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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年3月号

1000字提言

妻たちの悲鳴はネットの中にある

柴本礼

高次脳機能障害が、当事者が増えているわりに世間になかなか知られていかない理由を、私はよく考える。一番は悲しいかな、世間の人々の関心の低さだが、障害当事者の「妻」たちがあまり動けていない点も、同じ妻としてあげたい。

交通事故等が原因で、子どもがこの中途障害である当事者になった場合では、「親」が「支援や居場所のない社会にこの子を置いては死ねない」という気持ちから精力的に活動し、何もなかった各地に次々家族会ができ、国をも動かしてきた。

だが実際のところこの障害者の8割は脳卒中が原因で、その6割以上が60歳以上でほとんどが男性だということは、高齢の妻が介護者となるケースが多いということにほかならない。しかしそのような家では、住宅ローンや子どもの学費などの大きな支払いはほぼ済み、しかも段々物忘れが出てくる周りの高齢者との差は顕著ではないため、多くの妻は、(もう面倒だし、このままでいいかしら。)と黙っているのではないか、と私はにらんでいる。

一方、同じ妻であっても、働き盛りの30~50歳代の夫がこの障害に見舞われた場合の経済的打撃は途方もなく大きい。突然妻が、大黒柱として働くことになり(もちろん、それまでの世帯収入とは比べ物にならないくらい低収入となる場合が多い)、夫の世話のほか育児、時には親の介護も加わり、まさに大車輪、青息吐息である。障害者の夫は相談相手にならず周りは現役の友人ばかりのため、夫が高齢の場合より理解されずに孤立する。そのため追い込まれて精神を病んだり、逃げ出し(離婚し)たりする妻も少なくなく、発信どころではない。主に夫が現役で障害を負った妻たちで構成される「コウジ村」(私が主宰する家族会)も、仕事・育児・夫の世話等の理由で集まりづらく、ネットでの情報交換・相談に終始している。また、6年以上相談を受け続けている私のブログでも、「初めまして」と投稿してくる妻たちが今も後を絶たない。まだネットという道具があるだけ良いのだが、その中で悲鳴をあげている妻たちは、増える一方なのである。

ところでそんな妻をはじめとする介護者たちに読んでほしいのが、『介護者の権利章典』である。これは高齢者介護をしていた米国人の文章を、重症心身障害者の娘さんを持つライターの児玉真美さんが訳されたものである。字数の関係でここには全文を書けないが、介護される者の幸せのためには、実は介護者が元気でなければならない、という趣旨であり、介護者には家族会や障害者を雇っている会社等も含まれていい、と思う。疲れた介護者が気持ちを楽にし、家庭を再構築していく元気を持ってほしくて、私の講演会ではいつも紹介している。皆さんもネットで検索され、読んでほしい。


【プロフィール】

しばもとれい。1963年生まれ。イラストレーターとして仕事をしていた2004年に、夫がくも膜下出血から高次脳機能障害を負う。夫のリハビリと社会復帰を支えたあと、主婦の友社よりコミックエッセイ『日々コウジ中』『続・日々コウジ中』を出版。現在は家族会「コウジ村」の代表を務めつつ、講演活動を行なっている。