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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年8月号

列島縦断ネットワーキング【佐賀】

適切な福祉用具の活用でこうしゅくをゼロに
~こうしゅくゼロ推進協議会の活動~

松尾清美

はじめに

高齢者などの寝たきりがいないと言われている欧米と寝かせきりの高齢者が多い日本では、高齢者や障害者の生活に対する考え方や介護関連職種の介護に対する考え方、介護方法が異なるのではないかと考えています。欧米では、「歩けなくなったら福祉用具を活用して、できる限り自分のことは自分で行い、できないところを介助者に手伝ってもらう。生活内容や方法は自分で決める。そのため、福祉用具を準備し、使い方教育や介護システムができている」

日本は、「歳をとって歩けなくなったら、ケアマネージャーに相談し、介護者に任せる。しかし、福祉用具の教育を受けていないので福祉用具を知らない、なので使えない。人力介護が優しいと考えている人が多い」という違いがあるように思います。このような日本の現状から、私たちの周りには、多くの高齢者が寝かせきりとなって、拘縮や変形を起こして苦しんでいるのです。この状況を改善しなければなりません。

1 日本の介護業界の現状

団塊の世代が2025年には、75歳を超える後期高齢者となるため、社会保障を支える国の財源、介護職員離職と人員不足、人員不足に伴う施設の経営難、施設内事故や虐待の増加、訪問看護師不足の中での在宅医療への移行の問題など、どれをとっても解決の糸口が見えない状態です。このままでは、政府が進めている介護職員離職ゼロどころか、介護職員の離職増大となっていくことでしょう。

福祉用具に関しては、30年以上、福祉用具の開発と発展、普及を目指して教育活動を行なってきましたが、障害者を対象とした一部のリハビリテーションセンターでは欧米と肩を並べるようになってきたものの、高齢者を対象とした介護業界では欧米と比較してまだまだ「まともな選定」がなされず、正しい普及には程遠い状況です。このことは、介護保険費用の使用比率を見ると、福祉用具に使用されている費用は全体の3%未満であり、いかに人力介護に頼っているかが分かるのです。

2 一般社団法人こうしゅくゼロ推進協議会の目的

このような状況を鑑み、一つの打開策となるのではという強い思いを持ち、本年3月1日に「一般社団法人こうしゅくゼロ推進協議会」を発足しました。発足の目的は、「10年以内に適切なケアにより変形・拘縮を無くす」というもので、実現できたとき、協議会は笑顔で解散することとしております。

3 拘縮の原因

拘縮の原因としては、脳梗塞など病気によるものもあり、これを無くすことはできません。しかし、抱え上げなどの「人力介護」や身体に合っていない「不適切な福祉用具サービス」により発生する「緊張や苦痛による筋肉や関節の拘縮と身体の変形」などはゼロにしなくてはなりません。そして、この変形・拘縮は日本にしかないとさえ言われています。

4 解決策

この解決策の一つとして、2013年に厚生労働省が出した「職場における腰痛予防対策指針」があります。この中で、厚生労働省は抱え上げを原則禁止とし、全介助には吊上げ式リフト、座位が取れるならトランスファーボードやスライディングシートなど、移乗補助機具の利用なども明記されていますが、国内のほとんどの施設や在宅においては未対策の状況です。

この状況に対して高知県は、県としてこの課題に真剣に取り組み、今年までに10を超える施設において、それぞれの施設ごとに腰痛予防対策を行なった結果、職員の腰痛も減り、利用者にも笑顔が戻り、かつ拘縮の改善が見られ、それを実行した職員の満足度が上がり、離職が減り、ベッドの稼働率も上がるなど、多くの課題を解決することになったという状況を見せていただきました。福祉用具を適切に活用することの有用性もしっかりと立証してくれたのです。中でもリフト使用反対者が、拘縮改善事例や半年間も閉眼で声も出せず拘縮状態であった高齢者が、リフトの導入により目が開き「おはよう」と言えるまでに改善した事例を見て賛成に転じたそうです。このことは、現場の福祉用具反対者を説得する最大の切り札になると思います。

このような取り組みを全国で展開することで、頑張っている介護職をしっかりと守り、心の満足を上げていければ、後に続く若者たちにとっても魅力ある仕事として提供することもできます。そうなれば、人員不足問題が解決し、施設の稼働率も上がり、介護離職ゼロも実現可能となると思います。

これまでの経験から、福祉用具を適合し住環境を整備することで、重度身体障害者(児)が電動車椅子を駆使して社会参加し、納税者として活動し、楽しい生活を過ごし、人生を謳歌している方々が、国内にたくさんいることも伝えていきたいと考えています。

5 今、行なっていること

現在、拘縮や変形を無くしていくため、海外の高齢者の生活状況調査をはじめ、以下のことを行なっています。こうしゅくゼロ推進協議会の活動に賛同し協力してくれる団体や個人とのネットワークづくり、協賛者や協賛会社の募集、介護方法や福祉用具の使い方教育とシステム作り、病院や施設の理解推進や教育方法の構築、改善希望施設などの調査と支援方法の構築及び支援事例づくり、施設レンタル会社の拡大などを進めていくとともに、各地でこうしゅくゼロ推進協議会の説明会や講演会、福祉機器展示会での活動内容展示と協力・協賛の募集などを行なって、普及に努めています。

おわりに

高齢者や障害者(児)が自力で動けなくなったら、変形・拘縮を起こすことは、日本では当たり前と多くの国民が思っています。残念ですが、多くの医療人も仕方ないことと思っています。しかし、欧米には無いのです。適切なケアにより「変形・拘縮は改善する」、介護者が腰痛を起こさない「福祉用具を活用した介護方法がある」という事実をもっと広めたいものです。そのためには、適切なケアの教育方法を確立して、北欧のように福祉用具を当たり前のように使いこなす日本にし、介護者の肉体的・精神的な負担を少なくして、やりがいのある誇らしい仕事であることを伝えていかなければなりません。福祉用具を活用して安全な動きを獲得して、寝たきりではなく生活を楽しみ、生活の質を向上させて、人生を全うするのです。そして、日本の恥である「変形・拘縮」を無くしましょう!

皆様の協力があれば、10年以内には解決できると思います。

(まつおきよみ こうしゅくゼロ推進協議会代表理事、佐賀大学大学院医学系研究科准教授)