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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年9月号

法テラスの活動の紹介と見えてきている課題

鈴木啓文

日本司法支援センター(略称「法テラス」)は、総合法律支援法に基づき、2006年4月に設立され、同年10月から業務を開始した。今年で10年を迎える。

法テラスでは、現在、高齢者や障がい者など福祉的な関与の必要な方に対する司法サービスの提供を充実させる必要性から、「司法ソーシャルワーク」として司法と福祉の連携を図る取り組みを始めている。ここでは、全国に約250人いる法テラスの常勤弁護士(スタッフ弁護士)が罪を犯した障がい者のケースに関わり始めているので、その一端を紹介し、そこから見えてきている課題を紹介する。なお、意見にわたる部分は私の個人的な見解にすぎない。

事例

地域生活定着支援センターのグループホームに居住し、同センターの支援を受けていた者が逮捕され、地域生活定着支援センターから電話の連絡を受けてスタッフ弁護士が弁護人・付添人として活動したケースをいくつか紹介する。

1.精神障害者保健福祉手帳をもつ20歳過ぎの女性が、知り合いの男性に無理やり覚せい剤を注射され、そのことを地域生活定着支援センター職員に申告し、同センターの職員とともに警察に出頭して逮捕されたケース。

弁護人として、自らの意思で覚せい剤を使用したのではなく、強制的に注射されたのであって、注射されるのを止められなかったに過ぎないので覚せい剤使用の故意はなく、男性との共謀も存在しないとの内容の意見書を検察官に提出し、処分保留で釈放となった。

2.少年時代から空き巣を繰り返し、少年院、刑務所を出たり入ったりしている知的障がいのある男性が、空き巣で現金1万円を窃取し、さらに別の家に窃盗目的で侵入したとして逮捕されたケース。

一件については示談を成立させ、さらに検察官に不起訴の意見書(被害軽微、福祉的支援の必要性)を出し、面談したが起訴され、公判では地域生活定着支援センターが作成した更生支援計画書を提出し、同センター職員等が情状証人としても出廷し、限定責任能力、刑罰より福祉的支援が必要と主張した。

判決では心神耗弱が認められ、知的障がいやいじめを受けてきたことの影響も指摘され、更生に向けての支援、意欲も考慮され、懲役3年6月の求刑に対し2年6月の判決が出された。

3.知的障がいがある30代男性が、小学生低学年の女児の腹部を触ったとして強制わいせつで逮捕されたケース。

これまでも幼女に対するわいせつ目的の犯行、盗みを繰り返してきていた。被疑者の段階では、福祉的支援の必要性、相当性を主張したが、起訴された。

公判では被害者側との示談を成立させ、臨床心理士に情状鑑定を依頼し、知能検査の数値以上に社会生活を送る上での困難さがある、発達障がいの疑いがあるとの鑑定結果を証拠提出するとともに、更生支援計画書を提出し、地域生活定着支援センター職員等が情状証人として出廷した。判決は、求刑1年のところ6月の判決となった。

4.軽度の知的障がいのある未成年の男性が、少年院を仮退院し、地域生活定着支援センターのグループホームで生活を開始したところ、一緒にいた仲間の少年が自転車を駐輪場で盗んで、逮捕されたケース。

被疑者段階で勾留について準抗告し、さらに自転車窃取への本人の関与がないとして、即時釈放を求めたが、結果、ぐ犯事件で家裁に送致され、少年保護事件での付添人活動では、保護者やグループホーム管理者と打ち合わせ、仲間との交友関係を解消し、更生支援計画書を示し、社会内での処遇が適切との意見書を提出した。審判には、グループホーム管理者の在廷も認めてもらい、結果、保護観察処分となった。

5.60代の男性で、脳梗塞で下肢の麻痺や言語障がいがあり判断能力も低下している方で、万引きなどを繰り返し、実刑判決を受け、出所後ケアホームで生活をしていたところ、身に覚えのない借金の督促がきて、本人はかなり動揺していて、地域生活定着支援センターから法律相談の依頼が入ったケース。

事情を聞いたところ、本人は覚えていないものの脳梗塞になる前にたぶん借金はあったと考えられ、ご本人も整理を望まれたので、破産手続きに持ち込んだ。

見えてきている課題

1.判決前の段階(いわゆる入口段階)の課題

前記の例でわかるように、地域生活定着支援センターと連携することで、出所後の支援が、その後の再犯に関しては入口段階での支援とつながっている。とはいえ、これまで福祉機関と関係のない障がい者が罪を犯した場合の支援は、本人が障がいをもっているかどうかの問題もあり、困難である。検察庁は捜査段階での把握に努めるべく社会福祉士を配置し、研修も行なっている。

弁護士も、障がい特性を理解した刑事弁護の実践が求められている。また、本人の障がい特性に応じた適切な関係機関につなぐことが期待されており、地域の関係機関と連携関係を持っておくことが望まれる。弁護士会も研修や連携を模索している。

2.刑事裁判後の引き継ぎの問題

刑事裁判の中で、地域生活定着支援センターの協力を得て更生支援計画書を作成するなど、福祉的支援の可能性を模索し、福祉関係者も関わりを持つべく考え始めたにもかかわらず、裁判で実刑になると、その視点は刑事の処遇の現場に引き継がれることはなく、さらにその先の出所後の福祉関係者にも刑事裁判の内容について知らされることもなく、「断絶」がある。このような視点での連続性をどのように図るかは、今後の大きな課題であろう。

(すずきひろぶみ 法テラス事務局長)