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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年10月号

みんなの居場所となる美術館を目指して
「アール・ブリュット☆アート☆日本」展における取り組み

木元聖奈

古き良き町に、美術館を開く

琵琶湖の南東に位置し、古くは城下町であった近江八幡。1585年に豊臣秀次(秀吉の甥)が八幡山に築城し、安土城下の民を移してきたことからこの町は始まったと言われる。楽市楽座の自由商業が奨励され、近江商人の立派な邸宅がいくつも建ち並んだ。現在も残るその町並みは、重要伝統的建造物群保存地区に認定されており、少し前になるが、連続テレビ小説「あさが来た」で、主人公の姉はつが嫁ぐシーンのロケ地としても注目された。

そんな歴史情緒溢れる町にボーダレス・アートミュージアムNO-MAが開館したのは、2004年6月のことである(開設時はギャラリーであったが、2007年に博物館相当施設の指定を受けてミュージアムに改称)。障害のある人の作品を常設で見られる場所として開館したNO-MAは「人が表現することに障害のあるなしの境界はない」ことをコンセプトに、障害のある人と一般のアーティストの作品を一緒に展示している。開館当時のことを地域住民に聞いてみると「こんな住宅地に美術館?」「新しい店舗や施設ができることは無かったから不安もあった」という。その先への不安は、地域にも私たちにもあったのだろう。

界隈展とボランティアスタッフ

地域に美術館を開くことについて、開館初期から地域との繋(つな)がりを深めることを目的に「地域交流事業」を実施してきた。その積み重ねもあり、開館から10年目を迎える2014年、近江八幡を周遊しながらアール・ブリュット(※注)作品を楽しむという企画が実現した。「アール・ブリュット☆アート☆日本」展と題し、約1か月間、8会場で35作者1,077点の作品を紹介したもので、職員間では地域一帯で行うという意味で「界隈展」と呼び合っていた。本展は2015年、2016年にも同程度の規模で開催した。これらの会場運営のためにボランティアスタッフを募集することにした。各会場、基本的に2人体制で、活動時間は9時から17時まで、活動内容は開館準備、受付、会場内の監視、閉館作業とシンプルにした。募集した結果、初年度は61人、2年目と3年目は82人の方に参加していただき、嬉(うれ)しいことに2年目以降の応募者の約半数がリピーターだった。参加者は地域の方はもちろんのこと、県外から参加される方もいた。属性をみると約半数は65歳以上の地域の方々で、他には高校生、幼児を連れたお母さん、障害福祉施設の支援員や美術に関心のある方など、最高齢は80歳の方もいた。また、ひきこもり支援センターや発達障害者支援センター等にも積極的に呼びかけたことで、センターから紹介された方や発達障害者、精神障害者、就労支援を受ける若者の参加も年々増えてきた。さまざまな世代や経験を持つボランティアと一緒にお客様を迎えるために、社会福祉法人としての強みを活かしたサポート体制を考えた。

安心して活動できる環境をつくる

2016年には、まず応募段階で不安があるという方のために募集説明会を開催し、活動が始まるまでには近江八幡の町歩きやボランティア交流会、作品制作現場の見学、活動内容の説明会を実施した。

活動中は、1日の流れに沿って手順書のように説明した活動マニュアルを用意した。たとえば、カギの開錠施錠や電気のスイッチなどは図面に写真付きで説明した。会場の監視などの際、来場者への声かけの仕方はその場に応じた柔軟な対応が求められるため、伝え方に悩まれないよう「声かけ集」を掲載した。それでも対応に困った時や緊急時に備えて、職員や他の会場にすぐ連絡できるよう各会場に携帯電話を用意した。また受付時、パスポートに日付けスタンプを押印する際、押し間違いのないように自助具を作成するなどした。

ボランティアスタッフという支え手

展覧会開催中は思い入れのあるエピソードがあって語り尽くせない。大雨で土間に水が溢れてきた時、排水の対処法を教えてくださったり、分かりにくい道案内を的確にしてくださったり、当番ではない日に手伝いに来てくださったりと地域の方々に助けられることがたくさんあった。大雪の日、開館前に全会場の雪かきをしてくださったり、四つ葉のクローバーのしおりを手作りして来場者にプレゼントしてくださったり、自分にできることを探して積極的に動いてくださる方々。若者が高齢のボランティアを手助けしたり、人生経験豊富なお年寄りが、人と話すことが苦手な若者をフォローするなど、個々の得手不得手をフォローしあう雰囲気が自然とつくられていた。ボランティアによるギャラリートークを実施した際には、作品の時代背景等を調べて自らの解釈を語る人や、作者の制作現場を見たことで実感を持って説明する人など、自分の言葉で作品の魅力が伝えられた。

また、全会場に活動日誌を用意したことも重要なコミュニケーションツールとなった。日々、ボランティアスタッフから来場者との会話や質問等が書き込まれ、事務局がそれらに毎日コメントを書いて戻し、日誌に書かれたことをすぐに反映する運営を心がけた。そのやり取りを続けることで会期を経るにつれ、欄外や裏面にもボランティアスタッフから多くの感想や提案が書き込まれていった。

これからも地域のなかで

活動終了後には「人との出会いをこれほど楽しいと思えたのは生まれて初めてかもしれない」「(作品を通して)高齢者や障害者についての認識が変わった」「社会復帰を目指すための一つの足がかりとなった」などの感想が寄せられた。まだ3回の実施ではあるが、年1回の約1か月という期間は、ゆるやかに関わりやすく、到達点を設定しやすく程良い居場所になっているのではないかと感じる。「界隈展」を通して、展覧会という場がそれぞれに合った社会参加を促し、多様な価値観を認め合い、自己肯定感を育むことに繋がったことを実感している。一方で、私たちもボランティアスタッフとの関わりによって、地域でミュージアムを開くこと、障害のある人もない人も関係ない表現の本質を感じていただくこと、なかでも、「福祉」という領域からアートを通じて、人と人や、人と社会を繋げていくことについて大きな示唆を与えてもらっている。これからも地域のなかで生きる美術館として、「界隈展」からたくさんのことを学んでいきたい。

(きもとせいな 社会福祉法人グロー(GLOW)~生きることが光になる~法人本部企画事業部、ボーダレス・アートミュージアムNO-MA)


(注1) アール・ブリュット:「加工されていない、生(なま・き)のままの芸術」と意味する。フランスの美術家ジャン・デュビュッフェが提唱したもの。美術の専門的な教育を受けていない人が、伝統や流行などに左右されずに自身の内側から湧きあがる衝動のまま表現した芸術のことを指す。