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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年9月号

1000字提言

ノーマライゼーションの理念とは

浅野史郎

ノーマライゼーションという用語は、1950年代、デンマークの知的障害者収容施設で多くの人権侵害が行われていたことへの改革として、行政官ニルス・エリク・バンク=ミケルセンが提唱した理念として使われた。「脱施設化」を支える理論として社会に強くアピールした考え方である。

ノーマライゼーションの理念は、その後、さらに発展していった。「障害者を排除するのではなく、障害をもっていても健常者と均等に当たり前に生活できるような社会こそが、通常な社会であるという考え方」として一般に受け入れられるに至っている。

私の考えるノーマライゼーションも、ほぼこれと同じである。排除していけないのは障害者だけでなく、外国人、難民、性的少数者、その他多数派の住民と違った出自・傾向・心身の状態を持つ少数者も同じである。

もっと大事なことは、障害者など異質な少数者を排除する地域は弱い地域だということである。弱い地域というのは、まとまりのない地域、災害が起きたときにお互いに助け合うことがない地域、人が集まって来ない地域、温かみが感じられない地域、こういった地域である。

障害者を排除する地域は数多くある。たとえば、知的障害者のグループホームの設置に地域ぐるみで反対する運動が2011年~2016年に全国で59件もあった(NHK調べ)。その大半は、グループホーム設置断念または設置延期に至っている。これを見て、地域の住民たちに、「ノーマライゼーションの理念に反する行動だ、障害者を排除する地域は弱い地域だ」と言っても聞き流されるだけだろう。

知的障害者のことを知らない人たちに対して、「ノーマライゼーションとは」と説いても効果はない。知的障害者は恐い存在ではない、地域で立派に生きていける、地域の一員として貢献できるということを実地に見てもらうことで知的障害者を理解し、グループホーム設置反対を取り下げてもらえる。

ノーマライゼーションの理念を理解しない人たちに対しては、差別され排除される側からの実力行使も場合によっては必要である。グループホーム設置反対運動があっても、設置を強行することを示唆している。こんなことを言うのは、グループホームができて、知的障害者の日常生活を見ることになれば、地域の人たちも障害者のことを正しく理解するに至ることを固く信じているからである。

ノーマライゼーションのそもそもの始まりは知的障害者長期収容施設の脱施設化である。重度の障害者の殺傷事件があった津久井やまゆり園の現地建替え案を聞いて、ノーマライゼーションの理念がこの地に根付くにはどれだけ時間がかかるのだろうかと暗澹(あんたん)たる思いがした。


【プロフィール】

あさのしろう。神奈川大学特別招聘教授。1948年生まれ。仙台市出身。東京大学法学部卒業後、1970年厚生省(現厚生労働省)入省。児童家庭局障害福祉課長、社会局生活課長などを歴任。93年11月宮城県知事に当選。3期12年務める。06年4月慶応大学総合政策学部教授。13年3月慶応大学を定年退職、13年4月から現職。