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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年6月号

パラレルレポートの役割をどこに求めるか

新谷友良

はじめに

国際的な人権条約の履行の仕組みは、人種差別撤廃条約以来さまざまな工夫が凝らされている。共通の仕組みとしては、それぞれの条約の履行を監視する委員会が国連に設置され、条約締約国は定期的に条約履行の状況を委員会に報告することが義務づけられている。その報告に基づき、監視のための委員会は調査・勧告を行い、締約国は施策の改善や追加報告を行う双方向の対話を通じた条約履行が求められている。このような仕組みの中で、市民団体・当事者団体が提出するパラレルレポートないしはカウンターレポートの果たすべき役割について考えてみたい。

障害者権利条約における締約国報告

障害者権利条約の締約国(政府)報告に関する規定(第35条)には、直接的なパラレルレポートへの言及はない。ただ、第35条4項に「締約国は、委員会に対する報告を作成するに当たり、公開され、かつ、透明性のある過程において作成することを検討し、及び第4条3の規定に十分な考慮を払うよう要請される。」という規定を置いている。

第4条3項は有名な「当事者参加」(Nothing about us, without us)を実質化する規定であり「締約国は、この条約を実施するための法令及び政策の作成及び実施において、並びに障害者に関する問題についての他の意思決定過程において、障害者を代表する団体を通じ、障害者と緊密に協議し、及び障害者を積極的に関与させる。」となっている。

また、障害者権利条約報告書ガイドライン(CRPD/C/2/3)の冒頭にある国連事務総長のノートは、特に障害者団体を含む非政府機関の報告作成過程への積極的関与を求めている。

このような条約の規定を素直に読めば、政府報告をまとめるにあたって、当事者団体・市民団体との必要な意見交換が行われていて、関係者が合意できる報告書が出来上がれば、条約の求めるプロセスを一応履行したものといえる。具体的には、今回の第1回政府報告は、政府が原案を作成したのち障害者政策委員会で議論を行い、その後、パブリックコメントも実施されているので、条約の求めるプロセスを履践していると評価することもできる。

条約履行状況の調査・評価とパラレルレポート

障害者権利条約履行に関する国内での実態調査や条約履行の監視については議論があった。障害者権利条約は条約履行の国内の仕組みとして「締約国は、自国の制度に従い、この条約の実施に関連する事項を取り扱う1又は2以上の中央連絡先を政府内に指定する。」(第33条)と規定している。国会審議を通じて障害者政策委員会を「中央連絡先」とする議論はあったが、障害者基本法は、障害者政策委員会の司る事務として「障害者基本計画の実施状況を監視し、必要があると認めるときは、内閣総理大臣又は内閣総理大臣を通じて関係各大臣に勧告すること」と規定しており、直接的に障害者権利条約の監視を障害者政策委員会の所掌範囲としていない。

第3次障害者基本計画は、計画期間を5年間として障害者基本計画関連成果目標を明記し、実施状況は随時障害者政策委員会が監視していくことになっているが、障害者基本計画は障害者権利条約そのものではない。その結果、障害者権利条約に関する障害者政策委員会の関与は隔靴掻痒(かっかそうよう)のもどかしさが感じられる。

障害者権利条約を障害者基本計画に置き換え、その障害者基本計画の実施を障害者政策委員会が監視していくシステムの有効性については、障害者基本法の改正で論点とはなったが、パラレルレポートの役割も含めた問題はそれほど意識されていなかったと記憶している。しかし、前述のようなわが国の障害者権利条約の履行及び監視の実態を考えたとき、表題の「パラレルレポートの役割」は初回報告への対応といった一過性の問題にとどまらず、恒常的に障害者権利条約を国内でどのように履行・評価していくかという課題との関連で議論する必要性が浮かび上がる。

条約履行の取り組みとパラレルレポート

政府報告は「この条約に基づく義務を履行するためにとった措置及びこれらの措置によりもたらされた進歩に関する包括的な報告」であり、第1回報告後「締約国は、少なくとも4年ごとに、更に委員会が要請するときはいつでも、その後の報告を提出する。」とされている。4年ごとの報告義務、または随時の報告義務の規定は、報告を形式的なものとせず、実質的な条約履行の実態を報告に反映させようとする条約の意思を感じさせる。報告に対する委員会からの質問、それへの回答など継続的な取り組み・対話により、初めて条約の履行が実質に担保されるとする条約の工夫である。その意味では、報告に先立つ条約の履行状態の調査・評価が優先し、報告書は、その調査・評価の結果を文書にまとめたものと考えられる。

このように国内的な条約履行の仕組みを理解するとき、パラレルレポートは、継続的な条約履行の運動・取り組みと離れては存在しないことは明白である。パラレルレポートの作成は、政府報告に対する意見や反論ではなく、当事者団体としての条約履行の実態を間断なく評価・文章化していく作業と理解するのが適当と思える。以前は、政府報告に対する「カウンターレポート」と呼ばれていたものを「パラレルレポート」と呼ぶのが一般的になったのは、このような条約履行の仕組みに対する理解の深化を表している。

(しんたにともよし 全日本難聴者・中途失聴者団体連合会理事長)