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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年8月号

列島縦断ネットワーキング【愛知】

障害者が自然栽培で、農業を再生します。

里見喜久夫

障害者は、ソーシャル・イノベーター

いきなり、何を言い出すんだ、障害者は支援される人、それが、ソーシャル・イノベーターとはよく言うね、と思われるでしょう。無理もありません。わたしも、4年前(2012年)に、障害者の就労を主たるテーマにした季刊『コトノネ』を創刊して、障害者施設に取材に出かけるまでは、そうでした。障害者が働いていることすら、知りませんでした。お恥ずかしいことです。

しかし、今、農業が障害者を労働力として活用する、逆に福祉施設で農業を営む活動が、「農福連携」と呼ばれて注目されています。その農福連携の中でも、自然栽培だけに特化した農業を進めるのが、「自然栽培パーティ」です。昨年春、全国の障害者施設に呼び掛けてスタートしました。その時は、5事業所が参加しました。1年後の今年4月、一般社団法人農福連携自然栽培パーティ全国協議会を立ち上げ、組織化し、6月現在で、30事業所に増えています。

過日、5月20日(金)、愛知県豊田市で、自然栽培パーティの第1回全国フォーラムを開催しました。決して、地の利のいい場所ではありません。名古屋から電車で1時間ほどかかります。それにもかかわらず、定員を超える540人の来場者が全国から駆けつけてくれました。農業に関心のある福祉施設の方、そして障害の当事者やその家族、自然栽培に関心の高い農家の方、食育への興味から自然栽培を学びたい方、さまざまな関心を引き寄せることができました。

フォーラムでは、自然栽培の名付け親でもある「奇跡のリンゴ」の木村秋則さんの基調講演に続いて、昨年スタート時に参加した5つの事業所と、少し遅れて加わった2つの事業所、合わせて7つの事業所の実践報告が行なわれました。沖縄の事業所を除く(沖縄は陽ざしが強すぎて水稲栽培には適しません)6つの事業所がコメづくりに挑戦し、すべての事業所がコメづくりに成功しました。全事業所1キログラム500円以上で販売し、すぐに完売しました。彼らの報告には、豊かなコメが実った安堵感があふれていました。

フォーラムの翌日は、田植えの講習会を開催しました。ここにも200人近くの人が参加して、ズボンをまくり上げ、素足になって田植えを楽しみました。第1回目のフォーラムを終えて、参加を希望する事業所からの問い合わせが急増しています。

その活動の始まりも、自然発生でした

この自然栽培パーティは、もともとは、社団法人の代表理事を務める佐伯康人さんの個人的なボランティア活動としてスタートしました。

佐伯さんは、愛媛県松山市の株式会社パーソナルアシスタント青空の代表者。16年前に、脳性マヒの三つ子の子どもを授かったことから、障害者の福祉事業を始めることになりました。障害者が楽しく働けること、地域に根ざした仕事を求めて、自然栽培に行き着きました。そして、木村秋則さんと出会い、2009年から、本格的に自然栽培に取り組むことになりました。それから7年で、11ヘクタールの耕作放棄地を農地に戻し、米や野菜の栽培に成功。今では、就労継続支援B型事業所(以下、B型事業所)ながら、障害者に月額工賃5万円以上を支払う仕事に育て上げました。ちなみに、福祉事業の実情をご存じない方のために申し上げますと、B型事業所の障害者の工賃(月給ではありません、何と古めかしい言葉でしょうね)の全国平均は、月額約1万4千円です。

佐伯さんの実家は、農家ではありません。農業はまったくの素人でした。それが、農薬も肥料も使わない自然栽培を手掛ける。プロの農家も尻込みする農法で、障害者の仕事づくりに成功しました。この話は、いつしか福祉施設の注目を集め、栽培指導の依頼が入るようになりました。知らない施設からの1本の電話に、ヒョイヒョイ、ホイホイと手弁当で出かける佐伯さん。そのことを耳にした公益財団法人ヤマト福祉財団さんが、せめて活動費の一部でも手助けしましょう、と名乗り出てくれたことが、自然栽培パーティという活動に発展しました。

障害者が耕作放棄地を農地に戻す

農福連携が話題になる前(今でもか、分かりませんが)、農家の方に「障害者は農作業を手伝えますよ」と言うと、「障害者に頼るほど、落ちぶれてはいない」と言う人がいました。それぐらいなら、農業を止める。あるいは、それほど農業は簡単なものではない、という思いだったのでしょう。しかし、農業は、ほんとうに農家だけでやっていけるのでしょうか。

TPP(環太平洋パートナーシップ)の影響がなくても、今の農業は行き詰まっています。農家の69%が、年収100万円未満です。これでは、兼業農家とも言えません。まったく趣味のレベルです。後継者のなり手がないはずです。その結果が、全国の耕作放棄地40万ヘクタールになるのです。これは、埼玉1県分の面積が荒れ地になっているということ。荒れ地は作物が実らないだけではなく、集落の荒廃にもつながります。

自然栽培パーティは、昨年7事業所が農業を始めることで、16ヘクタールの耕作放棄地を圃場に戻しました。今年は、耕作地を100ヘクタールに増やします。2018年度中には、「全国の障害者施設250事業所の参加で、1250ヘクタールを耕作地に戻し、5千人の障害者に月額平均工賃3万5千円を達成」を目標にしています。将来は、1万人の障害者に工賃5万5千円を約束したいと思っています。慣行農法に比べて、自然栽培のコメは、1.4~2.7倍の売価になります。この付加価値が工賃向上に寄与してくれるでしょう。

国の財政もひっ迫し、農業への助成金は減少していきます。福祉予算も減少の道をたどるでしょう。危機と見える農業と福祉が肩を寄せ合うのではなく、連携すれば、チャンスに変わります。

育てる人も食べる人も健康に

農業を一言でいえば、太陽エネルギーを効率的に生物エネルギーに変える仕事です。

自然栽培こそ、まさしく農業の本質そのもの。無農薬・無肥料で作物を育てます。食の安心・安全を約束します。それは、食の前に、職の安全・安心をもたらします。農作業に関わる人を健康にします。

農作業は、障害者を健康にしました。科学的には実証されていませんが、私たちは、実例として伝えられます。今まで、休みがちだった人が、遅刻もすることなく通うようになりました。ひどい痛風に悩まされた人が、農作業は喜々とできるようになりました。今まで、施設での出来事を家で話題にしなかった人が、帰ってくるなり、母親をつかまえて話すようになりました。また、福祉施設と近所の人たちとのつながりも生み出しました。

でも、まだ、障害者が働けることも、自然栽培も、誰もが関心を持つまでにはなっていません。2020年の東京オリンピック・パラリンピックでは、選手村で自然栽培パーティの食材を使った料理で、世界の選手をもてなしたい、と思っています。

『コトノネ』では、自然栽培パーティの活動を、毎号連載してお伝えしています。障害者が農業を変え、農業から地域を変え、ニッポンを健康にするうねりを実感していただけます。

(さとみきくお 季刊『コトノネ』編集長、一般社団法人農福連携自然栽培パーティ全国協議会理事)