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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年12月号

当事者からの提案

接遇のユニバーサルデザイン
~発達障害を手掛かりとして、心のバリアフリーについて考える~

橋口亜希子

「あなたは心のバリアフリーと聞いて何を考えますか?」

私が読者の方々に一番聞きたい質問である。発達障害のある子の親である私が今回、大変貴重な機会をいただいたことから、少々踏み込んだことを思い切って書いてみたいと思う。

2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、最近「心のバリアフリー」という言葉を聞くことが多くなってきたが、正直、漠然としていてよくわからない、なおかつ、どこかきれいごとで「理想でしかない」とあきらめを持っている方も多いのではないだろうか。

ユニバーサルデザイン2020中間とりまとめ(案)では、心のバリアフリーとは「様々な心身の特性や考え方を持つすべての人々が、相互に理解を深めようとコミュニケーションをとり、支え合うことである。そのためには、一人一人が具体的な行動を起こし継続することが必要である。」とされている。

私は、接遇のユニバーサルデザインつまり心のバリアフリーを実現するためには、具体的な行動を起こす以前に、自身の中にあるバリアに『気がついていく』ことが、始まりなのではないかと考える。なぜなら、どこか障害と聞くと、障害者との間に線引きをして構えてしまったり、どうしたらいいかわからずに動揺してしまう方が、私を含め多くいるからだ。特に発達障害は「見た目にはわからない」「最近知られてきた」障害であるため、戸惑う方も多いのではないだろうか。でも、戸惑って当然である。そこには「ちゃんとした理由」があるのだ。その理由から、以下、心のバリアフリーについて考えてみたいと思う。

発達障害を「知る」機会の提供

1つは、そもそもとして発達障害を「知らない」ということである。先日、電車に乗っていると、自閉症だと思われる青年が笑みを浮かべながら、電車の揺れに合わせ、つり革に掴(つか)まって体を大きく揺らしていた。目の前に立つ女子高生2人は「やばくない?」「きもい」とヒソヒソと言いながら怪訝(けげん)そうな顔で青年を見ている。その光景を見た私は悲しさと怒りでいっぱいになって思わず席を立ち、声を挙げそうになった。しかしふと思った。彼女たちはそもそもとして自閉症を知らないのだ。知らないだけで、もっと言えば彼女たちが自閉症を知る機会がなかっただけなのだ。自責も含め、「知る」機会を社会に提供していくことが大切なのだ。次の駅で青年が降りた後、こんな時どうしたらいいのだろうと戸惑い、何もできなかった自分がいた。

知識を得て深く理解してほしい

2つ目は、言葉は知っていても「理解していない」である。発達障害において、私が自身の子育てを通して痛感したことは、なぜこんなことがわからないのだろう、なぜできないのだろうなど、自分が培ってきた価値観や物差しが通用せず、もの凄い抵抗を感じたということだ。発達障害のある人は「人とは違うソフトを積んでいる」と例えるとわかりやすいかもしれない。多くの人が嬉(うれ)しいと思うことが苦痛になる場合もあるため、「深く理解」してもらうことが大切なのだ。しかし一方で、発達障害の特徴は誰もが持っている部分でもあることから、知識を得て理解した瞬間、抵抗が一瞬にして思いやりや優しさに変わることも私は知っている。

勇気を出して声をかけてほしい

3つ目は「どう接していいかわからない」である。発達障害のことは理解していても、そもそも困っているのかがわからない。助けを必要としているのかもわからない。また、何をすることが助けになるのかもわからない。だから、どうしていいかわからずに手を差し伸べることに躊躇(ちゅうちょ)、遠慮してしまう。発達障害の方は困っていても自ら声を挙げることが難しいからなおさらである。でも、だからこそ、接し方の正解はわからなくてもいいから、声をかけてほしい。

双方向コミュニケーションの実現

心のバリアフリーとは、障害に特化したものを指すのではなく目の前に困っている人がいたら助ける、自分も困った時には助けてもらうといった、日々の生活の中での支え合いだと、私は考える。障害を「対岸の火事」として捉えるのではなく、相手や自分の「困り感」や「躓(つまづ)きやすさ」として捉え、そこに目を向けること。そして、自分と相手は違っていることを前提とした「双方向コミュニケーション」が大切だと考える。だから、失敗を恐れずに、勇気を出して声をかけてほしい。そして、双方向コミュニケーションを実現するためには、求める助けを当事者が「伝えられる支援」も充実していくことを切に願う。

今まで述べた戸惑いの3つの「ちゃんとした理由」に気づいてもなお、戸惑って勇気を出せずにいる自分はダメだと、つい自分を責めてしまう人もいるかもしれない。でも、私は言いたい。そんな時は自分を責めないで、勇気は出せなくても、気づいた自分をまず受け止め、認めてあげてほしい。そして、少しだけ逃げずにそこに踏みとどまって考えてほしい。

なぜなら、そこから心のバリアフリーが始まるのだから。

(はしぐちあきこ 一般社団法人日本発達障害ネットワーク事務局長)