「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年11月号
大学における障害学生の受け入れ状況に関する調査
殿岡翼
「学びたいときに 学びたい場所で 自由に学べる社会を実現する」
私たちはその実現を目指して、障害をもつ人の教育とりわけ高等教育の分野において、障害学生支援に関するさまざまな情報を提供しています。障害学生や大学等を支援し、高等教育機関での障害学生の教育環境や生活環境をより豊かにすることを通して、生きることの営みである「学び」を保障できる社会、すべての人を真に有用な存在として認め、その地位を十分に確立することのできる社会の実現を目指しています。その具体的な実現手段がこの調査です。
「大学における障害学生の受け入れ状況に関する調査(以下、本調査)」は、この20年余の間に、障害学生という言葉を世に広め、この分野の重要性を大学に問いかけ、日本における障害学生支援の全国での底上げを行なってきた重要な調査です。全国すべての大学の障害者受け入れを大学ごとに公表する本調査と、それを出版した『大学案内障害者版』は社会に大きな影響を与えてきました(表1)。今回は調査結果の内容ではなく、調査の手法に焦点を当てて述べていきます。
表1
調査略称 | 実施時期 | 書籍名 |
---|---|---|
96調査 | 1994年9月から12月 | 大学案内96年度障害者版 |
97調査 | 1996年7月から9月 | 大学案内97年度身体障害者版 |
98調査 | 1997年7月から10月 | 大学案内98障害者版 |
2000調査 | 1999年5月から8月 | 大学案内2000障害者版 |
2001調査 | 2000年4月から8月 | 大学案内2001障害者版 |
2002調査 | 2001年4月から8月 | 大学案内2002障害者版 |
2005調査 | 2004年6月から10月 | 大学案内2005障害者版 |
2008調査 | 2006年12月から2007年3月 | 大学案内2008障害者版 |
2013調査 | 2012年10月から2012年12月 | 大学案内2014障害者版 |
次期調査 | 2016年度中の開始予定 | 2017年度の発行予定 |
調査の開始と当センター設立の経緯
東京都八王子市にあったCIL「わかこま自立生活情報室」の大須賀郁夫代表が、最初の調査(96調査)を実施しました。当時「どこの大学が受験できるのか分からない」「この大学ではどのような支援が行われているのだろうか?」との声を受け、障害者への大学の門戸開放を目指して始められたのが本調査です。
本調査開始を契機として、全国から障害のある学生・受験生・大学からの相談が相次ぎ、情報提供の必要性が高まりました。また、1997~1998年に視覚・聴覚・肢体障害と異なる障害をもつ大学生が「学生生活を通して見えてきたもの」という座談会を開催。そのメンバーが中心となり、受験から学内サポート・生活面と総合的に相談・支援する当事者団体として1999年4月、全国障害学生支援センターを設立しました。その意味では本調査が存在していなければ、当センターも無かったかもしれません。それだけこの調査の存在は大きいのです。
調査の目的
調査の目的は、障害学生の受験に関するさまざまな障壁の中の一つである進学情報を得る負担を少しでも軽減し、大学の総意としての障害学生受け入れ状況に関する正確な情報を、障害学生やその関係者に提供することです。そして、当センターの相談事業や情報提供事業などの障害学生支援活動に本調査の結果を生かすことも調査の目的です。ですから、たとえば調査の基準日をめぐる取り扱いやあいまいな回答の振り分けなど、学術的な調査の正確さよりも、障害学生が大学を選ぶ時などの判断基準となることを優先しています。また、回答内容を点数化した、障害学生支援に関する大学ランキングが作成されています。
調査内容とその意味付け
一般的に「この大学は障害学生を受け入れている」とか「日本の障害学生支援はこの数年で急激に伸びてきている」などという言葉を聞くことがあります。しかし、これらの表現は抽象的であり「何をもって受け入れたと言えるのか」「伸びてきたのは何の値なのか」などの疑問が湧いてきます。本調査は、これらの抽象的な概念を具体的な事項に置き換え、数値化したことに特徴があります。
本調査は、障害学生が向き合うことになるほとんどの項目を網羅しています。大きくは、概要(人数)・受験・授業・設備・支援の5つの分野に分かれ、質問項目は非常に多いもので、直近の2013調査の質問票はA4で45ページ、選択肢の合計は1000を超えています。これは、障害学生のニーズがそれだけ多岐にわたっていることの表れでもあります(表2)。
表2 代表的な調査項目
【概要】人数(受験 在籍 卒業 進路)
【受験】受験可否 条件 入試配慮(視覚・聴覚・肢体・内部・発達・精神・知的)
【授業】講義 語学 体育 実験 実習 定期試験 支援者 費用負担
【設備】設備 車いす移動状況 補助機器
【支援】相談窓口 就職支援 統括組織 経済的支援 予算 通学支援 下宿紹介
調査の内容は、大学が回答したものが無条件でそのまま掲載されるわけではありません。当センターの障害当事者が回答内容を読み、無回答や他の質問との整合性の無い回答、障害学生にとって分かりにくい回答などの不明な点は、大学に問い合わせを行います。問い合わせの結果、合意が取れたものが大学の総意として掲載されます。
継続による効果
学術的な調査の正確さよりも、障害学生が大学を選ぶ時などの判断基準となることを優先しているといっても、20年を超えて継続して調査を実施していくと、同じ基準に基づく統計が取れていきます。そのため、調査内容は正確性・継続性などの観点から慎重に見直しを行う一方で、その時代に合わせたデータが取れるようにするとともに、法律や制度の改正を踏まえ、違法あるいは不適切となったものは選択肢から削除するなど工夫しています。
その結果として、一つの大学の障害学生支援に関する長期間の変化をみることや、全国的な支援の広がりの様子を知ることが可能となっています。
今後の予定
当センターでは、今年度中に累計で10回目となる次期調査を開始する予定です。次期調査では障害者差別解消法の施行を踏まえ、大学の状況の変化が現れることが期待されます。また、書籍だけではなく、インターネットを活用した情報検索なども充実を図っていく予定です。
(とのおかつばさ 全国障害学生支援センター代表)