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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年3月号

平成29年度厚生労働省障害保健福祉部予算から見えてくるものは何か

平野方紹

予算分析の視点は

国や自治体の予算分析に当たっては、量・質の両面から検討することが求められる。量的側面では、1.国民、障害者、自治体などのステークホルダー(利害関係者)が必要とする金額が確保されているのか、2.予算の増減傾向や義務的負担と政策的投資の割合の変化はどうか、ということとなり、質的側面では、1.政府が打ち出そうという新機軸は何か、政策的に強調しようとしているものは何か、2.廃止された、縮小された経費はなくなっても大丈夫か、という点が主なポイントとなる。本論でもこうした視点から、平成29年度厚生労働省障害保健福祉部予算案(以下「障害関係予算」)を分析・検討することとしたい。(以下年号は省略)

伸び率は高水準を維持

社会保障関係費全体について、安倍首相は、少子高齢化に伴う自然増の抑制を明確に打ち出していたが、障害関係予算は全体で前年比7.0%増、特に、中核となる障害福祉サービス関係費では前年比9.5%増と大きな伸びを示した。かつては障害関係予算の伸びを厚労省予算の枠内に押さえ込まれた時期があるが、現在はその枠を大きく上回り、高齢化に伴う歳出抑制の影響はない。しかし、利用者や利用サービスの自然増分は確保したものの、サービス内容の劇的向上や利用者の画期的増大をもたらすことは想定されていないとも読み取れる。現行のサービス水準・利用水準を確保したことは評価できるが、障害関係予算が2兆円に届こうとしている今日、現状維持の「守り」の財政で財務省や首相官邸などの社会保障費抑制の攻勢を跳ね返せるのかが課題となる。

珍事!本予算が概算要求を上回る

29年度障害関係予算では、昨年8月末の厚労省の概算要求を本予算が上回ることとなった。概算要求とは厚労省が予算の見積もりとして作成したもので、これを財務省が「査定」して予算案にまとめる。通例では、概算要求>本予算となるが、今回の障害関係予算では概算要求額1兆7,438億円(6.7%増)に対し、査定後の予算案は1兆7,486億円(7.0%増)と、概算要求<本予算という珍しい事態となった。

この逆転現象が際立っているのが、障害関係予算の基幹である障害福祉サービス関係費で(概算要求)1兆2,492億円(8.1%増)→(本予算)1兆2,656億円(9.5%増)と本予算が164億円も上回った。

財務省や首相官邸が障害福祉に理解があり優しいとは到底考えられない。とすれば、障害福祉を重視しなければならない何かがあったと考えるべきではないだろうか。

29年度障害関係予算の「想定外」

29年度予算編成作業において二つの「想定外」があった。第一は、昨年7月26日の神奈川県相模原市の神奈川県立津久井やまゆり園での利用者殺傷事件である。この事件により、障害者支援施設の防犯対策費が28年度第2次補正予算でも計上されたが、引き続き安全対策の強化が進められることとなった。

第二は、昨年12月に成立したいわゆる「カジノ法」の審議過程で急浮上し、争点化したギャンブル依存症への対応である。依存症対策費は前年1.1億円から今回はその約5倍となる5.3億円まで急膨張している。また、自治体が取り組む地域支援事業の中でも、国として積極的に推進する「地域生活支援促進事業」において、依存症対策は新規事業として盛り込まれるなど力が入れられている。

施設の安全対策も依存症対策も、すでに概算要求時点で盛り込まれており、これが総額を押し上げたとは考えにくいが、「精神障害者の地域移行・地域定着支援の推進」が強調されるなど、これらの「想定外」の事態が障害関係予算全体の増大の推進要因となり、概算要求を上廻る本予算という事態が生じたと考えられる。

今後の動向が予算から見えるか

28年の障害者総合支援法・児童福祉法改正で障害児支援の充実が謳(うた)われ、新たに「医療的ケアを要する障害児への適切な支援の提供」が29年度予算に盛り込まれ、30年の改正法施行への準備が始まったが、改正法の他の事項について具体的な動きは見られていない。

29年度からは放課後デイサービスや就労継続A型の従事者要件が高められるなど、制度運営を通じた現場サイドでの再編や経営変更が進められる。こうした現場の変化と法改正による新たな支援の導入を、どう円滑かつ調和したものとするのかが問われている。29年度は30年度の報酬改定が議論され、障害福祉計画の改定・障害児福祉計画の策定作業もあり、改正障害者総合支援法・児童福祉法施行も併せて障害福祉の実施・運営を左右する年である。

また、福祉全体を俯瞰(ふかん)すると、本年2月には児童、高齢、障害を統合した福祉相談窓口を設置し、分野を超えた共生型サービスを導入する「地域共生社会」構想が法案として国会に上程されるなど、ドラスティックな改革・再編が進められようとしている。しかし、こうした29年度の位置づけも、福祉の在り方の改革・再編も予算からは見えてこない。予算分析にあたっては、年度当初だけでなく、その後の予算の変化を追跡して、政策の動向をつかむ必要があろう。

(ひらのまさあき 立教大学コミュニティ福祉学部)