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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年3月号

自然災害と当事者参加

鍵屋一

障害者に厳しい自然災害 

「こんな災害は初めての経験。どうしてよいのか分からなかった」。被災地で障害者や家族にヒアリングをすると必ず聞かれる言葉だ。

東日本大震災では、障害者の死亡率は被災住民全体の死亡率の約2倍に上った。なんとか避難をしても、避難所で受け入れられなかったり、避難所での生活で体調を崩したり、情報や支援物資が届かなかったりと、大変な苦労を重ねた方も多い。

その後も、伊豆大島土砂災害、広島土砂災害、関東東北豪雨災害など大規模な自然災害が猛威を振るっている。障害者からは、避難の困難さ、避難所生活の厳しさ、障害への理解のない辛さ、また自宅にとどまっても食料のない状態が続く、などの声が上がる。

防災の正四面体と正常化の偏見

防災は、自助、共助、公助が大切と言われるが、私は共助を「近助」と「新たな共助」とに分けて、図のように考えている。

では、障害者はどの程度、自然災害に備えているのだろうか。岩手県の知的障害特別支援学校PTA連合会が東日本大震災発生後に、保護者へアンケートした結果は次のとおりである(調査実施期間2011年6月~7月、配布件数1014件、回収件数718件(回収率70.8%))。

災害用伝言ダイヤルを使ったことがある人は5%、ない人は80%。地域の防災訓練に参加したことのある人は15%、参加したことのない人は80%。障害児のサポートブックを作っていた人は14%、作ってない人は82%。これを見ると、1割から2割の人は防災対策をしていたけれども、8割以上の人は全く関心がなかったということが分かる。支援の必要性の高い障害児の保護者でさえ、備えが乏しかったのである。

多くの障害者は、災害が発生すれば、厳しい状態に陥ることをよく理解している。そして、防災対策の必要性も分かっている人は少なくない。しかし、実際にはできていなかった。

その理由は「正常化の偏見」だ。人間は、自分にとって都合の悪いことを無視するか、過小評価する傾向がある。「地震が起きても自分は大丈夫だろう」と考えるのは、ポジティブに生きるための人間の知恵ともいえるが、この正常化の偏見を乗り越えない限り、障害者の防災力は向上しない。

では、どうしたら良いのだろうか。障害者が、あと少しの勇気を出して、当事者参加をすることが重要だと考えている。これを、自助、近助、新たな共助、公助、のそれぞれについて考察する。

図 防災の正四面体
図 防災の正四面体拡大図・テキスト

自助と当事者参加

自助とは、言うまでもなく障害者と家族が自ら家庭で備えることである。東日本大震災は障害児が学校にいる時間に発生したが、最も多くの時間を過ごすのは学校ではない。夜間、早朝、休日、夏季・冬季休業も含めると7割から8割の時間を自宅で過ごす。したがって、自宅で災害を迎える確率が一番高い。障害者も、やはり自宅で過ごす時間が最も長い。したがって、自宅で被災した時の対策が最重要である。

そこで、障害当事者が家族や支援者とともに防災会議を開くことを提案する。1~2時間も話し合えば、その時にできる重要対策はほぼ固まるであろう。たとえば、自宅が使えなくなった時、津波や火災から逃げなければならない時の避難所、避難ルート、避難方法を考える。その後に、実際に避難訓練をする。

最初の揺れから身を守るために、家具の転倒防止、ガラスの飛散防止など事前の減災対策を行う。そして、木造住宅なら2階に居住するなど、安全を守る習慣を身に付けていく。

さらに、その後の生活を維持するため備蓄する。自分や家族の重要情報を整理し、知人や医療・福祉関係者への連絡先を記録する。

十分な自助があれば、障害者も支援される側から支援する側に回ることができる。障害者が自助力を高めることが、社会全体の災害対応力を高めるのである。

地域社会の近助と当事者参加

被災地では在宅の障害者を高齢者が世話をしている家庭も多かった。残念なことに、高齢者の避難が遅れ、共に逃げ遅れた事例がいくつも報告されている。一方で、近所の方が支援に駆け付け、一緒に避難して助かった例もある。それは、障害者が自閉症であり、母親の力だけでは避難できないと近所の方が知っていたからだ。

そこで、障害当事者が家族や支援者とともに地域の防災訓練やおまつりなどのイベントに積極的に参加することを提案する。現状では、地域の町内会・自治会から障害者に積極的に声をかけにくい状況にある。しかし、障害者が自ら参加してくれれば、地域は拒むことはないであろう。地域の懐は広い。地域の温かな懐の中で日常生活を送ることができれば、災害時にも支援を得やすい。災害時に最初に救助などの支援をできるのは、行政ではなくご近所である。

障害者団体、PTA、ボランティア・NPO、企業の共助

同じ障害だったり、境遇や志が同じ人の場合、距離は離れていても心がつながりやすい。実際に、障害者の関係団体は、さまざまなネットワークを通じて、災害時に支援を行なってきた。

特別支援学校のPTA役員たちは、自らの児童生徒だけでなく学校や地域の児童生徒の安否確認に走った。被災地外のPTAもさまざまな支援活動を行なった。

ボランティア・NPOは、もはや被災地になくてはならない存在だ。一般に、行政は公平でなくてはならないため、目の前の人に特別な対応をすることはできない。このため対応が遅くなりがちで冷たいと受け取られやすい。しかし、ボランティアはすぐに、特別な対応をすることが可能だ。だから行動が早いし温かい。物資の支援では、経済力があり機動性の高い企業の出番だ。

そのような支援を得るためには、障害者が自ら必要な援助を発信することが有効だ。一般に、支援者は支援先を探すことが最初のハードルになるからだ。そこで、障害者の支援者が、障害者との接点になり、当事者が発信、参加しやすいように支援することが重要だ。

福祉事業者による支援と当事者参加

東日本大震災時の調査で、誰が逃げろと伝えたかについては、1位が家族・同居者で101人、2位が近所、友人で97人、3位が福祉関係者で74人である。また、誰が実際の避難支援をしたかでは、1位が家族・同居者で85人、2位が近所、友人で60人、3位が福祉関係者で53人である(内閣府「避難に関する総合的対策の推進に関する実態調査結果報告書」2013年)。

したがって、公助においては、福祉事業者の役割が重要である。災害時の実際の支援は、地域住民や福祉事業者による活動が中心であり、行政は要援護者名簿の作成、備蓄の補助など事前対策の一部を行うに過ぎない。

そこで、障害者は福祉事業者と災害時の対応について、平常時から意識的に話し合うのが重要だ。いざという時に支援が得られるかどうかは、日ごろの積極的な当事者参加がものをいう。

また、室内安全化のための家具固定、備蓄品、避難支援などの助言を求めていく。いわば受援力を発揮するのである。そして、個別支援計画の中に災害時の支援方策を記載し、当事者や家族、地域の支援者等と話し合って、役割分担を決めていくのが望ましい。

日常よりもずっと厳しい状況におかれる災害時について、個別支援計画に記載されていないこと自体が正常化の偏見である。将来的には、個別支援計画には、災害時の対応が必須記載事項となるべきと考えている。

当事者参加が地域の安全、安心を強化する

アメリカの政治学者R・パットナムは、アメリカで人や地域のつながり=社会関係資本が強くなると、人々は賢く、健康で、安全で、豊かになり、公正で安定した民主主義が可能となることを論証した。そして近年、アメリカ全体で、社会関係資本が弱くなったため、公共的課題の解決が困難になったと指摘している。

障害当事者が防災に積極的に参加することにより、障害者同士、地域や福祉事業者、行政とのつながりは深まっていく。それは、地域の社会関係資本を強化し、日常でも災害時でも安全、安心な社会を築くことにつながっていく。

(かぎやはじめ 跡見学園女子大学観光コミュニティ学部)