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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年6月号

障害者権利条約日本政府報告とパラレルレポート

松本正志

1 はじめに

全日本ろうあ連盟(以下、連盟)は、「手話はろう者の言葉」として、「手話通訳制度の充実」「情報保障の確立」をスローガンに掲げて、70年間運動してきました。

障害者権利条約(以下、条約)第2条に「言語には手話が含まれる」ことと、第9条に「情報アクセシビリティ」が謳われており、日本政府の条約批准は運動を進めていく中で大きな武器となりました。連盟では、「手話言語法」、「情報アクセス・コミュニケーション法」の制定を目指して、関係団体と手を繋いで取り組んでいます。

2 政府報告の評価と課題

政府報告が法や制度、事業の紹介に終始していることは残念です。日常的に手話をコミュニケーション手段としているろう者の実態や、手話通訳者・手話通訳士等の支援者の実態、情報保障制度の実態を踏まえて課題を把握し、今後、どのように解決していくかを明確に記載していくべきと考えます。

聴覚障害者の豊かな生活や心身発達の基盤は、自由なコミュニケーションと情報アクセスのしやすさです。この2つの視点から述べたいと思います。

1.第13条 司法手続の利用の機会

司法手続において、ろう者が当事者となった場合「…通訳人に通訳をさせることができる」とあり、手話通訳の配置は義務となっています。しかし、通訳人の配置にかかる費用について、刑事訴訟では本人負担としないことが多くありますが、原則として民事訴訟も刑事訴訟も本人負担になっています。また、傍聴席に手話通訳を配置するかどうかは、裁判官の判断によるもので義務付けとはなっていません。手話通訳が必要なのはろう者だけではなく、裁判官や弁護士などすべての人にとって必要であるのに、費用負担をろう者のみに負わせる仕組みになっていることは、障害を社会モデルで捉える条約の考え方に反するものと考えます。ろう者の情報へのアクセスはまだまだ保障されていないのです。

2.第21条 表現及び意見の自由並びに情報の利用の機会

連盟では「手話言語法」を制定するべく運動を進めています。その過程の中で、地方議会に手話言語法の早期制定を求める意見書の採択を働きかけ、2016年3月には1788あるすべての都道府県・市町村議会で可決という広がりをみせています。しかし、報告では「(前略)…地方公共団体の中には、手話言語条例を制定しているところもある。」という記述に留(とど)まっており、今後の政府の取り組みは記載されていません。また「障害者総合支援法第77条及び第78条に基づく地域生活支援事業として、…(中略)…意思疎通支援の強化を図っている。」とありますが、根拠法は異なるものの、手話通訳者等の養成は昭和40年代よりすでに始まっています。しかし、依然として地域格差があり、需要(ろう者の手話通訳ニーズ)と供給(養成された手話通訳の数)のバランスが取れているのかの実態も明らかにはされていません。

3.第24条 教育

就学先の決定について、本人、保護者の意向を可能な限り尊重する仕組みに改めたとされていますが、障害のある児童・保護者にとってどの程度満足のいく結果をもたらしているのか、検証されるべきでしょう。聾学校の幼稚部から普通小学校に転籍した児童が、中学、高校と進学する中で聾学校に戻る、いわゆる「Uターン」についても現状の把握と、課題解決に向けた仕組みの構築を図っていく必要があります。

条約ではインクルーシブな教育が基本に据えられていますが、聴覚障害のある児童においては、コミュニケーション手段である手話が使える環境、また、言語としての手話を習得しうる環境は極めて重要であると考えます。「聴覚障害者である児童生徒を教育する特別支援学校の配慮事項として…(中略)…手話をはじめとする多様なコミュニケーション手段を選択・活用した指導が行われている」。とても大切なことですが、担当教師の努力に委ねられている面があります。教員免許取得課程において、手話を習得する科目を設けたり、学校全体での配慮ができる環境となるような法整備も望まれます。

4.第27条 労働及び雇用

わが国の障害者雇用は「12年連続で過去最高を更新している」とありますが、障害種別ごとの雇用率は公表されておらず、その実態とそこに隠れている問題が把握できない状況が続いています。また、各種助成金制度はあっても、対象外であったり、助成を受けられる期間が限定されているなどの条件がつき、本当の意味での障害者雇用促進とはなりえていない実態があります。

労働分野における差別の禁止、合理的配慮の提供に関しては、改正障害者雇用促進法に委ねられていますが、聴覚障害への合理的配慮の例として、手話やコミュニケーション支援者の記載はなく、聴覚障害者が働きやすい環境となるためには課題点が残っています。

5.その他

建物、公共交通機関、公共放送、あるいは国政選挙などの場面において、手話通訳を配置するなどの情報アクセスのための手段が十分でない、あるいはコミュニケーションを円滑に進めていくためのソフト面の方策を充実させていかなければならないという課題が多くあります。

当事者団体としては現状に満足することなく、条約批准をバネにして更なる制度の充実を求めています。政府はまずは実態を把握すること。そして、データに照らして達成された事項と不十分である事項を「正直に」並べ、達成していない事項に対しては取り組むべき課題として自らに宿題を課すような、真摯な政府報告となることを期待します。条約が本当の意味で障害者の武器になるようなパラレルレポートの作成も、私たちに課せられた宿題です。

(まつもとまさし 全日本ろうあ連盟理事)