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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年6月号

障害者の権利に関する条約第1回日本政府報告を見て

黒岩海映

1 「政府報告」とは

2006年12月に国連で採択された障害者の権利に関する条約(以下「障害者権利条約」または単に「条約」という)を、日本は2014年1月に批准した。批准から2年以内に日本が国連の障害者権利委員会に提出しなければならない第1回政府報告が、2016年5月、ようやくできあがった。

なお国連の条約に基づく締約国(批准等を済ませて条約に加盟した国)の報告は、日本では一般に「政府報告」と呼ばれており、行政、立法、司法のうち、行政府しかこの報告作成に関わっていない実情がある。しかし、条約上の義務を負うのは行政府だけでなく、立法府と司法府を含む「国家」全体である。したがって本来これは「国家報告」でなければならず、立法府及び司法府においても、条約の実施について報告がなされなければならないものである。

「日本政府報告」における最も基本的な欠陥はこの点であることをまず指摘したい。

2 報告ガイドライン

この政府報告は、国連の障害者権利委員会による国際モニタリングの一環として、締約国が条約の国内実施の状況を条文ごとに具体的に述べるものである。その内容は障害者権利委員会により審議され、その審議の結果が「総括所見」として発表されることになる。

障害者権利委員会は、締約国が政府報告で述べるべき事項について詳細なガイドラインを示している(以下「報告ガイドライン」という)。その内容をすべて紹介することはできないが、総論的に簡単に述べると、法律や施策の単なる紹介ではなく、

  • 条約で示された原則や義務をいかに効果的に実施しようとしているか。
  • 具体例。
  • 施策の有効性に関する比較可能なデータ。

といった極めて具体的な記述を求める内容になっている。

それにもかかわらず「日本政府報告」においては、その大部分が単なる法律と施策の紹介に終始している。

4以下で、さらに具体的な内容を見てみたい。ただし誌面の都合上、一部の条文についてのコメントにとどまることをお断りする。

3 障害の定義(1条)

改正障害者基本法、及び障害者差別解消法(以下「差別解消法」という)には、条約に沿った理念や定義が書き込まれている部分が多くある。

特に、障害の定義を従来の医学モデル(障害のある人個人の機能障害のみに着目する考え方)から社会モデル(障害のある人の生きづらさは個人の機能障害と社会的障壁の相互作用により生じているという考え方)へ転換した点は、政府報告において強調されているところである。

それ自体は評価すべき事実であるが、障害のある人の生活感覚として、障害の定義が社会モデルになったことで実際に恩恵を受けているだろうか。障害手帳、障害年金、支援サービスの支給決定、成年後見といった具体的な場面では、いまだに医学モデルが横行していると思われる実態について、政府報告では何も述べられていない。

具体的な実態の裏付けのない「社会モデル」ではまさに絵に描いた餅である。

4 障害者差別解消法(5条)

日本は差別解消法を制定し、合理的配慮の不提供を差別の一形態として位置づけ、合理的配慮の定義もほぼ条約に沿った内容で定めている。

しかし、差別解消法では民間事業者の合理的配慮が努力義務にとどまっているという重大な欠点がある。これについて、法律の附則で施行3年後に見直すと規定されているが、政府報告では、この見直しについて何も記述されていない。一定の方向性を示すべきところである。

差別解消法におけるもう一つの重大な欠点は、相談体制や紛争解決システムの不十分さである。確かに、国及び自治体が相談体制を構築することになっており、省庁は窓口を公表している。しかし、いずれも既存の相談窓口の活用であり、省庁ごとに複数の窓口がリストされていても、実際にはどこに相談してよいのかわからない。自治体も障害福祉課などが窓口になるのだろうが、教育、交通、公共施設などあらゆる生活分野に渡(わた)る差別解消法に基づく相談を、障害福祉課だけで対応できるはずがない。相談対応等のための多分野ネットワーク機能が期待される「差別解消支援地域協議会」の設置は任意なので、大きな実効性は望めない。

つまり、差別を受けた障害のある人にとって必要なのは、誰からどのような差別を受けようともまず駆け込む場所がわかる「ワンストップ」の相談体制なのである。

日本の政府報告からは、差別解消法の抱える重大な課題の記載が抜け落ちている。

5 障害のある女子(6条)

政府報告では、婦人相談所で、障害者を含めたDV等被害者の相談を受け、一時保護を行なっていると記載されている。

しかし、DV相談窓口や、一時保護所の実態を全く知らない記載であるというほかない。

実際には、車いすの女性がDV被害に遭い、一時保護が必要になっても、「バリアフリーでないから」と公的シェルターへの入所が拒否される事例が後を絶たない。精神障害や知的障害があるDV被害者も、シェルターの人員不足を理由に断られる例がある。DVについて、視覚障害のある人のための点字や音声・テキストデータによる情報提供がなされている例はあるのだろうか。電話相談しか受けていない窓口では、聴覚障害者はアクセスできない。DVシェルターを拒否された障害女性は、障害者虐待防止法に基づいて障害者施設へ避難しているようだが、そこにはDV支援の専門家はいない。

これらは、女性であること及び障害があることにより受ける、まさに複合差別である。

こと障害女性の問題については、いかなるニーズがあるか、その実態を調査することが最も重要である。その上で、障害のない女性が受けるさまざまな支援や社会サービスが等しく障害女性に行き渡るよう具体的な施策を展開すべきである。

6 法的能力(12条)

政府報告では、成年後見制度につき、「選任された成年後見人は、本人の意思を尊重しその身上に配慮する義務を負い(民法第858条)、これにより、本人の権利、意思及び選好の尊重が図られている。」と述べられている。

民法にかかる規定はあるが、この規定があるからといって、現実に成年被後見人等の意思の尊重が十分に図られているという実態は、残念ながらない。日本弁護士連合会が行なった成年後見人経験のある専門職に対するアンケート調査においても、本人意思尊重が不十分であることが裏付けられている1)

成年後見制度では、成年後見人等が裁判所に職務の報告をし、職務遂行に問題があれば解任されうるといった監督機能が置かれているが、裁判所の監督において、「本人意思尊重」はほとんど判断基準とされていない。財産の横領がないか、利益相反はないかといった観点からの監督しか(それも不十分にしか)行われていないのが実態である。「本人意思尊重」なり、条約12条が求める「支援付き意思決定」といった観点からの監督機能がない限り、意思決定を支援する実践が普及することはないだろう。またこのような裁判所の監督をもって、条約12条4項が求める「司法機関による審査」にあたるとするのは、条約に対する無理解の表れというほかない。

政府報告であげられている施策のいずれも、条約の求める「支援付き意思決定」の水準に近いものはない。この点について日本は、総括所見においてとりわけ厳しい勧告を受けることになるだろう。

7 裁判所(13条)

初めに述べたとおり、「政府報告」は司法府によって行われていないが、法務省が裁判所についての記載をしている。

政府報告では、裁判所でバリアフリー化が図られていること、裁判手続等において、手話通訳人を付す、要約筆記等を行う、裁判所が作成する書面を点訳するなどの配慮を行なっていることが記載されている。

しかしそもそも、三権分立の観点から、差別解消法は司法を対象外としているので、裁判所は何ら、法律上、差別禁止や合理的配慮の義務を負っていない。

よって政府報告で記載されている裁判所の配慮の実例は、法的義務として行われているのではなく、裁判所または裁判官の裁量に基づいて(偶々)行われているものに過ぎない。また、民事訴訟で手話通訳を付けることが認められたとしても、その費用は障害のある訴訟当事者が負担させられており、これでは裁判所が手続上の配慮を尽くしたことにならない。

さらにバリアフリー化については、簡易裁判所を建て替える際、規模や階数から法律上バリアフリーが要求されていないことを理由に、エレベーターが設置されないという事態が起きている。

裁判所における手続上の配慮やバリアフリー化が尽くされているかのような政府報告の記載は、極めて不適切である。

8 強制入院(14条)

政府報告では、精神保健福祉法に基づく強制入院制度について、「精神障害者であることのみを理由として適用されるわけではなく」(傍点は引用者)、自傷他害のおそれがある場合等で、入院の必要性について本人が適切な判断をすることができない状態にある場合に適用されると述べられ、何ら条約に反しないかのように記載されている。

しかし条約は、「障害を理由とする差別」を禁止しているのであって、「障害のみを理由とする差別」を禁止しているのではない。自傷他害のおそれがある非障害者は入院を強制されないのに、自傷他害のおそれがある障害者は入院を強制されるのであるから、これは明らかな障害者差別である。

日本は、障害者権利条約の批准を契機に、世界的にはるかに立ち後れている精神医療の現場における精神障害者の人権保障に、真摯に取り組まなければならない。

地域移行のための医療的支援に対し適切な診療報酬を付与し、精神障害がある人のための居宅支援を充実させる等の施策により、精神科病院や施設からの地域移行を推進すべきである。

9 最後に

他にも教育(24条)や地域生活(19条)など、本来触れるべき条文が多々あるが、総括的に述べると、国際水準を離れて条約を恣意的に解釈することにより、日本の法律・施策は条約に適合していると強弁するのは大きな問題である。また、報告ガイドラインはほとんど無視されている。

さらに統計の挙げ方が恣意的であることも指摘したい。障害施策関係予算が総額において増えていることを示しつつ、施設入所や精神科病院にかかる予算と、在宅支援・地域生活支援にかかる予算の内訳・比較など、重要な統計を示していないのは一例である。

今後、受け取るであろう厳しい総括所見を契機に、日本が、障害のある人が地域で当たり前の生活をする真の共生社会を形成していくことを願って、拙稿を締めくくることとする。

(くろいわみはえ 弁護士)


【注】

1)日本弁護士連合会・第58回人権擁護大会シンポジウム第2分科会基調報告書 巻末資料3