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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年10月号

障害者アートの変遷と可能性

本郷寛

はじめに

近年「障害者アート」という言葉を耳にする機会が多くなりました。鮮やかな色彩で描かれた作品、観る人を圧倒するようなモチーフの反復とその集積によって作られた作品、対象を独特の視点からとらえた作品など、その芸術性が国内外において注目を集めています。かつて障害のある人の美術作品は、公共施設などの小さなスペースで展示されることがほとんどでしたが、現在は、一般的な美術作品と同じように美術館や画廊、ギャラリー等での展覧会も増えてきています。こうした背景には、障害のある人の美術制作を長期にわたって地道に支援してきた関係者の努力と歩みがありました。現在では、文化庁や厚生労働省を中心に、国を挙げて障害者の芸術活動を支援する取り組みが積極的に行われるようになっています。

懇談会の開催と「障害者アート」推進・支援の取り組み

わが国において「障害者アート」が社会的に注目を集めるのは2000年代に入ってからのことです。それを受けて、2007年には文部科学省・厚生労働省による「障害者アート推進のための懇談会」が開催され、障害のある人のアート、とりわけ美術を中心に推進していくために、美術や福祉それぞれの有識者が意見を交わしました。

その後、国の動きとして2013年には、文化庁・厚生労働省による「障害者の芸術活動への支援を推進するための懇談会」が開催されます。同年8月に公表された、懇談会の「中間とりまとめ」では、障害者の芸術活動の支援をより一層の推進をしていくために「裾野を広げる」という視点と、「優れた才能を伸ばす」という視点を踏まえた仕組み作りを行うことが支援の方向性として重要であるとされました。

「裾野を広げる」視点とは、相談支援や支援する人材育成も含み、地域に根ざして行われる個々の芸術活動の支援を充実させていくもの、そして「優れた才能を伸ばす」視点とは、身近な地域を超えて、芸術性の高い作品を国内外において文化芸術として積極的に発信していくものです。この2つの視点に基づいて、現在、文化庁そして厚生労働省が担当各分野において、具体的な支援の仕組み構築のための事業に取り組んでいます。

課題とこれからの展望

2015年には、同じく文化庁・厚生労働省による「2020年オリンピック・パラリンピック東京大会に向けた障害者の芸術文化振興に関する懇談会」が設置され、オリンピック・パラリンピック開催に関わる各種委員会がおおむねそろって、スポーツの祭典と同時にわが国の文化を発信するための一環として、障害のある人の芸術文化を振興していくための具体的な取り組みが検討されています。

障害のある人の芸術活動及びそれを支援する動きは、今後ますます活発化していくことが予測されます。しかし、「障害者アート」の推進には、スポーツの祭典開催に向けた一時的な取り組みに終わることなく、将来的に継続していけるような仕組み作りが求められます。そのためには、障害のある人の芸術活動に関わる着実な支援と、関係者が目指す社会を見つめ、丁寧な議論を重ねていく努力が必要だと思います。

また、学校教育と社会福祉のより一層の連動も求められます。「障害者アート」への注目から、特別支援学校においても芸術活動の取り組みが積極的に行われるようになってきました。こうした動きは、障害のある人に対する教育観や、学校卒業後の生き方に対する考え方への変化を示すものでもあると言えます。その変化をより具体的に展開するためには、文化庁や厚生労働省などの省庁間の新たな仕組みも必要になると考えます。

今、なぜ「障害者アート」が注目されるのか。改めて考えると、その芸術性以外に、アートには、障害があることを人間一人ひとりの個性として活(い)かすことのできる場があるからだと思います。個性が大切にされるアートでは、障害があるということを個性として遺憾なく発揮することができます。そうして制作された作品は、作り手から離れ、作品独自で存在します。そのため、作者がどのような人であろうと作品そのものの魅力が鑑賞者に受け入れられるのだと言えます。つまり、アートには、障害の有無にとらわれない世界があるということです。こうしたアートだからこそ実現されうるであろうことが人々に理解され、社会に広がっていけば、差別のない共生の社会の創造につながるのではないかと思います。「障害者アート」は、新しい社会創造につながっていく可能性を秘めているのです。

残念ながら、現在は「障害者アート」の推進期にあり、「障害者」と冠さなければならないことが多いのが実情です。それでも、障害の有無という境界を超えようとする取り組みも見られます。美術界においても、その呼称をはじめとして障害者という境界を取り除こうとする議論も起きてきています。

障害のある人の制作活動を目にすると、集中して真剣に、時には楽しそうに、自らの個性を発揮して作品を作っています。その時間は、人間として生きる、とても豊かな時間に見えます。そうした制作活動が生きる実感となり、障害のある人が、より心豊かに生きることができる、そして障害の有無にとらわれない社会の創造を目指したいと思うところです。

(ほんごうひろし 東京芸術大学美術学部教授)