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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年12月号

列島縦断ネットワーキング【東京】

身だしなみ・メイク講座で障害のある人が笑顔で自信をもって働く世の中に。

廣森知恵子

メイクが持つパワーで障害のある人を笑顔にしたい

メイクとは実に不思議なもの。

鏡を通して変わる自分を見つめ、周りから「きれいね」「変わったね」と言われることで、充実感と満ち足りた幸福感を得られます。

やがて、それは内向きだった気持ちを外向きに変え、その先には、ワクワクする好奇心や何かを求めて楽しむ心が待っている――。

これが美容の世界に入り38年を迎える私が実感したメイクがもたらす特別なパワーです。

ハーバーでは現在、月1~2回のペースで障害のある人を対象にした、「身だしなみと基本のスキンケア&メイク講座」をさせていただいています。2009年12月からスタートしたその活動は、現在94回目を迎え、受講者の総数は1,155人にも上ります。

きっかけは障害のある人によるアート作品を発信するエイブルアート・カンパニーから、2009年12月のワークショップで、障害のある人の「メイク講座」をしてほしい、というご提案をいただいたのです。

当時、障害のある人の一般就労の機会が年々増えている一方で、メイクや身だしなみについて学ぶ機会は少ないのが現状でした。しかし、メイクは障害のある人の自尊心を高め、生活意欲を引き出すなど精神的な影響が大きいことは知られていました。何よりも私自身、母の介護を通しそれを実感した一人だったのです。

長く入院を余儀なくされた母に、ある日メイクをしてあげると、肌がみるみるツヤっぽくなり、赤いチークと口紅をさすと目の奥が輝き始めました。看護師さんから「まあ、きれい」などと声をかけられると、さらにその表情は一変。10分にも満たない間にイキイキと変わっていく母の姿を見て“メイクは人を前向きにできる。元気にできる!”と確信しました。その時、不思議な充足感と幸せを感じたことを鮮明に覚えています。

そんな思いも重なり、すぐに障害のある人用のプログラム制作に取りかかりました。においに敏感で肌や体にやさしいものを好む障害のある人に、無香料で無添加、どんな肌にもやさしく使える弊社の商品はぴったりだと思いました。そこに“人にやさしく、笑顔で簡単、楽しい美容法”の廣森メソッドを組み込みました。このまったく新しいプログラムに“メイクで人を笑顔にしたい”という思いを込めたのです。

メイク講座を通じて気づいたやりがいと企業としての価値

かつて私が母にしたことで気づき、感じることのできた充足感、幸福感のようなものは、人の美と健康を第一に考える弊社のような企業には不可欠と考えています。

実際、障害のある人へのメイク講座を体験した社員は、「スキンケアやメイクを伝える、という私たちの使命や本質的な価値に向き合うきっかけになった」「障害のある人に、メイクを通して自信を与え、自立を促すことができるという企業の本質に気づくようになった」という声も多く聞くようになりました。さらに、スキンケア・メイクスキルやコミュニケーションスキルの向上と心の成長につながり、企業としてシニア向けや男性向け講座の新設など、新しい事業領域への入り口となっています。

一方で障害のある人、親、支援者にとってメイク講座での経験は、双方の自立のきっかけになります。身だしなみやメイクをすることで表現できる“清潔感”や“親しみ感”は人間関係を円滑にするスパイスのようなもの。社会との接点を広げ、活躍の場を見つけ、大きな喜びと自信につながるものと信じています。

見だしなみやメイクを通じて社会参加、自立を後押し

講座では、「おしゃれと身だしなみは違うもの」ということを教えます。身だしなみは社会との接点を身近にする重要な要素なのですが、特に男性はそれができていない人が多いのです。顔や体、髪を洗わない、歯を磨かないことによるにおいや不潔さは、いじめや差別の対象になることもあります。だからこそ顔の洗い方、保湿の仕方、髪のとかし方、鼻毛やひげの剃り残しのチェックの仕方などを丁寧にレクチャーします。

講座の流れは、女性は1.あいさつ、2.身だしなみ、3.スキンケア、4.メイクアップ、5.記念撮影、6.感想発表。男性は1・2・5・6は同じですが、3.手洗い、洗顔の練習、4.スキンケアの方法、が代わりに入ります。

自分で整えられるようになることで自信が生まれ自立を促すのと同時に、家族や支援者にもその重要さを理解していただき、障害のある人が社会参加することの認識を高めるという2つの目的があります。

大切なのは視覚的工夫やコミュニケーション

講座では、4~5人の小グループに分けてスタッフを配置し、参加者一人ひとりに触れ合いながらレクチャーするように心掛けています。話しかける際は必ずしゃがんで、目線を同じ位置にすること。そして、握手をして名前を覚えてもらい、徐々に緊張をほぐしていきます。やさしい言葉で説明するようにし、失敗をしても「大丈夫ですよ」と声をかけます。待つのが苦手な人には「待ってくださいね」というのではなく、「次の次ね」と順番を伝えるなど、それぞれの様子を察知してコミュニケーションをとることが必要です。

説明はイラストや数字で行います。たとえば「化粧水を適量に」とは言わず、「1、2、3と手に出して」とか、「ファンデーションはスポンジを3回まわして、10回トントンね」など。こうすることで作業の着地点を明確にしてあげるのです。

コツを覚えると、最初は固い表情の参加者たちも次第に笑顔がこぼれはじめ、講座が終了するころには楽しそうな笑い声と、お隣の人同士「あ、きれい」とほめ合い、「自分じゃないみたい」「早速、メイクをして出かけてみたい」などといった声が上がります。そんな喜びの声や天真爛漫な笑顔にスタッフは癒され、充足感や喜びを感じる瞬間です。

コーチング講座の設置ですそ野を広げる活動も開始

この活動を始めて7年近くなり、認知度も徐々に上がり講座の依頼は増加しています。さらにすそ野を広げるためには、支援や教える側の育成も急務とし、2015年から「障害のある人の身だしなみコーチング講座」をスタートしました。

今まで培ってきた経験やノウハウをまとめ、社会福祉学を専門とする日本女子大学副学長、小山聡子教授に監修いただきマニュアルを完成。福祉施設職員、ジョブコーチ、特別支援学校教員、障害のある人の社会参加や就労支援に関わる人ならどなたでも参加できます。

最終的には、就職の面接やさまざまな行事への参加など、シチュエーションごとのプログラムを組んで継続できるのが理想的です。また、この講座は、社会貢献と同時に、多様なお客様に対応できるコミュニケーションスキルを磨く大切な場となります。

今後もこのような活動を続けるなかで、やる気のある後進が多く育ち、障害のある人の社会参加、就労の機会が増えることを願っています。

(ひろもりちえこ ハーバー研究所取締役、ビューティプロデューサー)