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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年11月号

列島縦断ネットワーキング【北海道】

がん・メンタルヘルス不調患者への復職支援

菊野光

NPO法人コミュネット楽創は札幌市で障がい者の就労支援を行なっている団体です。この4月より「がん・メンタルヘルスリワークセンターLive-Laugh(リブラフ)」を開設し、がんまたはメンタルヘルス不調で会社を長期休業せざるを得なくなってしまった休職者を対象にリワーク(復職支援)の事業を開始しました。

この事業は、既存の制度にのらない当法人独自の事業のため、現状では採算度外視の事業となっていますが、多くのがんを罹患した方、メンタルヘルス不調の方が休職しながら復帰に向けての準備をお手伝いし、「離職・退職」を選択せざるを得ない環境も変える役割を担っていると考えています。

リブラフをはじめる経緯

当法人は1998年に精神障がい者の居場所としての小規模作業所から始まり、2005年頃より、人生に大きな意味のある「働く」こと、特に、一般企業・団体等での就労支援を事業の中心として実施してきました。現在は、障がい種別を問わない就労支援を実施しています。

その経験の中で、メンタルヘルス不調により休職する方への支援の手が少なく、離職予防の支援の必要性を感じていました。しかし、小さな障がい者福祉団体である私たちにとって、制度外の事業をするにはハードルは高く、準備に時間がかかっていました。その間に、がんを患った方が職業上の困難を抱えても支援がないという状況を知り、そのことについて調べていった時、メンタルヘルス不調の場合と同じように休職・退職という課題があり、そのための支援をできないかと考えるようになりました。

一方で、社会状況を考えても人口減少社会の中で、企業の人材確保の課題は目前に迫り、何らかの事情を抱える方を戦力として活用することが求められています。そのためには、病気などで治療・回復と並行した雇い方も企業は考えなければならず、そのためのサポートも必要になるだろうことも考えられます。その社会に挑む事業を探したどりついたのが本事業です。

もちろん、がん・メンタルヘルス不調を患った方への支援は就労支援だけをとっても、リワークのみですべてが網羅されるわけではありませんが、新たな一歩のつもりです。

リワーク・メンタルヘルス・がん その現状

「リワーク」という言葉は和製英語であり「Return to Work」からきた造語です。日本では、メンタルヘルス不調による休職者が職場に戻っていく支援として実施されており、リワーク支援を受けている方の復職率は高いものになっています。

うつ病や気分障害を含めたメンタルヘルス不調者は105万人と言われ、うつ病での休職者は20万人、うち3年以内の退職が約4割と言われています。現在、メンタルヘルス不調者を対象に、医療機関が中心となりリワーク支援を行なっていますが、その数はまだ充足しているとは言えません。

また、がんは現在2人に1人が罹患し、そのうち3人に1人の罹患者が就労可能年齢者です。以前は「不治の病」と言われていたがんは、医療の発展とともに治療しながら企業に勤める方も30万人いると言われ、がんは「慢性疾患」「ともに生きる時代」になってきていると言えます。また、がんを患った方の6割は休職を選択し、そのうち8割は職場復帰を果たしますが、一方で患者の約4割は、3年以内に退職するというデータもあり、本人があきらめてしまうとともに、受け入れる職場にも何らかのサポートがあれば職場にとどまり、力を発揮できることも考えられます。

活動から見えてきたこと

日本では仕事を辞める時に誰かに相談する割合は低く、がん患者も誰にも相談をせずに辞めてしまう方がほとんどと言われています。私たちがこの事業の紹介をさまざまな相談機関にさせていただいても、患者がその相談機関につながる時点で離職してしまっているという現状が見えてきました。また、そもそもがん当事者を支援する、機関・事業があるということの認知度が低く、今現在、支援を必要としている方に情報が届いていないこともあるように思えます。

メンタルの方でも、既存の医療機関のリワークでは、治療という視点でその患者本人に焦点が向けられやすく、取り巻く職場環境への介入は少ないと言われています。一方で、私たちは医療的な治療はできませんが、障がい者就労支援の経験からソーシャルワークの視点で、企業に何度も足を運ぶなどアウトリーチ支援による個人と環境の両方にアプローチすることが有効だったと実感しています。ここに仕事と治療の両立のヒント、ひいては多様性社会への手がかりがあると感じています。

取り組みと成果

今年度の4月中旬から事業を開始し3人の利用者があり、それぞれが1~2か月でリハビリ出勤、復職に至っています。復職に向けたプログラムは、ご本人との面談や会話の中で新たに抽出することのできた目標や課題に対して有効だろうと考えられることを行なっており、関わりをベースとしたプログラム提供をしています。本人の課題のみに焦点を当てるのではなく、環境に焦点を当てることに重点を置いて、医療機関、産業医、職場とも密にコンタクトを取り、医療の意見や会社側の意見、ご本人の意見等をすり合わせながら支援を行なっています。

9月9日には「Live-Laughセミナー~がんとともに働く」のテーマで研修を行いました。この研修ではがんになっても働けるかなどを、がん当事者、医者、北海道職員(がん対策)、社労士でパネルディスカッションをしました。北海道で行なっているがん対策についての講話を行い、多くの方々に「がんと就労」についての興味を持っていただけるような活動を実践しています。

今後の課題

メンタルヘルス不調への対応については、企業でもストレスチェックが始まるなど、徐々に取り組まれていますがまだ十分とは言えず、発症後の対応が難しい現状もあります。さらにがんともなると、まだまだその体制すらも整っているとは言えません。それでも大企業であれば、産業保健・休職制度などがしっかりしていますが、北海道は中小企業が多く、企業内ではそのような体制を整えることが難しいのが現状です。そのことに気づきながらも、どう取り組んでいいのか分からないという社会に対して、私たちの活動を、広く周知しどう認知されていくかということが大きな課題となっています。

がんは2人に1人が罹る病気ですが、その割に身近に感じる方も少ないように思います。欧米ではがんの死亡率が減少しているにもかかわらず、日本では死亡率が上がっている現状があります。その要因として、高齢化社会というだけではなく、一人ひとりが「がん」についての知識が少ないことが推測されます。がんはわずかな知識と、それに基づく行動によって、大きく運命を変えることができる病気ですので、企業、個人ががんに対して取り組んでいけるような社会にしていかなければいけないと感じます。

おわりに

休職をしている方の中には「お医者さんに外出してみたらと言われたけど、仕事を休んでいるのに自分だけ外出してもいいのだろうか」「休んで迷惑かけているのに、自分が楽しむことがあっていいんだろうか」等とさまざまな思いを抱えた方が多い印象を持っています。そのため、休職期間中には自宅にこもってしまうことが多く、人とのつながりを失いがちになってしまい、孤立してしまう方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。

「Live-Laugh」は“生きること”・“笑うこと”を大切に「働く人の隣で支えていきたい」という願いを込めて名付けました。私たちは、「あたたかな人との交わり」はその人の回復にとって大きな力を持っていると感じています。Live-Laughでは人とのつながりを大切にし、その人が本来持っている笑顔や希望を一緒に取り戻していく過程を応援していきたいと考えています。

「仕事」というのは一つの生きがいです。多くの方がその生きがいを失わず生活していけるよう、これからも私たちは多くの方の復職を応援しようと思っています。

(きくのひかる がん・メンタルヘルスリワークセンターLive-Laugh支援員)