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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年3月号

フォーラム2016

IPTV放送への取り組み

小椋武夫

「IPTVアクセシビリティコンソーシアム」(以下、コンソーシアム)は、IPTVを利用した情報アクセシビリティの推進を図るために2013年10月25日に設立されました。その後の2年半の間に、多くの関係官公庁・団体・企業が関わり、さまざまな意見交換がなされ、その中で、障害者・高齢者を含む幅広い人々を対象に、誰でもテレビを楽しむための「IPTVアクセシビリティプロファイル」を国際電気通信連合(ITU-T)の国際標準化規格とする取り組み等を進めてきました。

全日本ろうあ連盟の取り組み

まず全日本ろうあ連盟(以下、ろうあ連盟)が、ろう者等のアクセス環境の整備に向けてどのように取り組んで来たかを述べたいと思います。ろうあ連盟は2017年に創立70周年を迎えます。この70年間、音声言語が中心の社会の中で生活しなければならないため、ろう者は常に不便な思いを強いられ、時にいわれのない差別を受けることも多々ありました。ろうあ連盟はこのような状況を変え、ろう者として当たり前に生きていけるよう、長年にわたって手話通訳制度や情報提供施設等の社会資源の整備等、国や行政との話し合いを重ね、ろう者の権利確立と社会参加の促進に努めてきました。

その中で、1995年、阪神・淡路大震災が発生し、6000人を超える死者が出ました。また、多くのろう者が避難等必要な情報にアクセスできず、命を危険にさらしました。

この教訓をもとに、聞こえない人一人ひとりに必要な情報を届ける方策を確立するために、1995年からろうあ連盟及び全日本難聴者・中途失聴者団体連合会、他の関係団体で「手話・字幕放送の両方を付与した放送」を目指した放送の試行を始め、1998年にCS障害者放送統一機構(以下、CS放送機構)を立ち上げました。

CS放送機構は、CS放送やPIPサービスを通して、独自情報の発信やアクセシビリティ向上のための補完情報の発信等を20年近く進めてきました。CS放送機構の長年の取り組みにより、障害者権利条約や日本の法律に明記された、ろう者に特化した「手話」による番組「目で聴くテレビ」が始まり、手話で楽しめる番組の発信をすすめ、ろう者の生活や安全を守ることができ、大きな成果を上げてきました。

その一方、財政上の理由により番組の放送時間や放送コンテンツ制作に大きな制約があります。財政を安定させ、放送時間の拡大や番組制作体制や緊急災害時の情報保障体制の強化を図り、若い人たちをひきつけるコンテンツの制作等が今後の課題となっております。

次に、IPTVの基本的な概念について解説いたします。

IPTVとは?

1.IPTVとは、IP(Internet Protocol)を利用したデジタルテレビ映像を配信するサービスです。

2.テレビを「インターネット(光回線)」につないで、IPマルチキャスト配信という通信を使って、いつでも好きな時に、映画や番組を視聴できる新しいサービスです。

3.大量にストックされている映像ライブラリなどの閲覧サービスがいつでも利用できるようになります。ビデオ・オン・デマンド(VOD)といいます。

地上デジタル/衛星放送とIPTVのろう者向け番組の違いは?

地上デジタル/衛星放送では、電波に映像と字幕(手話はなし)の両方が包含された形で流れてきて、テレビで分離、復号するのに対し、IPTVでは、通信回線を経由して映像と複数の字幕や手話のデータがそれぞれ独立して流れてきて、テレビで合成表示される点が大きな違いです。

表 地上デジタル/衛星放送とIPTVのろう者向け番組の違い

  地上デジタル/衛星放送 IPTVによる放送の可能性
字幕の付与 ・放送局が制作(委託含む)し、放送波に重畳(電波に複数の信号をのせること)⇒クローズドキャプションが可能
・制作、設備等すべて放送局の負担
・現状の帯域では、一番組一言語の対応
・放送局が制作(委託含む)/第三者が制作しテレビ側(IPTV H.762準拠)で合成が可能⇒クローズドキャプションが可能
・制作(委託の場合を除く)、設備等の放送局の負担がない
・同一番組に対して、複数の字幕の付与可能
手話の付与 ・放送局が制作(委託含む)し、放送波に重畳⇒クローズドサイン不可(手話の表示・非表示の選択は、デジタル放送の運用規定によってできない)
・制作などは放送局の負担
・現状の帯域では、一番組一言語の対応
・放送局が制作(委託含む)/第三者が制作しテレビ側(IPTV H.762準拠)で合成が可能⇒クローズドサインが可能(手話の表示・非表示の選択が可能)
・放送局とのリンクにより第三者による制作が可能。局の制作負担が大幅に軽減
・一番組に対して、複数言語(原理的には制約なし)の対応が可能
音声解説の付与 ・放送局が制作(委託含む)し、放送波に重畳⇒音声解説のオン・オフが可能
・制作、設備等すべて放送局の負担⇒5.1サラウンド放送時は、現状の設備では付与できない
・現状の帯域では、一番組一言語の対応
・放送局が制作(委託含む)/第三者が制作しテレビ側(現在、国際標準化を提案)で合成が可能⇒音声解説のオン・オフが可能
・放送局とのリンクにより第三者による制作が可能。局の制作負担が大幅に軽減
・一番組に対して、複数言語(原理的には制約なし)の対応が可能

誰でもが楽しめるIPTV放送

インターネットでの映像配信は、現在、パソコンを中心としたオンデマンド型のサービス提供(YouTube等)が広く普及しています。一方で、デジタルテレビで視聴ができる、光回線を媒体としたIPマルチキャスト配信によるサービスは、今のところ、従来放送の再送信(ひかりテレビ)等、提供できるコンテンツに制約がありますが、IPマルチキャスト配信による番組配信は、字幕・手話・音声解説等の付与ができるなどアクセシビリティな放送環境を提供でき、今の地上波テレビ放送にない大きな可能性を有しています。

とりわけ、放映されている番組に対して、放送局以外の第三者が字幕・手話・音声解説を付与することが可能な上、高額な設備が不要になることで、放送局の負担が軽減し、字幕等の付与実績が向上する効果が期待されます。また、多言語字幕等にも対応できるため、障害者以外の視聴者へのサービス拡大や、地上波テレビ等と同じテレビ受像機での視聴ができる等、大きな可能性を秘めています。

コンソーシアムで進められている「IPTVアクセシビリティプロファイル」は、CS放送機構が持つ、アクセシビリティ向上に関わるノウハウを基盤に、字幕や手話、音声解説等の付与を行う仕組みなどを規定したもので、2015年10月、国際電気通信連合(ITU-T)の国際標準化規格として承認されています。

障害者に配慮したIPTVアクセシビリティ国際標準化規格が必要な理由は?

アナログ放送時代は字幕を見るためには外付けのアダプターが必要でした。「テレビ標準規格」に字幕表示に関わる規定がなかったためです。地上デジタル規格が定められた時に、「テレビ標準規格」にすべてのテレビに字幕表示機能を付けるように規定された結果、地上デジタルテレビを買ってすぐに字幕を表示できるようになりました。

また、画面上のテロップや字幕について、多くの聞こえる視聴者から画面が見苦しい、画面の邪魔になるとの苦情があり、テロップや字幕表示の位置等が問題になることがあります。この問題は、テレビ(リモコン)で「オン・オフ方式」の機能を用意することでしか解決できません。地上デジタルテレビは、必要な人が自分で字幕をリモコンで表示・消去できる「オン・オフ方式」ですので、前述の課題を解決できます。このように規格に盛り込むことで、障害者に配慮した機器製造の義務付けが可能となるのです。

IPTVテレビでは、字幕だけでなく手話通訳の「オン・オフ」機能を取り付けることが可能となります。各テレビ放送はいずれIPTVでも放映されるようになるものと思います。今後、普及するIPTVテレビのアクセシビリティ規格を国際規格で標準化することが大切になり、国際標準となれば、グローバルワイドな製造が可能になり、IPTVがより身近になるはずです。

図 インターネット回線とIPTVはどのように?
図 インターネット回線とIPTVはどのように?拡大図・テキスト

ろう者が期待すること

地デジや衛星放送などの放送番組の字幕や手話は、放送局が制作し番組に付けない限り見ることはできません。これまで、字幕や手話のない放送番組で、同一画面上に字幕と手話を付けてみることができるのは、唯一、CS放送機構の「目で聴くテレビ」が提供している「リアルタイム字幕・手話」だけでした。

IPTVは、字幕や手話が付いていない番組に、放送局以外の第三者が字幕や手話を付けることができるようになる画期的な「放送」手段です。また、テレビと同じリモコン操作で字幕の大きさなどを変更することができます。世界共通の規格であるIPTVの普及により、字幕や手話の普及が飛躍的に増えることを期待したいと思います。

(おぐらたけお 一般財団法人全日本ろうあ連盟 IPTVアクセシビリティコンソーシアム担当理事)