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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年3月号

多様な生きづらさと都市生活
~「まちなか被災シミュレーション」の実践

椎名保友

「まちなか被災シミュレーション」は避難訓練ではない。地域防災マニュアルでもなく、その場に集まったいろんな人同士がお互いの事情を配慮しながら行動するプログラムである。いろんな人の中には、車いすを使っている人もいれば、視覚や聴覚に障害がある人や知的や精神に障害がある人もいる。見た目にも分かりやすい障害の人もいれば周囲に事情が伝わりづらい人もいる。また、障害者だけが災害時や日常生活に困難を抱える当事者ではない。外国人で日本語が分からない人。高齢者や子ども、病人もそう。貧困や暴力の当事者もいる。一番大切なことは、災害の被害の下では誰しもが当事者であること。

当事者のことを要支援者という言い方もする。確かに避難やその後の生活において、何かしらの補助が必要な方ではあるが、支援する人、支援される人=要支援者、災害弱者ときっちりと線を引くのではない。当事者とは、災害時にまちや避難時の課題を明確に指摘してくれる存在なのである。

私たちは普段の暮らしの中で自宅よりも外にいる方が長い。まちのなかや公共交通機関、職場など、場合によっては不特定多数の中にいる。もし外出時に大災害が起こった時、周囲の人たちと助け合うことは可能か。また自分に当事者性がある場合、周囲からの助けを得ることは可能だろうか。

一般の人では、生活の中で障害者と接した経験がないのが大半である。障害者と一般の人、地域住民がフラットに話せる場をつくりたい。また分かりづらいが、私たちの暮らしの周りには、それぞれの事情を抱えた当事者がいることも知ってほしい。いろんな人たちが災害時を想定して一緒に助かるために行動する。ゆっくりで構わないからお互いの事情を配慮しながら、おしゃべりしながらまちなかを歩く。

「まちなか被災シミュレーション」は、お互いの事情から気づいたことを伝え合ったり、移動や情報収集や判断することに障害がある場合はいかに配慮しあうか。障害がなくても知らないまちで被災すれば、みな情報弱者として避難行動が困難となる。

このプログラムは、平時には潜在化しているが、有事には浮き彫りになるであろう「生きづらさの多様性」について考えるところから生まれた。障害者支援の私とボランティアセンター、障害当事者、会社員などのメンバーが集まり、アロハシャツを着ながら運営している。

「まちなか被災シミュレーション」は毎回30人くらいの方が参加される。10人1組の班となり、まず開催地での観光の最中に大地震発生。そこから火事・建物崩壊・水害などを想定して、みんなで助かるために約1時間避難行動を行う。終了後は、班ごとに「自分たちは助かったか?ダメだったか?」を話しながら、気づきや配慮する・されることへの意見を出し合う。

たとえば、大阪梅田の地下繁華街。みんな当初は、電動車いすの参加者が地上に上がる際の困難を想定していた。しかし、歩みを続けるうちに手を挙げたのは自閉症の男性とその母親だった。「すいません、ここであきらめます。災害下のパニックの中でこれ以上は思考停止です。2人で抱き合って座り込みます」。続いて、盲導犬と参加の女性も「私もこの子(盲導犬)も情報の判断ができなくなるからここで立ち尽くします」。災害下の困難が物理的な事情だけではない現実を参加者それぞれが改めて痛感した。

「まちなか被災シミュレーション」は、平成23年より計13回開催してきた。続けながら意識しているのは、自分の感性だけではない〈他者目線〉の尊重である。防災のまちづくり、災害時の要援護者支援、地域障害者福祉の活性化などいろんな目的でいろんなまちに呼んでもらったり、こちらから出向くこともある。

私たちの方針として一貫しているのが、障害者や当事者が一般の人と知り合い、対等におしゃべりしながら進めていける機会になれば、という思いである。だんだんといろんな地域や障害者支援団体からこのプログラムをやってみたいという声をいただくようになった。

「まちなか被災シミュレーション」では、地域のことや災害が詳しい人は不要である。いかにみんなが知らないまちで右往左往、悪戦苦闘するのかがポイントである。少人数でも可能、準備も特に不要。けがさえしなければ失敗にはならない。

参加者同士がちょっと考えてもらう工夫は必要だが、どこでもできるプログラムとなっている。全国いろんな地域で「まちなか被災シミュレーション」が開催され、独自開催でも構わない。それぞれの地域でのお互いの取り組みを事例として報告しあったり、全く違う環境の地域や障害の異なる者同士が相乗りで開催したりと多種多様に展開されていくと、障害者の暮らしや地域福祉、防災、まちづくりの分野に活気や再発見をもたらす。今までの関西での開催から、福井や宮城県南三陸といった他地域でも開催している。「まちなか被災シミュレーション」に関心ある方向けのリーフレットもある。ぜひ皆さんの地域でも「まちなか被災シミュレーション」を運営してみませんか?

(しいなやすとも 特定非営利活動法人日常生活支援ネットワークコーディネーター)