「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年6月号
正直で客観的なパラレルレポートに向けて
大濱眞
1 政府報告案に対する評価
この原稿の執筆時点(2016年5月)では、パブリックコメントを反映して4月19日に公表された政府報告案が最新版である。全体評価は本誌巻頭の黒岩氏の論考に譲るが、一読した感想を簡単に述べたい。
本誌2015年9月号でも述べたとおり、政府報告は「正直で客観的な報告」であることが重要だと筆者は考えている。委員を務める筆者としては心苦しいことだが、2015年10月26日と12月18日に障害者政策委員会で提示された報告案は、単なる法令や諸制度の羅列という印象が拭えなかった。同委員会の意見は、障害者基本法に基づく第3次障害者基本計画に対するモニタリング結果である「議論の整理」を付属文書として添付することとされたが、政府報告案の本文を根本的に見直すことはできなかった。このため、最新版でも基本的な論調に変化はない。
政府報告は、作成主体が政府であることから、同委員会の関与も限定的なものであった。このことは、障害者基本法において同委員会の専管事項とされている障害者基本計画のモニタリングと比較しても顕著である。従って、パラレルレポートは、国内法制の制約を受けることなく「正直で客観的な報告」をまとめることが重要である。
2 パラレルレポートの内容(訪問系サービスを例に)
全国脊髄損傷者連合会では、重度障害者の地域生活を最重点項目に掲げている。その実現に不可欠な訪問系サービスの保障を検討してみたい。
障害者権利委員会が公表している「権利条約第35条に基づき締約国によって提出される、条約が指定する文書に関する指針」では、政府報告に盛り込むべき内容などが締約国に示されている。このうち、訪問系サービス関連は、第19条に対する報告に関する事項の第1項と第2項が挙げられる(以下は日本障害フォーラムによる邦訳)。
1.パーソナルアシスタンスを必要としている人に対するその提供を含む、利用可能な自立生活スキームの存在。
2.障害のある人が地域社会で生活できるようにする在宅支援サービスの存在。
これに対して、政府報告案では、第123段落前段で共生社会の理念が、後段で国と地方公共団体の責務が、第124段落後段で総合支援法に基づく訪問系サービスのメニューが、紹介されている。また第131段落で、障害者政策委員会による「議論の整理」を引用して、医療的ケア保障と介護保障の必要性などが言及されている。また「統計・データ」の「18.サービス利用者の将来見通し等(厚労省)」では、「第4期障害福祉計画サービス見込集計」として、2015年度から2017年度までの訪問系サービス全体の利用者数と総時間数が紹介されている。
もう少し詳細なデータとしては、2015年7月7日開催の社保審障害者部会に厚労省が提出した資料がある。これによれば、同年2月の重度訪問介護の利用者は全国9,874人で、このうち区分6が7,793人であった。この7,793人の重度訪問介護に対する給付費は月43.8億円、一人あたり月56.2万円、1日20,073円、当時の日中単価で1日11時間分である。
しかし、このようなデータは、重度障害者が置かれている厳しい状況を浮き彫りにする内容とは言い難い。従って、どのような状態の障害者が、どの程度の時間数を必要としているかにかかわらず、この程度の時間数しか支給決定されていない、あるいは、ヘルパー事業所が見つからないためにこの程度の時間数しか利用できていないといった内容を、一定の集合データとして提示する必要があるが、データ収集は非常に困難である。だが、実現不可能な作業として悲観する必要もない。たとえば、都道府県審査会が行う不服審査のうち訪問系サービスの時間数が争点となったものについて、申立人が必要と主張する時間数と市町村が支給決定した時間数を47都道府県に情報公開請求すれば、開示してもらえるかもしれない。また、訴訟に至った事例であれば、その裁判記録を読むことでデータを把握することができるだろう。
3 パラレルレポートの作成スキーム
このように「正直で客観的な」パラレルレポートの作成は地道な作業の積み重ねである。従って、障害者団体やNGOによる共同作業が不可欠だ。
一方、「障害者権利委員会の活動への障害者団体(DPO)および市民社会団体の参加に関するガイドライン」によれば、パラレルレポートは10,700語以内で作成しなければならない。日本語で換算すると約28,000字。政府報告の本文は日本語で約52,000字であるから、その半分の文量でパラレルレポートをまとめなければならない。
また、効果的なパラレルレポートを提出するには、国内で一本化することが望ましいと考えられる。内閣府が実施した「平成25年度国内モニタリングに関する国際調査」でも、ドイツ、韓国、オーストラリアなどでのパラレルレポート作成のためのネットワークの構築や、政権交代を機にパラレルレポート作成プロジェクトが停滞したイギリスの例も紹介されている。
わが国の障害者団体の連合体としての、当連合会も加盟する日本障害フォーラム(JDF)は、条約批准に至る流れの中で非常に重要な役割を果たしてきた。一方で、加盟団体の緩やかな連合体であり、重症心身障害や発達障害などの障害者団体が加盟していないことなど、リーダーシップや包括性が十分ではないとも考えられる。JDFを基盤としつつもより幅広く、しかし、より求心力の高いネットワークの構築が不可欠ではないだろうか。
(おおはままこと 全国脊髄損傷者連合会副代表理事)