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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年2月号

ワールドナウ

デンマークの青年期教育制度STUを視察して考えたこと

社浦宗隆

私はNPO法人発達保障研究センターの主催する北欧視察ツアーに2015年、2016年と2回参加した。ここでは、デンマークで障害者の青年期教育の場として位置づくSTUを視察して考えたことを報告する。また、私は18歳以上の障害のある青年たちの教育・移行期支援に携わっていて、STUと共通するところもあり、自身の職場での取り組みにもふれながら書きたい。

STUとは

STUは、デンマークで2007年から始まった独自の教育制度で、16歳から25歳までの障害のある青年が最長で3年間教育を受けることができる。

デンマークの義務教育(10年間)終了後の青少年教育は大きく分けて、高等学校(普通高等学校、商業学校、工業学校)と職業専門学校などがあり、8割程度の生徒はそのどちらかに進学する。これまで進学できない生徒たちは公営のデイサービスを利用したり、作業所で働いていたが、STU制度ができて、教育が受けられるようになった。

STUは「すべての若者が教育を受けて、労働に参画する」ことを目指すという。2015年、2016年とそれぞれ視察したSTUでは、「学習障害や自閉症の人たちで、職に就くことができない、ある程度社会性があるが通常の社会に入ることができない」青年たちが学んでいた。

STUの運営については、STU法という法律によって、年間最低8週間以上実習することが定められていて、配分はそれぞれの現場に任されている。STUは作業所、国民高等学校、余暇活動の場などさまざまなところで設置することができ、各校で「スポーツ」、「演劇」、「カフェ訓練」、「農業関係」、「感情表現」など特色がある。

自治体は心理治療士、教員、保健師でチームをつくり、その人にSTUが必要か判断し、各校の特色を見極めて薦める(通算3年間以内であれば転校も可能)。たいていの人が24歳までにSTUが必要だと判断される。

STUサントフテン校 (2015年視察)

サントフテン校は郊外の落ち着いた住宅街の中にある。教員の寮を改装したという校舎の郵便受けには「STU-NEXT JOB」とある。こちらがここの名称かもしれないが、本稿ではサントフテン校とする。

校舎内には大小さまざまな部屋、トイレなどがそれぞれ2つずつあり、もともと2戸の寮だったことがうかがい知れる。教員のピーターとヨンに案内された。

サントフテン校には学習障害、ADHD、自閉症、知的障害などのある14人の生徒が通い、5人の教員がいる。週5日、年間で200日あり、企業実習に出ている時間が長いのが特徴だ。実際実習は毎年2回に分けて行われ、1年次は3週間と6週間、2年次は3週間と8週間、3年次は3週間と10週間となっており、STU法で定められた最低期間よりもかなり多い印象が受けられる。この人にはまだ実習が難しいと判断された場合には、サントフテン校を運営する法人内にある、リサイクル事業、庭師事業、他市の図書館のカフェでジョブ訓練を受ける。それから企業実習に行くことも考えられるそうだ。

3年後の進路の実際は、3~4割の生徒がフレックスジョブというフルタイムではなく助成金が企業に支払われる雇用形態に就き、2割の生徒は保育士助手などを目指す上級教育に進み、残りの生徒はさらに就労訓練を受けて最終的に職に就くとのことだった。

実習にばかり目が行きがちになるが、サントフテン校には1.教科教育(デンマーク語、算数・数学)、2.社会的な関係性を学ぶ(友達づくりのトレーニング、他人との付き合い方、社会的なルールなど)、3.労働を学ぶ(実習)の3つの柱があり、教科学習を学ぶクラスと、外に出て四季の移り変わりを観察しながら自然の中で学ぶクラスの2グループに分かれて生徒たちは学ぶ。

事業費は自治体から、1人につき月2万2千Dkr(約44万円)がSTUに支払われる。

project ROSA (2016年視察)

オーデンセ市にあるproject ROSA(以下ROSA)は市からの委託を受けて、STUのみを行う単独事業所だ。2階建ての倉庫のような建物(倉庫と言ってもレンガ造りの立派なもの)の1階部分をROSAが占めている。ROSAの名前にはR=Resource:能力/O=Opportunity:機会/S=Success:成功体験/A=Action:実行、行動、という理念が込められている。

8人の生徒を支えるのは3人の教員とペタゴー(生活支援員)養成大学からの実習生(期間は6か月でひとつのプロジェクトも担当する)で、教員は大工、日本語文化コーディネーターの資格を持つなど多彩だ。そこに看護師、グラフィックの専門家、学生などが外部講師として脇を固める。教育心理学の修士課程を修めた女性校長は市立のSTUより良いものを提供しなければならない使命があると熱弁する。

ROSAではデンマーク語、英語、数学の必須科目のほかに、将来の職業を考えていくつかのワークショップがある。Tシャツプリント、絵の販売、アートカード、フレーム制作(デンマークではフレーム産業が市民権を得ている)などさまざまで、作ったTシャツを売るブティックの内装工事もしていた。

ワークショップは実技を通して個人に合った教育かつ年齢に合った教育をし、「自分はこれができるんだ」という達成感を得て自信をつけることを目指している。1日の流れは、午前に国・英・数の必須科目を個別授業で学び、午後はワークショップを集団で学ぶ。

ROSAは2016年10月で開設3年になるため実績はこれからとのこと。事業費は自治体から一人につき月2万Dkrで、予算が削減されたのか定かではないが、2015年より2千Dkr減額されていた。

国民を大切にし、国を大切にする

少しだけ私の職場の話をしたい。私の職場「ぽぽろスクエア」は、2012年に高校・支援学校高等部卒業後の学びの場として開設した。取り組みは「科学」「ものづくり」「調理」「性教育」「進路学習」「スポーツ」などの授業を行なっており、運営は障害者総合支援法における自立訓練(生活訓練)事業を行う福祉の事業所だ。利用者を「学生」と呼び、学生たちは同年代の仲間たちとぶつかり合いながらも自分を表現し、折り合い、成長していく。

国の歴史、思想が違う中で一概に比較検討することはできないが、公教育とは別に教育を保障する取り組み、そこに通う人の年齢・障害種別は似通うものがある。

そこで、以下の点をデンマークのSTU制度から注目すべき点として挙げたい。1.義務教育終了後も希望すれば25歳までの青年が学ぶことができるということ、2.国語、英語、数学、性教育などを学ぶことが義務付けられており、「はたらくこと」と「学ぶこと」が両立していること、3.自治体が責任を持って一人ひとりのケースを把握していること、4.自治体が各STUに対して月割で事業費を支払い、運営を任せていること(日本は日割り単価)。視察当時、私たちは日本よりもはるかに多い事業費を聞いて驚きを隠せなかった。しかし、「このような支援を受けていなければ、社会的負担はもっと大きくなる」という。その言葉から、今必要な支援を必要なだけするという国の姿勢が感じられた。そしてその姿勢から、国民を大切にすることが国を大切にすることにつながっていくということを思わずにはいられない。そんなデンマークでも社会保障は削減の方向に進んでいるという。そのような状況の中、北欧諸国がどのように針路をとっていくのか、まだ目が離せない。

(しゃうらむねたか NPO法人大阪障害者センター ぽぽろスクエア)


【参考文献】

・NPO発達保障研究センター北欧研修ツアー報告集「北欧2015白秋」、「北欧2016星月夜」