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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年10月号

3.11復興に向かって私たちは、今

津波にも流すことができなかったもの

佐野篤

「震災ですべてを失った」という話は、枚挙にいとまがありません。確かに震災は私たちの事業所に大きな被害を及ぼしました。そして、震災直後「全部なくなっちゃった」と、途方に暮れた時があったのも事実です。しかし、震災と津波が奪えなかったものもたくさんあり、むしろ、その奪われなかったものこそ私たちにとって大切なものだったということを、震災から5年を経た今、あらためて強く感じています。

私たちの事業所は、宮城県多賀城市にある就労継続支援B型事業所さくらんぼと申します。

2011年3月11日、経験したこともない大きな地震がおさまった後、音もなくやってきた津波は、さくらんぼの建物を壊し、すべての備品を流失させ、そして何よりみんなの心を深く傷つけました。施設外就労先での作業中に地震が起こり、帰ってくることができずに一晩を過ごしたグループがありました。徒歩で避難中に津波に追い立てられ、歩道橋に駆け上がって難を逃れたグループもありました。すべての通信手段が途絶えてしまったことで、全員の安否を確認できるまでには数日を要しました。

しかし、そんな中でも全員が命を落とさずに再会できたことは、何よりも幸いなことでした。これは私たちが高い防災意識に立って、日々備えていたことによる正しい判断の積み重ねの結果なのかと言えば、正直自信はありません。「幸運だった」という方もおられるでしょう。私自身には「何かに守られた」感覚があります。

被災をしてすぐ、市の建物の一部をお借りして活動を再開させました。しかし、以前から行なっていた施設外就労先は我々と同じく、もしくはもっと酷い被害を受けた企業様でしたので、すぐに仕事を再開することはできませんでした。

就労支援の作業上は、ほとんどの収入の道が断たれた状況となりました。そこからは地域のいろんな業種の方々から作業を提供していただきました。また、関係機関や他法人の同じく被災した事業所の皆様とも連携を図りました。今我々が作業に困ることなく活動し続けられているのは、これらの繋(つな)がりがあってこそでした。

さまざまな作業の中で、被災した住宅の片づけなども行いました。この仕事は、気が滅入るだけでなく、ものすごく体力を必要とすることを知りました。濡れて水を含んだ家財道具や絨毯(じゅうたん)・畳がどんなに重たいものかを知りました。そして、その作業の切なさも知りました。だからさくらんぼのみなさんは、自分自身を支えてもらうことを求めるだけでなく、自分の力がある時、誰かの支えになることを知っていて、それを行動に移すことが自然にできるのです。学歴や社会的な地位はないけれど、本当に立派な人たちだと思います。震災の経験やその時味わった辛い想いは、みなさんの心の中で昇華して、優しい気持ちへと変わっていったように思うのです。

ノーマライゼーションの理念とは、障がい当事者の個人的努力によって問題を解決することを目指すものではなく、障がい故に生きづらさを持っている方々の人生を、社会がどのように受け止め、あり方を変革していくことができるのかを問うものでありましょう。そして、今や障がい福祉の枠を超えて、すべての人がその人らしい人生を送ることができるように目指してゆく社会福祉の基礎理念となっています。

さくらんぼを利用するみなさんは障がい当事者でありますが、「自分が生きやすいように社会が変わってくれ」とは言われません。自分もその変わるべき社会の一員として、悲しんでいる人には共感したり、困っている人には自分のできる範囲で助けたり、自分にもできると気づいたことは、見返りを求めるわけでもなく、一所懸命になさるのです。いろんなことを必要以上に難しく考えてしまう自分にとっては、そんなシンプルな彼らのあり方がうらやましく、また、関わることによって気づきを与えてくれることをありがたく感じています。

今さくらんぼは、当初お借りした市の施設から出て、市内の企業様の建物の一角をお借りして活動を続けています。いつかは新しい施設を建設して、快適に利用していただける環境を整えたいと思っています。ですが、それはすべてに優先する課題ではなく、備品や建物(目に見えるもの)よりも大切なことこそ、しっかりと守っていきたいと願っています。

津波という巨大なエネルギーの塊は、目に見えるものをことごとくさらっていきました。それこそきれいさっぱりと。さくらんぼは建物と備品とその後の居場所を奪われました。しかし、何にもまして大切な人のいのちは津波によってさらわれることはなく、支援者と利用者の関係は「同労者」へと変わっていきました。そして、私たちの活動を理解して、応援し、支えてくださっている地域の皆様、ご協力くださる関係機関の皆様は、今も私たちを見守り支え続けてくださっています。津波の後にはそうした絆が残りました。

東日本大震災から5年、就労継続支援事業所は、更なる工賃の引き上げが求められているようです。もちろんそれは大切なこととして受け止めつつ、利用者のみなさんが、地域社会とのつながりの中、支え、支えられる関係の中でこそ味わえる充実感を大切にする事業所として、これからもあり続けたいと願います。

(さのあつし 社会福祉法人嶋福祉会さくらんぼ施設長)