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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2018年2月号

聴覚障害者支援アプリ「こえとら」

株式会社フィート

1 はじめに

聴覚障害者と健聴者とのコミュニケーションには、主に手話や筆談が用いられている。しかし、手話を使える健聴者は少なく、また筆談はやり取りが円滑でないため、コミュニケーションを支援するツールが期待されていた。

人が話した“音声”を“文字”に変換する音声認識技術、及び“文字”を“音声”に変換する音声合成技術は進歩し、“音声”と“文字”の相互変換機能を搭載した電子機器がコミュニケーションに利用されるようになった。

「こえとら」1)とは、国立研究開発法人情報通信研究機構の高精度音声認識技術及び高品質音声合成技術を用い、スマートフォンやタブレットの普及に伴い、聴覚障害者等が困難を抱えていた健聴者とのコミュニケーションを手話や筆談を用いることなく実現できるように開発されたアプリケーションである(以後、こえとらアプリ)。

聴覚障害者等にとって、その携帯性や利便性により屋内の利用に限らず屋外活動範囲が広がる等、日常生活のコミュニケーションにおいて、こえとらアプリの利用者は増えている。また、震災時における被災者向けに聴覚障害者のコミュニケーション支援や2)、玩具との連携、及び聴覚障害に関する書籍3)において紹介されるなど、今後もあらゆる場面での利用が期待される。

そこで、本稿では、こえとらアプリの利用者における理解を深めるため、まず、こえとらアプリに使われる技術について説明し、その技術を活用することによりできるようになったことを説明する。次に、こえとらアプリの特徴やしくみを説明し、さらに、現状と課題、これからの可能性についてまとめる。

2 こえとらアプリに使われる技術

(1)音声認識技術及び音声合成技術

こえとらアプリを用いた聴覚障害者と健聴者とのコミュニケーション例を図1に示す。こえとらアプリには、入力した文字を音声化する音声合成技術が用いられ、健聴者は文字だけでなく音声で会話の内容の確認をすることができる。図1(a)は聴覚障害者の利用画面であり、聴覚障害者がテキストまたは定型文選択により、たとえば「私は耳が聞こえないので、これを使ってお話しします。ちょっとよろしいでしょうか。」を入力すれば、会話の内容を音声として健聴者に伝えることができる。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図1(a)はウェブには掲載しておりません。

一方、話者の言葉をその場で文字に変換できる音声認識技術が用いられている。図1(b)は健聴者の利用画面であり、前記の聴覚障害者の問いに対し、たとえば「はい、良いですよ。」と応答すると、音声認識技術により素早く文字に変換でき、筆談や文字入力にかかっていた時間を短縮することで、円滑に会話をすることができるようになる。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図1(b)はウェブには掲載しておりません。

(2)オフライン対策技術

こえとらアプリの音声認識精度及び音声合成品質を高めるため、音声認識及び音声合成はインターネットを介してサーバーで処理がなされている。一方、災害発生時に電波が入らない場所などでは、インターネット回線が利用できなくなる可能性がある。そのため、組み込み型の音声認識及び音声合成が動作することにより、オフラインでも利用できるように配慮がなされている。

(3)円滑なコミュニケーションのための利用技術

こえとらアプリを用いてより円滑なコミュニケーションを実現するためには、利用する音環境への配慮や使い方が重要である。こえとらアプリでは、音声認識の精度を高めたい場合に以下の内容を推奨している。

1.騒音の少ない場所での使用

雑踏の騒音下では、健聴者は対話者の音声が聞き取り難くなるのと同様に、こえとらアプリは音声認識率が低下する場合がある。そのため、騒音の少ない場所で使用する。

2.話者は1人での利用

2人以上で同時に発話すると音声認識が困難になるため、1人ずつ交代して利用する。

3.単語のみではなく、会話文で発話

会話文で発話する方が音声認識率は向上する。【例】×「りんご。」、○「りんごが食べたいです。」。

4.珍しい地名、人名などの固有名詞を避ける

大都市などの固有名詞は登録されているが、珍しい地名や人名等は認識できない場合もある。他の言い方に言い換えて使用する。

3 特徴的な機能とそのしくみ

(1)定型文機能

会話帳管理機能が搭載され、日常生活で利用頻度の高い文をあらかじめ定型文として登録することができる。たとえば、飲食店において「私は〇〇アレルギーです。こちらのメニューには〇〇は入っていますか?」などの長い文章では、その場で文字を入力する手間を省け、繰り返して使うことができる。

図2(a)に定型文機能を示す。多数の定型文を登録でき、また、利用開始時に120文程度が登録されているため、事前に“飲食・レストラン”や“買い物”など利用者の活用シーン別に会話帳に登録できるため、利用者が多数の定型文の中から即座に定型文を選べるよう便宜が図られている。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図2(a)はウェブには掲載しておりません。

(2)チャット機能

こえとらアプリには、複数人がリアルタイムに文字による会話ができるチャット機能が搭載されている。図2(b)にチャット機能の利用場面を示す。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図2(b)はウェブには掲載しておりません。

1.遠距離チャット

初回利用時に任意のID及びメールアドレスなどを登録すると、聴覚障害者及び健聴者は、各自が所有する端末をインターネット上にあるチャットルームに繋(つな)いで同時に会話ができる。遠く離れた家族や友人とのコミュニケーションに利用されている。また、自分で作成した定型文を利用できるので、よく使用する文言は登録できる。さらに、各端末に会話の履歴が残るため、後で会話内容をまとめて振り返ることができる。

2.近距離チャット

インターネットを介さずに、近くにいる人同士のためのチャット機能が搭載されている。たとえば、教育現場での利用も期待できる。学校の教室で1人の先生がチャットルームを開設すると、周囲の生徒はそのチャットルームに接続することで、先生の画面を大型モニターに映すなどして教室の全員で手話や筆談の必要なく会話ができるようになる。

4 現状と課題

こえとらアプリは、日本語版のほか、英語版の「KoeTra」が配信されている。利用者は増え続け、2017年12月末の時点で約5.4万回がダウンロードされ、聴覚障害者とその家族などで広く活用されていると推察する。

展示会や講演会では、実際の利用における声として、仕事や街中のさまざまな場所での活用や、その普及と使い慣れるための機会の提供が期待されている。現状では、その活用の範囲が広がることによる専門分野特有の単語に対して、期待どおりに認識できない場合がある。そのため、コミュニケーションで幅広く利用できるように音声認識の継続した精度向上が期待される。

また、高齢化社会に伴い、高齢により声が聞き取り難くなった家族との利用を想定した問い合わせが増えている。一方で、今まで携帯電話やスマートフォンを使用したことがないといった相談もいただいている。高齢者には、聴覚障害者とは別に、小さい文字が見えにくいことや、スマートフォンへの不慣れ等の理由により利用が難しい場合もある。聴覚障害者への支援のほか、広く利用できるサービスの展開が課題である。

5 これからの可能性

こえとらアプリと同様、聴覚障害者とのコミュニケーション支援を目的にして、窓口業務に特化した「SpeechCanvas4)」が配信されている。話している言葉を逐次に認識していく音声認識機能や、先天性難聴者の中には漢字を読めない人がいることに配慮して、ふりがなを振る機能が搭載されている。こえとらアプリには、前記2点など利便性を高める機能について改善の余地があり、現状の使用感を維持しつつ組み込む方法を検討することとしている。

6 まとめ

本稿では、聴覚障害者等が困難を抱えていた健聴者とのコミュニケーションを、手話や筆談を用いることなく実現できるように開発された聴覚障害者支援アプリ「こえとら」について紹介した。今後も利用者の意見を反映した開発を進め、広く活用していただきたいと考えている。

最後に、「こえとら」は、2018年1月末現在、電気通信分野における障害者支援を目的として、総務省の協力、及び通信事業者の協賛により、サービスのサーバー運用保守が行われている。利用者は利用料が無料で利用できるため、多くの方の利用を期待している。

○受賞

・第15回産学官連携功労者表彰総務大臣賞受賞、聴覚障害者等支援アプリ「こえとら」の開発と展開に係る産学官連携、2017

・おもちゃ大賞2014共遊玩具部門大賞受賞、こえとらアプリ連携玩具―TAKARA TOMY社 Hello!Zoomer―、2014


【参考文献】

1)株式会社フィート、こえとらアプリサポートページ:http://www.koetra.jp/2018年1月19日

2)内閣官房内閣公報室『熊本地震被災者応援ブック』P.65-66、2016年4月

3)山中ともえ監修『知ろう!学ぼう!障害のこと(4) 聴覚障害のある友だち』金の星社、2017年3月

4)株式会社フィート、SpeechCanvasアプリサポートページ:http://www.speechcanvas.jp/2018年1月19日