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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年2月号

当事者・関係者の声

難聴児におけるインクルーシブ教育の今後に期待すること

宿谷辰夫

ヘレン・ケラーが、哲学者カントの言葉を引用して「視覚障害は人とモノを繋(つな)がりにくくさせる。一方、聴覚障害は人と人を繋がりにくくさせる。」と言い残したそうです。確かに聞こえの問題は、人間関係に大きな影響を及ぼします。幼少期においては、動作の機敏性や集中力の持続性、順応力のぎこちなさ、学習面での障害などが指摘され、児童期にかけて対人関係や集団への適応力の弱さが表面化してきます。そのことは、聴覚障害が外部から見て分かりづらく理解されにくい障害である以上は、高等教育を受ける年齢になっても背負い続けている課題と言っても過言でありません。

また、人工内耳装用者を含めて、多くの難聴児(者)が普通に話せることから、周囲の人たちも十分に聞こえているものと錯覚し、教育現場の中でも意図せず置き去りになってしまう状況も度々発生しているのも事実です。

聞き返すことは相手に不快感を与えるので分かったふりをするとか、全神経を聞くことに集中していると疲れるから、内容を完全に把握できていなくても曖昧(あいまい)な状況の中で妥協を積み重ねていくなど、この障害独特の当事者心理の働きも合理的配慮の実現を難しくしている要因の一つです。

私自身は、聾学校や難聴学級などの特別支援学級で学んだ経験がなく、幼児期の聞こえの状況が軽度障害であったこと、また両親が私の難聴に気付くのが遅かったこともあり、地域の保育園からスタートしました。

人生の分かれ道の一つとなるような出来事が起こったのは、小学校に入学する時でした。担任の保育士が「何かにつけてこの子は反応が遅いから」と特殊教育を受ける方向で進学を勧めたことから、両親が猛反発したのです。当時の時代背景からすれば驚くような行動を取り、町の教育委員会に見解を求めたり、入学先の校長先生に私を引き合わせ障害の程度を確認してもらったりと、是が非でもわが子を普通学級で学ばせたいという想いを猛アピールしたのです。

まだ、障害者の人権や権利など主張する気運も弱かった頃ですが、両親は決して特別支援学級での教育を否定していたのではなく、「インクルーシブ教育」という言葉などは知りようがなかったものの、学校側と知恵をしぼりながら、今でいう合理的配慮に繋がるような対策を講じてくれたと思っています。先生の言葉が聞き取りやすく口元が見やすい位置での席の確保、クラス内の役割や責任分担の面では、聞こえる人と対等であるとの意識付け、クラス全体でコミュニケーションの成立に協力できるための体制づくりなどをして、普通学級で学ぶことができました。

さて、近年の調査では、1千人の新生児のうち1人から2人が両耳の難聴、片側難聴を含めると5人ほどの比率で聴覚に障害のある子どもが生まれているとの結果が出ています。年間平均で120万人が誕生しているとすれば、小・中学校の在校期間は併せて9年であることから、計算上は54,000人の難聴を抱える小・中学生が存在していることになります。

文部科学省が提示した平成24年度の資料に照らし合わせると、特別支援学校に通っている子どもの数は全体の9.5%、特別支援学級は2.4%、通級指導は3.8%、そして普通学級については84.3%の比率となっています。

国内で障害者権利条約が批准されて以降、いくつかの関連法の整備が進められてきたなかで、教育現場も大きく様変わりしていますが、「インクルーシブ教育」の捉え方においては、各都道府県で状況が異なる上、学校単位でもその態様は大きく変わってきます。固定性難聴学級を複数校設置している自治体もあれば、地域に1人の難聴児がいれば1人学級を作るか、クラスまでは作らないけれども担任の教師とは別に難聴児に寄り添う教員を配置するなどの対策をとるなど、支援の方法はさまざまです。将来的には、全国津々浦々に至るまで制度の共有化が図られ、地域格差の解消を図るべきではないかと考えます。

一方、共有化を図るとはいうものの何かを廃止したり、何かを強化するといった議論に終始するのではなく、難聴児が自分に合った学習環境を選ぶ力を身に付け、情報保障の種類(指文字、手書き要約筆記、パソコン要約筆記、音声認識、FMマイク、コミューンなど)を状況によって組み合わせたりしながら学び利用していける仕組みを構築することが大切です。

また、授業の進め方では常に工夫を凝らし、成果に関わる情報を教師間で共有していくことも肝要です。授業の内容は音声で説明するだけでなく、必ず黒板に書きながらまとめるよう心がけ、グラフや図形などを多用し、文章はできるだけ箇条書きで書き表すようにします。こうしたことが教育現場における合理的配慮に繋がるのではと思うのです。

難聴児への適切な支援を行うためには、医療、療育、教育、福祉、行政等の関係者・機関が連携をとれる体制が求められています。教育委員会や学校関係者のみならず、担当医、言語聴覚士、カウンセラーなどに加え、ケース会議には聴覚障害者団体、及び聴覚障害者情報提供施設などの職員が加わることも考えていくべきでしょう。聞こえない子どものニーズを汲み取り、健聴者と何ら変わることなく自己表現ができ、快適に学べる環境整備を推進することが、今後の「インクルーシブ教育」に求められていることではないだろうかと考えます。

(しゅくやたつお 一般社団法人全日本難聴者・中途失聴者団体連合会常務理事)