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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年3月号

ワールドナウ

オランダのケアファームに学ぶ

熊田芳江

2016年10月31日から1週間「オランダで学ぶ農福連携視察団」ツアーに参加した。成田空港では全国各地から参加した13人のメンバーと共に、明日から私たちを案内してくださる、現代オランダ学者の後藤猛さんと同じ飛行機に乗り合わせた。後藤猛さんはオランダに40年住み、福祉先進国オラン学の第一人者として、作家司馬遼太郎の『街道を行く』シリーズ「オランダ紀行」の案内人としてたびたび登場している。

私たち一行は8時間の時差と12時間の長い飛行で、順調にオランダのスキポール空港へ到着した。オランダの気候は東京の1か月先と聞いていたので、しっかりと防寒具を準備して行ったが、私の住む福島の気候とほとんど変わりなく、まだ緑もたくさんあり過ごしやすい気候であった。偏西風の影響で緯度が高いわりに温暖である。

緑の街ザーンダム

最初の宿泊地はスキポール空港から約20分のところにある緑の街ザーンダム。ザーンダム駅前のザーンダムホテルは、まるでレゴブロックのような外観だ。部屋の窓から見る風景も可愛(かわい)く彩られた家が並んでいて、明日からの旅がグッと楽しい予感がする。

世界の富を集めたホールン

2日目は後藤猛さんの案内でホールン市とケアファームを見学した。アムステルダムからホールンまでは世界遺産のベームスター干拓地を通り高速道路で約40分。バスの中で後藤さんからオランダの文化について説明があった。

オランダは国土の4分の1が海面より低い干拓地のため、たくさんの水路が張り巡らされ、水の管理が最も重要である。オランダに多く見られる風車は、干拓地から水を汲み上げて排水するために使われたものである。また世界で最も早く干拓や堤防の開発が始められ、その技術は世界一。日本でもたくさん応用され、私の住む郡山市では、明治時代にオランダ人のファンドールンによって猪苗代湖の水を郡山市まで引く「安積疎水(あさかそすい)」は、現在も郡山市民の水資源として使われている。

日本の農業人口は平均年齢が68歳、35歳以下は5%と、高齢化や耕作放棄地が大きな問題となっているが、オランダでは農業そのものが魅力ある職業であり、若い人の憧れだそうだ。

堤防の護岸工事は石や柳が使われ、コンクリートはあまり使われていない。自然のままを生かしゴッホやフェルメールの絵に描かれているような、美しい風景を至る所で見ることができる。もともと狭い国土のオランダは、木や石を周りの国から輸入しなければならず、古い物が大切に使われている。大変なものを排除するのではなく共存するのがオランダ人の考え方であり、文化であるという。

世界で最も早く貿易で栄えた港街ホールンは、世界で一番古い株式会社「東インド会社」があった。街並みは中世の建物がそのまま保存され、街全体が世界遺産に登録されている。また、世界で最も早く地方自治が始まったところでもある。私たちは市内で最も古い建物である旧市庁舎のルイ16世スタイルの美しい部屋に案内された。ティータイムの後、北オランダ州ホールンの福祉システムについて、専門部長のドールさんから説明を受けた。その後、日本側からJA共済研究所の濱田建司氏から、日本の農福連携についてプレゼンテーションが行われた。

オランダの福祉

2015年、オランダでは社会福祉改革が行われ、それまでの医療保険、長期療養保健(介護)、社会支援法の3つの法律が統合され、社会参加法となった。この法律では障がい者は特別に区別されることはなく、働くことが困難な人の社会参加として、その働く能力や可能性に対して社会保障料(特別疾病手当)が支払われる仕組みである。能力等の問題で不足の部分を税金で補填され、最低賃金保障は月1,450ユーロ(1ユーロ=122円)、年間14か月分が保障される。その内訳は13か月+有給休暇1か月分となる。

オランダの税金は32%~52%、消費税は21%だそうだが、税金は障がい者も等しく払う。その高い税金に対して国民はどう思っているのだろうか。暮らしの保障があることと、分け合うことが当たり前という文化があり、ほとんどの方は不満はないと言う。福祉を提供する側も国民は高い税金を払っているのだから、質の高いサービスを提供しなければならないと考えている。

ケアファームとヘイムズオルグ

その日の午後に見学したケアファームは、北オランダ独特の茅葺(かやぶき)の屋根を持つ農家で、山羊を50頭くらい飼育している小規模ケアファームである。

農場見学の後、ケアファームを管理するNPO団体へイムズオルグの活動について説明を受けた。このNPOには3人の委員、4人のアドバイザー、事務2人によって38の農家とそこを利用する200人の利用者の管理をしている。委員は全員ボランティアである。

事業の内容は、農家へのアドバイスと評価、質の管理、利用者(当事者)の管理、研修、教育など。当事者に対しては、時間を守ることや、仲間と仲良くすること等の当たり前を解決し、働くモチベーションを作る。そして、その判断基準は利用者中心であり、仕事に利用者を合わせるのではなく、利用者にどういう仕事が合うか、という概念のもと訓練を行い、その人の能力と報酬を判断する。また社会的逸脱者も病気と考え、支援の対象としている。そして、ケアファームを希望する農家を指導、評価して組織に入れる等が主な事業である。

ケアファームの専門的な資格として免許が必要であり、2年に一度評価を受ける。オランダのケアファームは全部で1,500あり、現在免許を持つのは800くらいだそうだ。ケアファームは国や行政が管理するのではなく、このようなNPOが管理している。

レリースタットの職業訓練校と大規模農場

3日目はホールン市を北上し、中間大堤防を通って対岸のレリースタットへ向かった。30kmの大堤防を過ぎると間もなくWSW職業訓練校に着いた。

この訓練校では、障がい者や生活困窮者など約1,000人が登録し、給料を得て働いている。内容はさまざまな仕事の体験や就労に対するスキルを身に付けるところである。ここでは障がい者は働くことができない人ではなく、働くことが可能な人という考え方である。訓練校はその人の可能性を探し、伸ばすところである。

次は、観葉植物70万個を生産する大規模農場コンサン・フォーワークを見学した。この農場は、障がい者や無職の人150人を雇用する企業である。オランダにはこのような企業が100以上あるそうだ。広いハウス内で働く人たちは、フォークリフトや自転車で移動し、オートメーション化されている。設備も障がい者が働きやすいように配慮され、「仕事は最高の質を提供することが目的です」と利用者のモチベーションも高い。

その他の小規模ケアファームをいくつか見学したが、いずれも乳牛やニワトリなどの畜産が中心で、広く、きれいに手入れされた農園で高齢者のデイサービスや、一般市民がゆったりと買い物や動物とふれあいができる多目的なケアファームが多い。

オランダのケアファームはビジネスではなく、農業をする人たちが農業を利用して福祉をしたいという理想を持って始まったものであり、行政指導ではない。今回見学したいずれの農家も主体的で、誇りと自信を持って取り組んでいたのが印象的であった。

ゴッホとオランダ

最後に、このツアーの中に観光は含まれていなかったが、最終日のフリータイムにゴッホミュージアムと国立美術館を見学した。ゴッホ自身もコミュニケーションの取りづらさや、生きづらさを抱えながら生活者としての農民の姿を表現し続けた。そこには、周りの人々も彼のよき理解者になろうとして努力している姿があり、最終的には短い生涯を終えることになってしまったが、素晴らしい作品を数多く残すことができたのは、オランダにはさまざまな人々や文化を受け入れる風土があったからであろう。この研修によって、今後の農福連携の姿を同行した仲間と共に共有し、具体的に想い描くことができたことは大きな収穫であり、企画、協力くださった方々や同行していただいたメンバーに心から感謝したい。

(くまだよしえ (社福)こころん施設長)