗降も容易になった。渡し板が必要な日本は、バリアフリーもいつの間にか追い越された部分もあることに複雑な気分になるが、歓迎すべきことである。シンガポールは、車いすでも動きやすい、暮らしやすい街に変化した。

現在のシンガポールを象徴する「マリーナ・ベイ・サンズ」。3つの高層ビルが屋上で船のようにつながり、そのプールからの景色が有名だ。その奥に東京ドーム24個分の敷地の壮大なスケールの植物園「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ」がある。2012年にオープンした。

目玉は2つの巨大ドーム。世界中の花や、サボテン、アフリカの巨木バオバブなどが展示されている「フラワードーム」も素晴らしいが、度胆を抜かれたのが「クラウド・フォレスト」。和訳すると雲の森。

ガラス張りのドームに一歩踏み入れると、そこは滝つぼ。高さ35メートルの人工の山から、幾筋もの滝が落ちている。水しぶきで発生するマイナスイオンが体に響いて心地よい。もちろん音もする。涼しい風も肌に当たる。世界に類を見ない五感を刺激する、ユニバーサルな人工の山を歩く施設である。

山の麓をぐるりと周りながら、内部のエレベーターで頂上へ。雲の上を歩くように空中経路の散策路が山の周囲に作られている。吊り橋のように空中を歩くので冒険気分。段差もなく緩やかに下りなのも良い。山の壁面に植えられた標高2000メートル~1000メートルの高山植物を眺める。植物は地面ではなく山の壁面に植えられているため、屈むことなく、車いすのまま花びらの匂いを鼻で嗅ぐことができる。

滝の裏側にも入ることができる。虹も見れる。メインルートがバリアフリーなため、車いすであっても特別に意識することなく、ストレスなく周れるのが素晴らしいところ。

人工的な自然ではあるが、山登りの冒険気分を味わえ、高山植物をめでることができ、滝や水蒸気の噴霧を浴びる。一押しの観光スポットである。

次に紹介したい場所は、アメリカ合衆国のボールパーク(野球場)である。日本では、車いす席は数える程しかないが、アメリカでは400席以上ある。総座席数の1%が基準である。日本とは桁が1つ、2つ違う。バックネット裏、1塁側、3塁側、2階席、ライト、レフト、すべてのエリアに車いす席がある。どこでも座れる。たとえば、ニューヨーク・ヤンキースの野球場は、69エリア、すべての価格帯に車いす席がある。その数は530席。490の車いすから移動できる座席もある。

全エリアに座席があるため、障害者割引というものは存在しない。価格の優遇はない。その必要がないからである。介助者も同じ料金である。良い席に座りたければ、お金を出せばよい。障害者も同じことである。ちなみに球場には多目的トイレは一つもない。男女のトイレに最低一つが「ゆったりトイレ」になっており、車いすで使うことができる。よってトイレも一般客と同じように入る。

車いす席の利用者は、いわゆる障害者に限らない。階段歩行が苦手な人、肥満の人、ベビーカーの人、座りたい人が購入する。売れ残った場合は一般にリリースされる。パイプ椅子を置いて座って観戦する。ニューヨークで私が観戦したときも、隣は歩ける4人組だった。実に合理的である。

スポーツ観戦が娯楽として発展するアメリカでは、さまざまな趣向がある。キャラクターが踊ったり、クイズが出たり、観客をいじったり、プレゼントを投げ入れたりと、試合以外でも楽しめる。とりわけマイナーリーグと呼ばれる地方チームでは、選手の質はメジャーに劣るためか、サービス精神は凄まじく、芝生の匂いを嗅ぎながら、笑い転げて観戦したり、子どもは遊具で遊んだりしている。ただ日本から旅行で訪れるには、ニューヨーク、シアトル、サンフランシスコ、デンバーといった大都市が車がなくてもアクセスできるので行きやすいだろう。

他のスポーツ。アメフト、バスケットボール、アイスホッケー、サッカーのスタジアムも同様に、たくさんの車いす席がある。アメフトは試合数が少ないためチケット入手が困難である。バスケットボールのNBAはアリーナが大きく、コートが小さいため、高い席に座らないと選手が米粒のようで楽しめない。

野球をお薦めするのは、試合数が多く、座席数が多く、チケットの入手が容易であるから。よほどの人気カードでない限り、当日券でも見ることができるだろう。また、チケット価格が安いのも魅力的だ。

スポーツに興味がなくても、アメリカの優れたバリアフリーと文化を体験してほしい。もし訪米の機会があるなら、スポーツ観戦もお忘れなく。

ちなみに活況を呈する欧州サッカーのバリアフリーは、お粗末である。車いすは無料で入れるところが多いが、日本と比較しても車いす席の数は少ない。スペインのレアル・マドリッドは、車いす席がゼロ。FCバルセロナもゴール裏の1階最後列の天井が邪魔をする狭いスペースに少ししか車いす席がない。ドイツのバイエルン、イタリアのユベントスなど新しいスタジアムでは、車いす席は複数エリアに多く設置されるようになったが、アメリカと比較すると、そのバリアフリー基準は極めて低い。チケット入手も電話予約のみが多く、居住しておらず言葉が通じない、外国人旅行者には観戦のハードルが高い。

最後に紹介するのは、フランス、シャモニーのロープウエー。冬のスキー、夏のトレッキングが有名なスイスとの国境にあるアルプスを代表する観光都市である。

ロープウエーは、麓の町から一気に3777メートルの山頂へと運んでくれる。山頂の名前は、エギーユ・デュ・ミディ。欧州最高峰モンブラン、氷河のアルプス山脈を眼下に眺めることができる特別な場所。

新しくなったロープウエーの駅は完全バリアフリー。ゴンドラも段差なし。2つのケーブルカーを乗り継ぎ、最後は岩山をくり貫いたエレベーターで最頂部の展望台へ。段差がなく、車いすでも簡単に富士山より高い場所へと行くことができるのだ!

8月の夏。早朝6時30分の始発に乗ることにした。これが大正解!一番乗りなので先客がいない。もちろん展望台も貸切でアルプスの景色を独占。それに山は朝が晴れる。天候が荒れない。

ただし、風は吹きさらし。空気は薄いので激しい動きはダメ。鼓動が早くなる。体感温度は氷点下なので防寒具も必要である。展望台は、段差のないウッドデッキが整備されているので、いろんな場所へアクセスできる。

目の前には、欧州最高峰のモンブランの頂(いただき)が見える、と書きたいが、雲が晴れないので見ることはできなかった。残念。しかし別の方向に、ギザギザと岩が突き出たグランドジュロスの針峰群が見える。360度アルプスの山々。雲は下。天上の世界である。ちなみにモンブランは、日本のケーキのような茶色ではありません(笑)。フランス語で「白い山」という名のとおり、真っ白な雪山。

純白の雪に覆われた山肌に、テントがいくつも張られていた。モンブラン登頂にアタックする人たちのベースキャンプである。始発のケーブルカーは、ほとんどが登山客であった。装備を決めて、ロープに安全ベルトを通して、ガイドの案内の元、稜線を歩いて行く。彼らは展望台には来ず、モンブランへと登頂する。その姿を展望台から眺めるというわけ。コースは1つ。3日間の雪原を歩く登山である。

感慨にふけっていると、朝日が昇ってきた。太陽に当たる面の体温が上がっていく。北の方角、2000メートルの谷底はシャモニーの町。手前に氷河。手すりがあるとはいえ、谷を覗(のぞ)くとかなり怖い。

モンブラン登頂の出発点にも少し入れる。車いすを進めて、アルプスの雪に少し触れてみる。車いすでも雪の上を少し歩けたので楽しい。多くの登山家がここからアタックし、スキーヤーは氷河を抜けて麓まで降りていく。

写真やテレビで見る絶景も素晴らしいが、現場はより感動的だ。360度の景色を眺め、静寂な山の音を聴く、冷たい風に触れ、寒さや太陽を肌で感じる。低地の半分ぐらいの酸素濃度であるが、汚れなき美味しい空気を吸いこむ。まさに五感が刺激される。

どれだけ見ても飽きない素晴らしいアルプス山脈。特別な場所。どんな人でも簡単にアクセスできるユニバーサルなロープウエー。自然を満喫するのが難しい障害のある人こそ、訪れてほしい場所である。

(きじまひでとう 車いすの旅人。世界100か国以上を訪問。バリアフリー研究所代表)


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