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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年11月号

療育センターによる学校への支援
~横浜市の学校支援事業~

尾崎浩子

1 はじめに

横浜市における学校支援事業については、2009年(平成21年)12月号の本誌特集で、平成19年度から始まった当事業の概要を紹介するとともに、福祉と教育との新たな実践的連携の在り方について報告した。

本稿では、当事業の概要をあらためて紹介するとともに、10年の実践を報告し、事業の推移とそこから見えてきた課題などを述べる。

2 横浜市における学校支援事業

(1)横浜市の地域療育センター

横浜市では、市内9か所(横浜市総合リハビリテーションセンターを含む)に地域療育センター(以下、療育センター)を配し、地域療育の拠点としている。

療育センターは、相談・診療・療育の3つの軸で構成されており、地域の関係機関への支援も合わせて行なっている。

(2)事業化の背景

文部科学省は、平成19年に、障害児の教育体制を旧来の特殊教育から特別支援教育に大きく転換した。特別支援教育には、知的な遅れのない発達障害を含めた特別な配慮を必要とする児童への支援をすべての学校で実施するという今までにない理念が盛り込まれた。

一方、横浜市教育委員会が平成15年に行なった「特別な教育的支援を必要とする児童生徒の実態調査」にも見られるように、通常学級に発達障害やその疑いがある児童が少なからず在籍する状況がますます顕在化した。通常学級への支援の重要性が増したのである。

こうした学校教育サイドの変化に呼応するために、横浜市の療育センターでは、旧来行なってきた特殊教育をベースとした学校教育との連携を大きく見直す必要が生じた。その結果、通常学級に在籍する発達障害及びその疑いのある児童への支援を主体とする学校教育と療育センターとの新たな連携を、組織的かつ体系的に推し進めるシステムとして、学校支援事業がスタートしたのである。

(3)学校支援事業の概要

ア.趣旨

「主に発達障害のある児童等への対応に関する支援を趣旨として、各地域療育センターに学校支援スタッフを配置し、センターの有する経験と専門性をもとに、学校訪問による教職員へのコンサルテーションの実施など、各学校の状況に応じた技術支援を実施する」

対象:市内小学校の教職員

申込:各学校からの申し込みに基づいて実施

イ.特徴

1.主たる対象は通常学級在籍の発達障害児とその疑いのある児童。

2.個々の児童を取り扱うのではなく、主眼を学校の教員に対する支援、学校への組織的支援。

3.教育委員会との密接な連携のもとに行う。

ウ.主なメニュー

1.研修

担当スタッフが学校を訪問し、教職員全員を対象に、発達障害の支援に関する研修を行う。

2.コンサルテーション

授業などの様子を実際に見学し、児童の捉え方、課題となる行動への対応法、コミュニケーションのとり方、教室の環境設定、授業の進め方などについて、ミーティングを通して担任などに助言するとともに、教員からの種々の相談に応じる。

3 学校支援事業の実施状況

平成19年度から28年度までの横浜市全体の事業実施状況を表に示した。事業開始の19年度は、市内347校中180校(約52%)の利用であったが、21年度以降は、240~260校(約70~80%)が利用している(表)。

表 横浜市学校支援事業実績

  学校数 実施学校数(%) 実施数 研修・コンサルテーション 研修 コンサルテーション
19年度 347 180(51.9%) 322 77 74 171
20年度 346 232(67.1%) 548 64 72 412
21年度 346 245(70.8%) 681 50 77 554
22年度 345 257(74.5%) 842 45 85 712
23年度 345 249(72.2%) 888 46 72 770
24年度 345 263(76.2%) 891 31 64 796
25年度 343 257(74.9%) 804 16 68 720
26年度 342 253(74.0%) 731 6 56 669
27年度 342 247(72.2%) 643 12 49 582
28年度 342 245(71.6%) 597 15 37 545

実施回数の推移をみると、平成22年度から25年度には年間800~900回の研修とコンサルテーションが行われ、ピークを迎えている。

横浜市では、平成22年2月に、学校における児童支援体制強化事業の実施要綱が制定された。これは、子どもを取り巻く諸問題が多様化し、行動や学習に特別な支援を必要とする子どもが増加する中で、小学校のチームとしての対応力を強化し、一人ひとりに目を配る教育を推進することを目的としたものである。この要綱を受けて、平成22年4月から一部の学校に児童支援専任教諭(以下専任教諭)が配置され、平成26年度には市内全校に配置された。こうした学校サイドの支援体制整備が進む中で、学校支援事業の依頼もピークを迎えたと考えられる。

平成25年度以降は年間実施回数が減少しているが、実施学校数自体は減少していない。これは、1校当たりの実施回数が減ったことを意味しており、学校側が相談ニーズを整理して事業を利用するようになった結果と捉えられる。この背景については後ほど詳述する。また、事業開始当初に依頼が多かった発達障害の理解のための研修が、近年は減少している。発達障害の知識が学校現場に浸透していくことで、依頼が減ったと考えられる。

4 横浜市総合リハビリテーションセンター(以下、リハセンター)での学校支援事業

(1)事業を開始して見えてきた状況

平成19年の本誌では、事業開始2年目に見えてきた状況を以下のとおり報告した。

1.通常学級には、当初想定した以上の発達障害及びその疑いのある児童が在籍。

2.担任する教員は、教室で起きている行動の背景に発達障害の可能性があることをあまり認識しておらず、「やる気がない」「家庭の問題」という見解をもって、注意、叱責する対応が多く見られる。

3.特に知的な遅れを伴わない発達障害児の場合、児童理解に混乱が生じ、いわゆる普通の接し方をするため、双方の混乱が助長されている。

(2)学校支援事業の実際と課題

前述した本事業開始当初に見られた状況はその後も大きく変化することなく、コンサルテーションを通して教員からの相談が継続して多かったのは、「授業中の気になる行動」に関することであった。具体的には、「座っていられないなどの授業中の不適切な態度や発言、授業準備や片付けができない」などであり、即効性のある対応方法を教えてほしいという要望が多くを占めた。問題となる行動が起きる背景、発達障害の特性から対応を考えるという発想が、教育現場では思いの外浸透していかなかったのである。そのため、我々は児童の行動の背景となる発達障害の特性をより丁寧に説明し、その特性に対応した解決策を伝えていくように留意した。

具体的には、「教室環境を整理すること、掲示物や黒板、席の位置などの工夫」や、「指示の出し方、簡潔、具体的、肯定的な指示や視覚的な手がかりの工夫」など、環境条件の整理の必要性を主に訴えた。その結果、教員が求める即効性のある対応ではないものの、実際に教室の環境整理を行うと授業全体が落ち着き、気になる児童の行動も改善することを教員が実感できるようになった。不適切な行動に対し、直接当該児童を叱る、注意するといったそれまでの対応と比べ、大きな転換であったと言える。

このように、コンサルテーションで教員の反応に好感触を得られることが多くなり、当事業の成果が認められるようになる一方で、担任が変わると情報が引き継がれず、児童の理解や対応が継続しないなどの、学校サイドの組織的な課題が散見されるようになった。学校全体で児童を理解し、支援を組織として継続する体制がまだ不十分であったと言える。

また、その中で頻回に療育センターに支援を依頼する学校が増えるという事象も生じた。具体的な相談事項はないが、とりあえずクラスを見てほしいといった依存的ともいえる依頼がなされるようになったのである。ここでも、学校が自ら相談ニーズを整理し、主体的に問題解決を図ろうとする認識の希薄さが課題として浮上してきた。

(3)状況の変化と課題の整理

このように、学校支援事業を進める中で新たに浮き彫りとなった学校の組織的な課題の解決においては、専任教諭との連携が有効であった。専任教諭は、各担任から出される相談ニーズを調整し、コンサルテーションに参加して学校としての記録を残すなど、校内に留(とど)まらず、当事業に対するコーディネート機能をも発揮した。前述した平成25年度以降に当事業の1校当たりの実施回数が減った背景には、こうした専任教諭の活動の浸透があったと推察される。学校現場は旧来担任だけで問題を抱えることの弊害が指摘されるなど、特に、児童指導においての組織的な取り組みに不十分さがあった。しかし、近年専任教諭の配置などによって、学校としての組織性が大きく改善されてきている。それに伴って、学校支援事業も継続的な積み上がりが担保され、さらに実効性が高い結果を生み出せるようになったのである。

また、横浜市では平成24年に、特別支援教育と児童・生徒指導を連携させていく方針が出された。特別支援教育の観点をもって児童・生徒指導をすることにより、非行や不登校等の問題の軽減につながることが分かりはじめ、学校の姿勢も、予防的に支援する方向にシフトした。その結果、学校支援事業も低学年や年度前半の時期に依頼されることが増えていった。

(4)10年を経過した中での新たな課題

学校支援事業が始まって10年が経過した現在、多くの学校が発達障害の視点で配慮を必要とする児童を捉えることができるようになっている。特に社会性、行動面が気になる児童の理解は的確で、教室の環境整理や対応の工夫が行われている。しかし一方で、行動上の問題は顕在化していないが、学習面に課題を抱えている児童、具体的には読み書きに困難を抱えている児童などへの理解や対応はまだ不十分である。みんなに分かりやすい授業の進め方や特別な学習支援の方法論を、学校教育が自ら検討し、構築していくことがとりわけ重要となろう。

また最近は、発達障害の理解支援だけでは対応が困難な、問題がより複雑化した児童に出会うことも多い。虐待に関係する事案も多く相談にあがってくる。こうした問題の解決には、児童相談所などより幅広い関係機関との連携が必要となる。前稿でも、「一人ひとりの子どもの幸せな人生のために、さまざまな機関や人々が自らの守備範囲を持ち寄るだけの連携を超えて、より踏み込んで協働しようとする勇気が必要」と述べているが、今後さらにその必要性が高まると考える。

また、学校が発達障害を理解するようになると、保護者にもわが子の障害を理解し、専門機関につながってほしいとの期待が高まっていくが、保護者への支援は非常に複雑な側面を有することが多い。学齢期まで専門機関を利用してこなかった保護者には、一朝一夕には解決できないさまざまな背