「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年4月号
具体的な取り組み
交通事業者に向けた取り組み
松原淳
みなさんは電車やバスを利用した際に差別を受けたことがありますか?
当財団で2014年度に実施したアンケートでは、交通機関利用時に差別を経験したことがあると回答した方が52%いました。差別の内容として、そのうちの62%が「職員の対応が不適切だった」と回答を得ています。交通機関では「乗車拒否」という単語が交わされる厳しいものであり、回答の中には昔の記憶がいまだに忘れられない傷になっているものも多く見られました。
障害者差別解消法が施行されて1年ですが、差別がなくなったとは言い切れません。逆に、法律ができたことで差別が瞬時に消えたならば怖いような気もします。
交通機関では、事業者側と障害当事者双方の理解を得ることが大切と考えて、当財団でワーキング(有識者、当事者がメンバー)を設置し、2014年から議論を重ねて「すぐわかる!障害者差別解消法」と表題をつけた冊子を作成しました(図1)。
※掲載者注:イラストの著作権等の関係で図1はウェブには掲載しておりません。
この冊子の目的は、以下の3点にあります。
- 交通事業者、当事者ともに障害者差別解消法について知ってもらう
- 「障害」「差別」「合理的配慮」などについて考えるきっかけとする
- 理解いただいた内容をきっかけに行動に移していただく
冊子は1.交通事業者、障害当事者への呼びかけ、2.医学モデルから個人モデルへの転換、3.差別と思われる事例、4.合理的配慮を提供するための検討フロー、5.困った具体的事例、6.合理的配慮の事例、7.交通事業者の好事例、8.差別を受けた場合の相談先と解決への流れ、などを16頁立てで構成しています(当財団のホームページで公開しています)。
交通機関の特殊性としてバリアフリー法の存在があり、バリアフリー法を行なっていれば満足するのではないかという疑問があります。別途バリアフリー法が適用される公共交通機関では「障害者差別解消法」の前に「事前的措置」があり、交通機関にはバリアフリー法がそもそも規定されることから、施設の整備は障害者差別解消法がなくとも進めなくてはなりません。
つまり、障害者差別解消法ではエレベーターや情報提供機器の設置などハードが主な取り組みは「事前的改善措置」と位置づけられ、障害者差別解消法の主眼は「接遇」にあると認識しています(図2)。そのため、交通機関では職員の教育・研修が最重要と考えられ、これまでのわれわれの研修(交通サポートマネージャー研修)の位置づけが高まったと認識しています。
図2 バリアフリー法と障害者差別解消法の関係
(拡大図・テキスト)
そこで冊子を使ったセミナーを交通事業者、行政担当者、障害当事者を対象として全国各地方運輸局単位で開催し、法律の解説、具体的な差別事例や良い例、申し立て・相談の流れなどを解説し、障害当事者からも法律に期待することなどを発言していただいています。そこには交通事業者VS障害者でなく、お互いに新しい社会をつくっていく姿勢が重要であると認識しています。なぜならば超高齢化時代を迎え、事業者の家族や知人に移動に困っている人は必ずいるはずで、交通事業者の対応がご自身や家族に返ってくると考えてほしいからです。
実はまだまだ混乱もあり、指針(ガイドライン)の課題としては、たとえば「飛行機の搭乗においてコミュニケーションを図るための合理的配慮を行ったうえで緊急時の客室乗務員の安全に関する指示が理解できない恐れのある利用者に対して付添の同伴者を求めること」が差別的取扱いに当たらないと示されていますが、外国人も言葉が理解できないとワーキングでは指摘があり、グレーゾーンに属する案件が多く存在することが現状です。
わが国のバリアフリー施策はせいぜいここ20年程度のことで、ハード中心で進んできた特長があり、施設をつくれば終わりとしてきた弊害もあります。また、わが国は世界的に見れば特殊な環境にあり、たとえば、周りの一般乗客が手を貸すことが当たり前の他の国に対して、わが国では介助は職員の仕事だと認識する人が多い課題があります。また、認知症者の事故や障害が交通機関で連日発生している中で、認知症をどう位置づけるかといった課題もあります。
「障害のある人に必要な配慮を、できるのにやらないことは差別か」といった疑問もセミナーでは発議して、「できない」と判断する前に、どうすれば対応できるかを考えることが重要であり、解決策を考える姿勢が求められ、「過度な負担だから対応しなくてよい」と安易に考えることは問題の解決につながらないと訴えています。
まさに問題の起こらないように済ますことよりも、急がば回れの精神で、問題の本質を事業者と当事者相互に考えて世の中を変えることが当財団の目標です。また、合理的配慮の内容は多様であり、双方の相互理解により組み立てられるものであり、時とともに変化していく可能性があるものと考えられるため、この冊子、研修も終わりは今のところはないと認識しています。
もし、差別を受けたり、合理的配慮の好事例などありましたら、当財団のホームページにある「募集・イベント」の欄からアンケートにお答えください。
(まつばらあつし 交通エコロジー・モビリティ財団バリアフリー推進部)