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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年3月号

列島縦断ネットワーキング【神奈川】

アリシアの会は家族の応援団
~ある精神障がい者家族会の試み~

寶田友子

1 はじめに

2001年、北海道浦河町にある精神障害者のコミュニティ「浦河べてるの家」から当事者研究が始まりました。「当事者研究って?」聞き慣れない方がたくさんいらっしゃるかもしれませんが、今ではオープンダイアローグと並んで、日本のみならず世界で注目されている取り組みです。

「当事者研究は当事者の自助のプログラムで、日常生活上の出来事、困りごとを素材に、研究という態度で向き合い、その苦労の仕組みや意味を考察し、解消する工夫や対処法を仲間とともに見出し、その効果を社会へ伝えていく共同研究活動です。」(注1)

横浜でも当事者研究を始めたいと、ボランティアさんと2007年に「横浜当事者研究会」を立ち上げました。そこに来ている当事者たちがどんどん元気になっているのを感じて、家族も当事者研究をしたいと2009年8月にアリシアの会が始まりました。

アリシアの会の家族も当事者と一緒に苦労を重ね、日々葛藤の中で暮らしています。家族もまた当事者です。この家族の苦労が少しでも楽になり、家族が元気になっていくことが、ひいては当事者も元気になっていくことにつながるのではないか。家族が元気になっていくためのプログラムとして「家族当事者研究」は始まりました。

ところで、「アリシアの会」の名前の由来ですが、映画「ビューティフルマインド」の主人公、実在したノーベル賞受賞者で統合失調症の当事者でもあった数学者ジョン・ナッシュを支え続けた妻のアリシアに因(ちな)んで命名しました。当事者たちの良き理解者になれるようにとの願いを込めて付けた名前です。

2 アリシアの会が目指すもの

家族は精神疾患をもっている人と長期にわたり闘病を余儀なくされたり、家族が困惑し疲弊して地域からも孤立しがちになったりしています。どんな苦労であれ、たった一人で抱え込むところに最大の困難があります。精神障がいをもつ当事者の途方もない生きづらさ。寄り添う家族に必要なものは、理解し共感してくれる仲間と、いつでも安心してSOSが出せる場、そして生きづらさを解消する工夫を学んで実践するプログラムです。専門家との連携を通して実践し、家族自身のエンパワメントを図りながら、誰でも安心して地域で暮らしていけるようになることを目指してアリシアの会は活動しています。

3 こんな活動をしています

アリシアの会の『例会』はまず、気分、体調、最近良かったこと、困っていることなどを一人ひとり話していきます。「そうそう、私も同じ…」と共感、受容されることで、自分の苦労はみんなの苦労となります。お互いの批判はせず評論家にならず、経験は力です。苦労していることや成功・失敗も含めてワイワイガヤガヤと語り合います。話すことは放つことで、少しでも心が軽くなり、ホッとできる場になっています。

また、『あなたのサロン』では、困った時、迷った時、ゆっくり話を聞いてほしい時など、安心して聴いてもらえる仲間に相談できます。さらに『ファミリーサポート』では電話相談をはじめ、親と一緒に病院や保健所の窓口に行く同行支援や、当事者と家族の関係の中で煮詰まり過ぎないように社会の風を入れるなど、戸別訪問支援も行います。誰かが一緒にいてくれるだけで、なんだか心が強く持てたりします。そんなことの寄り添いとして行なっています。

『学習会』では、アリシアの会の発足から8年にわたって5人の講師と継続して、精神障がいに関する知識や対応方法、家族の支援の仕方などを学んできました。精神科医の石川陽一氏と「一席お願いします石川先生」、精神保健福祉士の長見英知氏と「何でも相談家族セミナー」、『こころ元気の元気+』の相談員鈴木高男氏と「家族が元気になるための学習会」、浦河べてるの家から当事者研究の第一人者の向谷地生良氏と当事者メンバー、向谷地宣明氏と「みんな一緒に家族の当事者研究」。また、必要に応じ各専門家をお招きしています。これらの学習会は横浜市や神奈川県の助成金をいただき、公開市民講座として運営・開催しています。

また、特別課外活動として、年1回から2回は精神障がい者の施設(生活支援センター、生活活動支援センター、グループホーム、福祉的就労、一般企業など)の見学会を行なっています。会員同士の親交の場でもあり、また見聞を広め、将来の希望にとなることを願っています。

月に1回発行する『アリシア便り』では、学習会の内容や例会での報告、近郊で開催予定の当事者研究や精神保健に関する研修会の情報などを提供しています。定例会にはなかなか参加できない会員の方々も毎月楽しみにしてくださっています。

4 アリシアの会が大事にしていること

当事者研究には15の理念と7つの要素があります。これらの理念とともに、アリシアの会では一人ではない「仲間力」や、どんな困難な状況の中でも「にもかかわらず笑う」を大切にしています。

家族はどうしても当事者を変えたくなりますが、「家族当事者研究」は家族自身が変わるための研究です。自分のものの見方や考え方、言い方を変えることで、当事者と家族自身の環境を変えるきっかけとなることを願っています。家族関係の環境の変化は当事者の“生きづらさ”の改善に大いに影響して、お互いの良好な関係へとつながっていきます。家族当事者研究は、今抱えている困難な問題を研究という視点でとらえていくことによって、仲間とともにより実践的に具体的解決へと導く手助けになり、家族自身が元気になっていくための自助・共同の活動です。

家族の立場は親、兄弟、夫婦、子どもなどさまざまで、また病気の種類も違いますが、みな困難を抱えて行き詰まり、先の見えない中でもがいています。多くの家族は社会資源や仲間という資源にたどりついていない、ともすると閉じた家族の中にあって、偏見という壁の内側で当事者も、そして支える家族も孤立しがちです。そんな家族に少しでも笑顔が出て、気持ちが楽になれるように、アリシアの会はお互いに皆が応援団でありたいと考えています。障害があろうとなかろうと住み慣れた地域で自分らしく明るく生活ができるように、仲間力は家族力となり、偏見や差別のない社会力の暖かな風が吹いてくることを願っています。

5 今後の展開

アリシアの会では、「アリシア式当事者研究」として、例会の時間を使って家族自身の当事者研究を行なっていきます。今後は、当事者を支える家族が「弱さを絆」に自分自身の専門家として、仲間とともに研究テーマを探求していきたいですね。

家族が抱えている共通の課題には、心配しすぎ、先に不安でやってしまう、はれ物に触るように何も言えないでいる、かまい過ぎでおせっかいをしてしまう、過保護過干渉、などなど多くの研究テーマが次々と出てきます。このような家族それぞれが持つ苦労や困難は、その一つ一つを専門分野として研究することで、苦労のメカニズムが明らかになってきます。

アリシアの会では、これらの研究結果を広く社会に発信できるようになっていきたいと思います。

(たからだともこ アリシアの会代表)


当事者研究の15の理念と7つの要素

《理念》自分自身でともに・弱さの情報公開・自分の苦労をみんなの苦労に・経験は宝・自分を助ける仲間を助ける・見つめるから眺める・言葉を変える振る舞いを変える・笑う力ユーモアの大切さ・人と事(問題)を分ける、など。

《要素》自己病名を付ける・日常生活上の出来事、困りごとを素材にする・生活場面で実験して効果を確かめる、など(注2)

【注釈】

注1:『レッツ当事者研究2』(べてるしあわせ研究所 著)

注2:『レッツ当事者研究1』(べてるしあわせ研究所 著)