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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年11月号

生活実態に関するデータが重視される背景

佐藤久夫

ここ数年、従来にも増してわが国では「障害に関する基礎データ」の重要性が強調されている。本号の特集もその反映であろう。

これは社会のあらゆる分野で起きている変化(エビデンス重視、PDCAサイクル、説明責任等)の一環である。しかしそうした一般的変化は10年、20年、30年という波長で生じているように見えるのに、障害分野でのここ数年のデータ重視の議論の動向は、この分野独自の要因や背景があることをうかがわせる。本稿ではそれらの要因や背景を検討した。その結果、以下のようにいろいろな要因や背景が考えられたが、総じて障害者権利条約のインパクトが大きいことが見えてきた。

1 障害者権利条約の批准

障害者権利条約(以下「条約」)は法体系上障害者基本法よりも上位に位置する(憲法98条)が、内容的にも障害者基本法より強力である。

障害者基本法は障害者施策の「総合的計画的推進」を主目的とし、国や自治体の取り組み方の基本を定めている。もともと心身障害者対策基本法として制定され、その後の改正で法名称から「対策」が除かれたものの、行政施策のあり方を定めた法律である点に変化はなく、したがってこの法律に基づく障害者基本計画も、その計画の実施状況についての政府報告である障害者白書も、主に行政施策(法制度やサービスの状況や予算)が扱われている。

一方、「条約」は障害者の平等な権利の実現を目的としている。そして、各分野の障害者の権利とその実現のための締約国の義務を定めている。しかも第35条で、条約実施のために「とった措置」とそれにより「もたらされた進歩」(生活実態の改善)を国連に報告することを求めている。さらに第31条では、政策の立案と評価のための適当な情報を収集し、適宜分類し、活用・普及することを締約国に求めている。

この「条約」の批准によって、従来の障害者基本法の延長線上でのデータの収集と活用では済まなくなってきた。「施策」のデータだけでなく、それによるアウトカム(障害者の生活の改善や非障害者との差の縮小)のデータも必要とされる。それは従来からも期待されていたことであったが、この批准によって国家の法的義務とされた。

2 「障がい者制度改革」

この「条約」の批准に必要な国内法整備のために2009年末から行われた「障がい者制度改革」では、データ重視の方向でのいくつかの改革がなされた。まず2011年の障害者基本法改正で、第10条(施策の基本方針)が「障害者の年齢及び障害の状態に応じて……策定され、及び実施されなければならない。」から「障害者の性別、年齢、障害の状態及び生活の実態に応じて……策定され、及び実施されなければならない。」へと変更された(下線:引用者)。

さらに、翌2012年の障害者総合支援法の制定(障害者自立支援法の改正)でも、障害福祉計画の策定について第5章の改正がなされ、国・道府県・市町村が基本指針や障害福祉計画を策定する際に、「障害者等の心身の状況、その置かれている環境その他の事情を正確に把握」することとされた。こうして障害者計画も障害福祉計画も生活実態等のデータに基づく策定と見直しが求められることになった。

しかしながら、生活実態に関するデータの収集と活用が依然として不十分なままであり、監視の役割が与えられている障害者政策委員会が問題提起をしている。たとえば、後述の「第1回日本政府報告」の附属資料ともされている「議論の整理~第3次障害者基本計画の実施状況を踏まえた課題~」(平成27年9月、障害者政策委員会)では、独立項目として「障害者に関する統計」が設けられ、国勢調査に障害設問を入れるなどの検討や、障害者統計で性別分析を普及することなどの課題が示された。ここでの議論と提起が後述のように「第1回日本政府報告」での「データ収集の改善の約束」につながったと言える。

なお、「条約」とともに「障がい者制度改革」の要因となった「障害者自立支援法違憲訴訟原告団・弁護団と国(厚生労働省)との基本合意文書」(2010.1.7)では、「立法過程において十分な実態調査の実施や、障害者の意見を十分に踏まえることなく、拙速に制度を施行」したことなどに対して、国が「心から反省の意を表明」した。障害者の生活実態についてのデータ不足を国としても改めて認識した文書であり、この認識が「議論の整理」に反映されている。

3 「条約」に関する「第1回日本政府報告」

「条約」第35条に基づく「第1回日本政府報告」(2016.6)が提出された。この報告は法制度の紹介は詳しいものの、障害者の生活実態のデータがきわめて不十分なものだった。今後提出される予定のパラレルレポート(障害者団体など民間が国連に提出する報告)がどれだけ実態を正確に表現できるか、つまり、日本の障害者と「条約」との距離を(教育、雇用、生活水準、スポーツなどの分野ごとに)どの程度明らかにできるかが、注目されることとなった。

また、この報告では政府自身が、障害に関するデータが不十分であると記述し、次回報告までに改善すると約束したことも注目される。具体的には第3項で「課題としては、データ・統計の充実が挙げられ、特に性・年齢・障害種別等のカテゴリーによって分類された、条約上の各権利の実現に関するデータにつき、より障害当事者・関係者の方のニーズを踏まえた収集が求められていると考えられるので、次回報告提出までの間に改善に努めたい。」とした。「政府報告」の他の部分では、法令の紹介や事業件数の紹介にとどまっている中で、ここだけが条約に照らして改善すべき課題があると表明し、その上、次回報告までの改善努力を表明している。統計・データについての大きな改善に向けて政府の腹が固まったものと期待される。

4 「生活のしづらさ調査」

2011年、わが国ではじめて在宅のすべての障害児者を対象とする「生活のしづらさなどに関する調査(全国在宅障害児・者等実態調査)」が実施され、2013年に結果が報告された。これまで5年ごとに行われてきた身体障害児・者実態調査と知的障害児(者)基礎調査が統合され、かつ精神障害者や難病に伴う障害者なども含めて対象が拡大され、すべての障害者が対象とされた。これも「条約」の影響といえる。

このように画期的な調査であるが十分には活用されていないことが、大きな問題である。障害者白書などで日本の在宅障害児者として活用されているのは身体と知的の手帳所持者のみであり、精神の手帳所持者は使われず、従来どおり「患者調査」の数字が使われている。難病者や手帳非所持者については、部分的に審議会資料などで使われている他は、ほとんど活(い)かされていない。

あまり活かされていない原因として、もともと障害者福祉の対象者(原則として手帳所持者)を把握するための調査であったが、「障がい者制度改革」の影響ですべての障害者(障害者基本法の定義する障害者)を対象とする調査となり、調査目的が不明確になったことが考えられる。

5 インチョン戦略とSDGs

国連・アジア太平洋経済社会委員会が2012年に定めたインチョン戦略は、10の目標、27のターゲット、62の指標で構成されている。たとえば、目標2「政治プロセスおよび政策決定への参加を促進すること」には「国会議員の中の障害者の割合」などの7つの指標が用意され、10年間の進歩を評価し、かつ国の間の比較もできるようにしている。

一方、国連が2015年に定めた「持続可能な開発目標」(SDGs)は、17の目標と169のターゲットからなり、ターゲットの多くは「2020年までの交通事故死傷者数の半減」など評価測定のための指標が含まれている。

こうして国際的にも客観的指標に基づくデータでモニターする習慣が確立しつつある。

おわりに

国でも自治体でも、障害者支援の予算を充実したいがなかなか市民の理解が得られなくて…、といわれることが多い。市民の理解を得る有効な手段はデータであろう。これまでの施策により障害者の生活がどう改善されたのか、障害のない人の生活と比べてどれだけ開きがあるのか、客観的なデータの収集と活用が重要である。

(さとうひさお 日本障害者協議会理事・政策副委員長)