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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年2月号

インクルーシブ教育を前進させるために
~知的障害を中心とした障害児学校高等部の課題~

土方功

1 障害児学校高等部の現状

(1)障害児学校在籍者、高等部在籍者の増加と教育条件

全国的に障害児学校の児童・生徒数の増加がすすみ、障害児学校はこの10年間で36,282人の増加となっています(障害児学校在籍者は10年前の1.36倍)。その中で、高等部の在籍者は10年間で20,876人増加して1.46倍となっており、高等部在籍者の増加がさらに著しいことがわかります。表1のグラフのように、障害児学校在籍者全体の増加よりも、高等部在籍者の増加カーブの方が大きくなっています。

表1 障害児学校全体・幼小中学部・高等部者在籍者数の推移
表1 障害児学校全体・幼小中学部・高等部者在籍者数の推移拡大図・テキスト

この障害児学校在籍者の増加に対して、障害児学校の建設がまったく追いつかず、全国で過大・過密化が大きな問題になっています。

文科省が毎年調査を行なっている「公立特別支援学校における教室不足調査」によると、2015年度の全国の障害児学校の教室不足数は3,622教室となっています。また、文部科学省大臣官房文教施設企画部施設助成課の「公立学校施設実態調査報告」では、児童生徒数、学級数に応じて本来保障されなければならない障害児学校の「必要面積」に対する、現在実際に保有されている「保有面積」の充足率は67.5%となっており、この率は10年間ほぼ変わっていません。小学校や中学校ではほぼ100%が保障されていることに比して、差別的とも言える状況です。

面積の充足率を高等部生徒数、学級数に対する高等部校舎面積でみると、全国平均で63.15%となっており、より困難な状況に置かれていることが明白です。高等部の教育課程を考えてみても、普通教室だけでなく、さまざまな教科や職業教育を実施するためにより多様な特別教室が多数必要であるにもかかわらず、普通教室さえ確保されていないという状況は本当に深刻です。

障害児学校の教育条件が劣悪なまま放置されている重大な原因として、他の校種にはすべて設けられている設置基準が、障害児学校だけに策定されていないことがあります。学校教育法第3条で「学校を設置しようとする者は、学校の種類に応じ、文部科学大臣の定める設備、編制その他に関する設置基準に従い、これを設置しなければならない」と明確に規定されているにもかかわらず、未(いま)だに障害児学校だけに策定されていません。

障害児教育に関わる全国の保護者と教職員が、障害児学校の設置基準策定を求めて毎年国会請願署名運動を行なっていますが、文科省は「必要ない」との答弁を繰り返しています。

(2)在籍する生徒たちの実態とその背景

少子化の進行が懸念される一方で、障害児学校や障害児学級在籍者が増加している事態の背景には、障害児学校や障害児学級への理解がすすみ、特別な場(障害児学校・学級等)で専門的な教育を受けさせたいという保護者、本人のねがいが広がってきていることがあります。

そしてもう一つは、通常学級における競争主義、能力主義の激化によって、発達障害などの特別なニーズをもつ子どもたちが、通常の学級に居づらくさせられている現状もあります。小中学校における悉皆の学力テスト実施によって、自治体ごと、学校ごとの成績が比較されるようになり、限定された教科のテストの成績だけが優劣を判断する材料になることが、さまざまな困難とニーズをもっている子どもたちの排除につながっているとも考えられます。

在籍者の増加は、障害児学校よりも障害児学級の方がより顕著です。特に中学校障害児学級の在籍者は、表2のように、この10年間で30,574人増加し、2.16倍になっています。中学校全体の在籍者が13万人以上減っていることに比べると、「急増」と表現できる状態が続き、伸び率は衰えていません。中学校障害児学級の在籍者「急増」が特別支援学校高等部の最大の原因になっていることは間違いありません。また、「通級による指導」を受けている中学生についても、小学校に比べればまだ少ないとは言え、かなり急激に増えていることも見逃すことはできません。

表2 中学校在籍者数及び中学校障害児学級在籍者数の推移
表2 中学校在籍者数及び中学校障害児学級在籍者数の推移拡大図・テキスト

一方で、中学校の障害児学級に在籍する生徒が高等学校を進路として選択するケースも増えています。表3にあるように、中学校障害児学級卒業生の総数に対して、「高等学校及び中等教育学校後期課程の本科及び別科、高等専門学校」への進学者は2008年度以降上昇しています。義務教育段階で「特別な場」における教育を選択した場合でも、後期中等教育の選択の幅が広がってきていることを表していますが、この背景に高等学校の多様化があることが考えられます。人口の一極集中、地方の衰退が進み、高等学校の統廃合が進む中で、地域の高校を残すために発達障害の生徒を対象としたコースを設置したり、特別選考試験を行なったりする高校も出てきています。また私立学校においても、学校の特色を打ち出すために、発達障害の生徒を対象とすることを宣伝している学校も見受けられるようになりました。体育大学に付属する高等特別支援学校の開校も宣伝されています。

表3 過去10年間の中学校障害児学級卒業生の高校等への進学率

卒業年度 中学校障害児学級卒業生数 高等学校、中等教学校、高等専門学校進学者 進学率
2005年度 6309 1453 23.03%
2006年度 10945 2722 24.87%
2007年度 10945 2470 22.57%
2008年度 11852 2731 23.04%
2009年度 13550 3160 23.32%
2010年度 14143 3730 26.37%
2011年度 15717 4272 27.18%
2012年度 15993 4565 28.54%
2013年度 17342 5320 30.68%
2014年度 18227 5968 32.74%

(3)「高等特別支援学校」の全国的な増設

障害児学校高等部の在籍者が増えるにしたがって、在籍生徒の実態の多様化が生まれています。知的障害の学校は特に顕著で、医療的ケアの必要な、かなり障害の重い生徒から、知的障害を伴わない生徒までが、同じ学校に在籍するという実態になっています。

一方、生徒の多様化と同時に、文科省による企業就労者を増やす施策によって、近年就労をめざす生徒を対象とした学校(高等養護学校、高等特別支援学校、高等学園等)が増えています。

2016年度現在、知的障害を主な対象とした障害児学校で、「高等」が名称に入っている学校は全国に53校あります。それぞれの設立年度を調べると、1990年以前に設立されたのが9校、1990年代が18校、2000年代が11校、2010年代が15校となっています。1990年代に高等養護学校建設が一定進んだ後、2010年代になって再び増加しており、2016年開校が4校あることをみると、今後さらに増えていくことが予想されます。

高等支援学校のホームページを検索すると、「職業教育に重点を置いた指導」「職業自立をめざし」「職業自立に向けた教育」「職業教育を中核とした高等部教育」などの言葉がトップページを飾っている学校が目立ちます。「平成27年度就職率○○%」という数字が一番目立つ場所に記載されている学校もあります。

2 高等部教育の実践的課題

(1)「技能検定」「職業検定」の押し付け

2014年度以来、文科省は「自立・社会参加に向けた高等学校段階における特別支援教育充実事業」を実施しています。この中で「高等学校段階における障害のある生徒へのキャリア教育・職業教育を推進し、労働や福祉等の関係機関と連携しながら就労支援を充実する」ことを目的として「技能検定」を取り上げ、「生徒が目的意識をもって学習意欲を高めたり、就職の際に学習の成果を証明したりする上で有効である。このため、企業等と連携して、障害のある生徒のための技能検定を開発し実施する」と解説しています。

こういったことを受けて、主に障害児学校高等部を中心として「技能検定」「職業検定」の押し付けが強まっています。東京都教育委員会は、「キャリア教育の普及・啓発に係る指導資料」として高等部の生徒に「都立知的障害特別支援学校清掃技能検定テキスト」を配布しています。60ページ以上にわたるテキストには、「テーブル拭き」「自在ぼうき」などの項目ごとに「手順」や「約束」「流れ」などが事細かに提示され、最後には受験にあたっての心構えや「検定項目」も掲載されています。

また、愛媛県教育委員会特別支援教育課のホームページには「愛顔(えがお)のえひめ特別支援学校技能検定の特設サイト」が設けられ、「清掃サービス」「接客サービス」「販売実務サービス」「情報サービス」の部門ごとに写真入りの細かな手順や解説が行われ、評価表が添付されています。程度の差はありますが、全国各地で同じような状況が生まれています。

(2)就職率優先の学校づくり

2016年12月に中央教育審議会がまとめた、学習指導要領改訂への答申では、障害児学校の教育課程において「キャリア教育の充実」の項目を設け、「特別支援学校高等部の卒業生の一般企業等への就労が年々増加している状況を踏まえ、障害のある子どもたちが自立し社会参加を図るために、幼稚部段階から高等部卒業までを見据えた一貫性のある指導の下、子どもたち一人ひとりのキャリア発達を確実に促すことのできる教育を一層充実させていくことが必要である」と述べています。

職業教育「偏重」の教育課程と教育内容、教育評価は障害児学校そのものを変えるだけでなく、障害児学級における実践や進路指導にも大きな影響を与えています。「高等支援学校合格のための授業をせざるを得ない」という中学校障害児学級担任の悲鳴だけではなく、合格のために塾に通わせなければならない、模擬試験を受けさせなければならない保護者の悲鳴も聞こえてきます

(3)青年期課題に応える高等部教育を

青年期は精神的にさまざまな不安や苦悩を抱える時期であり、理想と劣等感を相互に感じつつ、「あるべき自己の姿」を探していく時期であると言われます。さらに、障害があるからこその困難を抱えている障害児学校高等部の生徒にとって、「職業教育一辺倒の教育」、「就職することだけが求められる指導」は、子どもたちの成長と発達をゆがめてしまうことになりかねません。青年期の一般的特徴を踏まえながら、その上で一人ひとりの障害と発達と生活の視点に立って、人間としての全面的な発達を保障する教育課程と実践づくりが求められています。

近年では、障害児学校高等部卒業後も「もっとゆっくり、じっくり学びたい」という願いを実現させるために、専攻科や「学びの作業所」づくりがすすめられています。障害があるからこそ、時間をかけたていねいな社会への移行が必要であり、まさしくそれは権利として保障されるべきです。

(ひじかたいさお 全日本教職員組合障害児教育部長)