「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年6月号
ほんの森
世界を変える知的障害者
ロバート・マーティンの軌跡
ジョン・マクレー 著 長瀬修 監訳/古畑正孝 訳
評者 金子健
現代書館
〒102-0072
千代田区飯田橋3-2-5
定価(本体2200円+税)
TEL 03-3221-1321
FAX 03-3262-5906
http://www.gendaishokan.co.jp
国連「障害者の権利条約」の制定に際して、大きな役割を果たした知的障害のある当事者であるロバート・マーティン氏の自伝的評伝である。
1957年、ニュージーランド北島の田舎町で、鉗子(かんし)分娩によって脳に損傷を受けて誕生したロバートは、当時としては当然の成り行きとして、入所の施設に送られることになる。施設内での同じような乳幼児や障害のある青年たちの悲惨な生活状況が、彼自身の辛く苦しい記憶をたどる作業とともに蘇(よみがえ)ってくる。
遠い記憶の彼方に閉じ込められていた非人間的で壮絶な実態は、ジャーナリストでもある筆者の巧みな叙述によって紡ぎ合わされ、現実に起きた事実として読者に迫ってくる。その流れは、彼自身がその人間性を取り戻し、脱施設化の運動を通して同じ境遇にある地域の障害者を解放し、そして世界のリーダーとして、国連の場で権利条約制定に向けて活躍するその奇跡的な軌跡へとつながる。
世界の障害者運動の歴史の中で、知的障害の分野は、当事者参加の困難さから遅れがちであった。身体障害の分野が傷痍軍人への国家的支援として確立していくのに対し、社会的認知は非常に厳しいものがあった。
戦後に設立された知的障害児の親たちによる「手をつなぐ親の会」は、わが子にも学校教育の保障を、とのスローガンを掲げてたちまち全国にその輪を広げていった。しかし、この親の会でさえ、本人活動の理解と意識改革には、長い時間を要していた。
知的障害のある青年たちによるいわゆる本人活動は、当初、親の会の中で活動していたが、徐々に親離れをし、組織的にも独立した活動を含め、いまや全国で200を超えている。
一方、障害者である前にまず人間であるとの米国のピープルファーストの運動に触発された活動も、1990年代に登場し、全国に広がることになる。
これらのわが国での知的障害のある当事者活動に大きな影響を与えたのが、ニュージーランドのピープルファースト運動のリーダーであり、親の会の国際組織であるインクルージョン・インターナショナルの副会長も務めたロバート・マーティン氏であった。数度の来日や、海外での会議などで何度かお会いしたが、氏の穏やかだが力強い語り口の背景に、本書で明らかにされた壮絶な体験があることを改めて知ることになった。
(かねこたけし 公益社団法人日本発達障害連盟会長)