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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年9月号

べてるの家の防災の取り組み

池松麻穂

べてるの家とは

「浦河べてるの家」(以下、べてる)のある北海道浦河町は、太平洋に面した人口約13,000人の小さな町です。べてるでは、30年以上前から「どんな病気や障がいがあっても、人として尊重され、役割を持ち、地域に貢献する」を理念の柱とし、「仕事をする場(就労支援)」「生活する場(居住支援)」「自分を助ける場」をつくりあげてきました。現在では、主に精神障がいをもつ100人を超える当事者たちが活動に参加しています。

活動の中で「自分の助け方」として「当事者研究」を開発しました。「当事者研究」は、誰しもが持っている生きにくさを仲間とともに共有し、研究というアプローチから深めることで、生き方のパターン図やユニークな対処方法が生まれます。べてるでは、「幻聴さんとの付き合い方の研究」や「爆発の仕方の研究」など、自分自身のテーマを仲間と共に取り組んでいます。

べてるが防災活動に取り組む理由

平成15年に十勝沖地震が発生、浦河町では早朝に震度6弱を記録しました。当時、べてるのメンバーたちは地震や津波についての知識や経験、対処方法をほとんど知りませんでしたが、幸い大きな津波が来ることはなく、被害はありませんでした。

自然災害の際、適切な状況の認知と、行動の判断をすることは、精神障がいなどの苦労があると時に難しくなることがあります。地域で暮らす上で起こりうる「苦労」には、「自然災害」も含まれると実感しました。平成16年から、国立障害者リハビリテーションセンター研究所の協力を得て「防災の研究」を始め、10年以上が経ちました。

「防災の研究」

べてるで「防災ミーティング」を開催し、「防災の研究」をしました。「当事者研究」の展開例に沿って、苦労を具体的に挙げ、対策を考え、練習を繰り返しました。浦河で起きやすい災害(特に、地震や津波)について学び、その結果、浦河は日本有数の地震地帯であること、地震発生後最短で4分以内に10メートル級の津波が来る可能性があることが分かりました。

対策として、「命の安全の確保」を最優先に、「地震発生後、4分以内で10メートルの高さまで避難する」を目指しました。自治会の避難訓練に参加し、ハザードマップを町の人たちと一緒に眺めながら、自分たちの家や活動拠点から実際に避難可能な場所を探しました。

実際に足を運び、場所を確認しました。どのルートで避難すれば安全か、移動に手助けが必要な場合はどうすれば避難可能か、などを含め、避難マニュアルを作成。DAISY(Digital Accessible Information System)を活用し、「文字」「絵」「音」で複数の感覚器官に働きかけ、障がいがあっても理解しやすくしました。避難グッズは、精神障がいや生活習慣病に配慮し必要なものを自分たちで選定しました。

避難訓練は、「4分で10メートル」を合言葉に、自治会や町と合同の訓練にも参加、警察への協力依頼等、さまざまな人たちと協力して行いました。浦河町東町地区で開催された自治会の「一泊避難訓練」にも参加し、自己紹介をしながら振り返りをしました。町の人からの感想では「自己紹介まで、誰がべてるの人か分からなかった。実際の避難の際も協力し合えることが分かった」という声も聞けました。

こういった研究活動を繰り返し、平成23年の東日本大震災では、練習どおり、べてるメンバー全員が迅速に、安全な避難行動をとることができました。浦河の被害状況は、津波の最大波が約3メートル、港と海沿いの住宅の一部が浸水。東北の被害状況や自分たちの避難所での過ごし方を振り返り、目標を「4分で10メートル」から「4分で12メートル、地続きで避難所に行ける場所を目指す」に変更し、現在も防災活動に取り組んでいます。

まとめ

べてるでの防災活動を通じて、精神障がいなどがあっても、事前に取り組むことで迅速な避難が可能であるということが分かりました。そのために必要だったのは、「正しい知識」「情報の共有」「練習」でした。「自然災害」は、障がいの有無にかかわらず、地域で暮らす住民全員が直面する苦労です。「防災」という共通のキーワードを通じて、障がい者も地域住民も一緒に取り組むことができます。

ここ数年、障がいのある方の住まいでの防災について、全国で取り組みが進んでいます。べてるでも、地震・津波防災に加え、水害や土砂災害など、さまざまな場面を想定した「防災の研究」を今後も進めていく必要があります。

(いけまつまほ 浦河べてるの家)