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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年11月号

フォーラム2016

いまこそ政府から独立した「国家人権機関」を

馬橋憲男

国民の人権を守るために「国家人権機関」の設置を―市民・政治的権利、女子差別や人種差別の撤廃などの国際人権条約の履行状況を審査する国連条約委員会は、日本に対し、このような勧告を繰り返し行なっている。もっとも新しい障害者権利条約は、人権条約としては初めて国家人権機関の設置を締約国に義務づけている。同条約の対日審査を控え、政府は国連に国家報告書を提出し、NGOも独自の報告書の準備を進めている。そこで、日本ではほとんど知られていない国家人権機関について考えてみよう。

国家人権機関とは

1993年に「国家人権機関の地位に関する原則」(パリ原則)が国連総会で採択された。国家人権機関の最大の特徴は、政府から独立している点である。そのために、構成はNGO、労働組合、弁護士、大学の専門家、議会など人権問題に携わる社会の多元的な代表からなる。政府部門が含まれる場合は、助言的資格で参加する。当然ながら、財政、人事、調査などの独立性も求められる。

国家人権機関の権限と責務は、次のとおりである。

◇人権を促進・保護する権限を与えられる。

◇できる限り広範な任務を憲法や法律によって与えられる。

◇特に次の7つの責務を有する。

1.政府や議会に人権に関するあらゆる事柄について勧告・提案・報告を行う。

2.法制や慣行と国際人権条約との調和、国際人権条約の履行を促進する。

3.国際人権条約の批准を奨励する。

4.国連に提出する国家報告書に貢献し、独立した立場から報告書について意見表明する。

5.国連や他国の国家人権機関と協力する。

6.人権教育や研究プログラムを支援する。

7.情報の伝達、教育、報道機関の活用で人権や差別と闘う努力を宣伝する。

国家人権機関はどう参加するのか

実際に国連審査に国家人権機関はどのように参加し、いかなる役割を担っているのか。段階ごとに見ていこう。

〈条約委員会への報告〉

・国家報告書の作成に政府やNGOなど利害関係団体と参加し、文書で意見を述べ、それが国家報告書に反映されているか確認する。

〈独自報告書の提出〉

・国家報告書にNGOなどの意見が反映されず、適切な情報が盛り込まれないことがあるため、独自のパラレル報告書を提出する。

〈質問票への貢献〉

・条約委員会が公式会合直前に必要な情報の追加提出を要請するために作成する質問票にコメントする。

・女子差別撤廃委員会などは、質問票や問題リストの作成のため、直前に1週間の作業部会を開催し、国家人権機関やNGOと交流する。

〈報告書の審議〉

・条約委員会は、公式会合へのオブザーバー参加を認め、その前後の非公式会合で意見交換を行う。

この各過程で多くの国で国家人権機関は政府と協力し、多大な成果をあげている。国家人権機関の勧告で政府が政策を変えることもある。

オーストラリアでは国際人権上の責務に反する政策や法律の評価を含む報告を国会に行う。ドイツでは国連勧告の実施をめぐり、国連条約委員会メンバーを招いて政府、市民社会、国会議員による会議を主催し、この結論と勧告を担当省庁や国連に送り、履行状況をモニターする。

なぜ国家人権機関が必要なのか

国連の加盟国は、すべての人に保障される普遍的な人権については、第2次世界大戦の反省から、国だけでなく国際社会全体で協力して取り組むことを決めた。そのために、国連人権理事会(旧人権委員会)や国際人権条約などからなる国際人権保障システムを構築。そして、「守るのも侵害するのも国」という人権の性質から、NGOにオブザーバー資格で参加する権利を認めるNGO協議制度を設けた。「NGOなくして国連の人権活動はなし」と言われるほど、NGOの貢献は大きく、実際に拷問禁止条約のようにNGOの提案でできた人権条約や条文も少なくない。

しかし、この方法もやがて限界が見えてくる。批准とは名ばかりで、国連勧告は、強制力をもたないこともあり、政府によって実施されない。この根本に情報の信ぴょう性の問題がある。条約委員会が適正に機能するには、締約国の人権状況を正しく把握することが前提である。その情報は基本的に国家報告書として政府から提供される。条約委員会は、より正しく、客観的に判断する必要性から、NGOにも独自の報告書の提出を奨励する。

この両者の情報や意見は、異なり、対立するケースが少なくない。真偽を確かめるには条約委員会が現地調査を行うのが最善だが、その権限を与えられていない。この打開策として考案されたのが、政府でもNGOでもなく、その中間的な存在の国家人権機関である。NGOと違い、憲法や法律で守られた国の機関であり、政府から独立していることを絶対的要件とし、情報の客観性、信ぴょう性を確保する。国際標準と、その国内への適用を結ぶ「架け橋」と言える。

国家人権機関世界連盟(GANHRI)によれば、パリ原則を十分に満たしている国家人権機関は、2016年7月現在、世界117機関のうちデンマーク、英国、韓国など75である。なお、先進国で国家人権機関がないのは日本と米国だけである。

国家人権機関の実態は

国家人権機関の実態について、国連が世界61の国家人権機関を対象に行なった調査がある。主な結果を見てみよう。

〈法的根拠について〉

パリ原則は国家人権機関を憲法や法律で設置するよう求めているが、憲法に基づくが33%、法律が31%である。

〈構成について〉

国家人権機関の構成は社会の多元性を反映させるように求められているが、「多元的である」が49%、「まあ多元的である」が26%。構成員の職業は、NGOが72.1%、法律専門家81.9%、学術関係者63.9%である。その他は宗教団体、メディア、教育専門家、外交官など。女性が含まれる割合は比較的高いが、障害者、少数者グループの参加は限定的である。

〈独立性について〉

国家人権機関の正当性と信ぴょう性を保障するための政府からの独立性については、70%以上が「非常に独立している」。予算については、半数が「十分でない」。

中立・公平な人権機関を

国連の審査は、政府から独立した国家人権機関の存在を前提とする。特に障害者権利条約は、条約を実施するのは政府、その実施を保護・促進・監視するのは国家人権機関と明確に区別している。国家報告書の作成、審査、勧告実施の履行の各段階における国家人権機関の役割と参加方法は決まっている。また、今回取り上げなかった「普遍的定期的審査」でも、国家人権機関の役割が不可欠である。この肝心な国家人権機関がなくては、審査は十分に機能せず、効果もおぼつかない。

日本は人権での取り組みに積極的でない。人権理事会への参加は1980年代半ば以降である。すでに大方の人権条約は制定済みであった。重要な役割を担うNGOも「反政府」と見なされ、90年代半ばまで法的地位を認められず、国連での活動も制限された。その結果、条約の批准は遅く、その数も少ない。障害者権利条約など主要な条約には個人が人権侵害を国連に訴えられる「個人通報制度」があるが、日本は米国と共に一切認めていない。

日本は独自の人権政策で国民と国際社会の理解を得られるのか。実際には、「外圧頼み」と言われるように、従軍慰安婦、女性の差別、代用監獄、えん罪など、いずれもNGOにより国連で取り上げられ、何度も国連勧告を受けて、初めて政府は重い腰を上げる。人権条約や国連勧告を率先して履行することは、国民のためになり、世界に人権尊重の風潮を促す国際協力としても評価されよう。

今日の日本では経済成長だけが優先され、子どもの貧困・虐待、格差の拡大、女性の雇用差別、原発と深刻な人権問題が山積している。障害者権利条約の審査を好機に「国の良心」とも言える、ときの政府の思惑に左右されず、中立・公平な国家人権機関を設置し、人権の視点から国の政策を総点検してはどうか。

(うまはしのりお フェリス女学院大学名誉教授)