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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年11月号

時代を読む85

新たな時代を迎えて―発会時を想う―

日本リウマチ友の会(発足時は、伊東リウマチ友の会)は1960年に発足しました。

1960年の頃のリウマチは“リウマチ・神経痛=年寄りの病気”という認識でした。患者にとってつらい痛みは外から見えず理解してもらえないなかで、機能障害が進行するうちに寝たきりになる患者が少なくない時代が続いていました。

会の発起人は、当時の思いを「医学の発達めざましい今日、原因もわからずその治療のすべもないという病気が存在することは信じられないことです。現に私達が日々悩まされているリウマチもその例外でなく、いまだに原因は不明であり(いろいろの説はありますが)従ってその治療のきめ手はないという現状です。私達としては本当に悲しく残念なことです。そのために私達は、疼痛、運動障害、関節の奇形、易再発性等の悪い条件のもとに、長期療養をよぎなくさせられているわけです。そうした日々において治る見込みのない疼痛、運動障害をもつ不自由な身、醜く変化する関節への嘆き、第三者に痛みを理解してもらえない悲しみ、再発の不安、生活無能力者としての経済生活の不安、社会復帰へのあせり、無気力な自分に対する嫌悪等の精神的、心理的苦悩が肉体的な苦痛とからみあって、症状一進一退の間に繰り返されております。その結果、不安、無気力、抑うつ、孤独な状態におちいり、健康人の中に唯一人闘病に耐えている自分の運命を嘆く余り、世の不幸を自分一人背負わされているような錯覚さえおこし、生きる希望を失ない悲観的になり死さえ選びたくなって了います。」と綴(つづ)っています。

治療薬は抗炎症剤とステロイドが中心で、専門といわれる先生も少ない時代に、元国立病院にリウマチセンターがあり、全国から患者が集まっていて、同病者同士、話し合い励ましあって症状が安定すると退院しているのが実態でした。

その中で、患者同士連絡をとり精神的なつながりを続けていこうという患者の思いを医師の立場で院長が受け止めて相談にのってくれ、以後、医師の支えが続く会の始まりとなりました。

この会は、元国立病院で治療を受けた152人の患者で発足し、機関誌『流』を発行して、創刊号を中山マサ厚生大臣に送付しています。

会発足以来「リウマチに関する啓発・リウマチ対策の確立と推進に関する事業を行い、リウマチ性疾患を有する者の福祉の向上に寄与することを目的」として活動してきた結果、近年リウマチ治療は大きく進展し、治療の目標が「寛解」を目指せる時代となりました。

(長谷川三枝子(はせがわみえこ) 公益社団法人日本リウマチ友の会会長)