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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2018年2月号

列島縦断ネットワーキング【大阪】

発信しよう当事者の思い
~パンジーメディアの挑戦

林淑美

「きぼうのつばさ」って何?

知的障害をもつ人が自分たちの思いを発信するインターネット放送番組「きぼうのつばさ」をご存知ですか?「パンジーメディア」が1か月に1回発信し、この2月で18回目になります。

放送時間はおよそ50分。知的障害をもつ人が自分の歴史を語る「わたしの歴史」、グループホームでの暮らしや、地域でのさまざまな活動など、一人ひとりの暮らしを追った「地域でくらそう」。料理を作るのも食べに来る人も知的障害をもつ人たち。みんなの楽しい雰囲気に思わず引き込まれてしまう「パンジーキッチン」。その時々のニュースなどを知的障害者の視点で考える「パンジーの眼」。これらの4つの企画が2人のキャスターによって展開されます。

番組づくりの主役は知的障害をもつ人

パンジーメディアで一番大切にしていることは、知的障害をもつ人の視点です。2人のプロデューサーは知的障害者です。番組の内容が知的障害をもつ人たちの立場に立っているか、わかりやすい内容になっているかなどをチェックします。また、3人の知的障害者が撮影や音声を担当しています。キャスターをはじめ出演者も、ほとんどが知的障害をもつ人です。これまで出演者は50人を超えました。

なぜ、始めたの?

パンジーメディアの母体である社会福祉法人創思苑は、知的障害をもつ人たちがどんなに障害が重くても地域で普通に暮らすことを目指し、その支援のための事業を運営しています。そして、「知的障害をもっている人の思いを社会の人たちに知ってもらうにはどうしたらいいのだろう」が、開設以来のテーマです。

1995年、アメリカで広まっていたピープルファーストのカリフォルニア大会に参加した時、知的障害をもつ人が講演をしているのを目の当たりにして衝撃を受けました。これまで想像もできませんでした。帰国後、職員への講演の依頼を、知的障害をもつ人たちの講演に変えました。

2001年には、スウェーデンのグルンデン協会に視察に行きました。そこは知的障害をもつ人が理事長を務め、ラジオを通して情報発信をしていました。それ以来、いつかは自分たちも発信したいと思い続けてきました。

それから15年が過ぎた頃、一人の映像ディレクターとの出会いがありました。彼はNHKなどで多くの番組を手がけていました。その時から、長い間思い続けていた夢が動き始めました。

パンジーメディアを立ち上げ、ネット放送「きぼうのつばさ」の制作が始まったのです。

番組制作は発見の連続

2016年2月から準備が始まりました。第1回の放送は9月。これまでの2年間は、まるで地図のない道を歩いているようでした。

知的障害をもつ人も職員も映像に関しては全くの素人。初めての経験に誰もが慌てふためいたり失敗したりの連続で、何度も撮り直してやっとOKになることもありました。職員の中には、落ち込み挫折する人もいました。

ところが、メディアに参加した当事者は、いつも元気でした。カメラの操作が思うようにできなかったり、セリフが言えなかったりしても、何度もチャレンジして決して止めるとは言いませんでした。自分が必要とされ、自分がいないと番組ができなくなる。そして、みんなで協力して作ることの楽しさを感じたのでしょうか。回を追うたびに、当事者は積極的になっていきました。仲間や職員、家族が自分を認めてくれていることを実感したのだと思います。番組に関わった当事者が、これほどまでに元気になるとは、想像していませんでした。

また、「わたしの歴史」を話すことが、大きな意味があることに気づきました。最初の頃、「わたしの歴史」に出演したい人は、そっと「出たい」と伝えに来ていました。Aさんもその一人です。そして、職員と一緒に始めた原稿づくり。Aさんは戸惑いながら過去の苦しかったこと、どうしていいかわからなかったことなど、これまで自分の中に閉じ込めていた思いを語ってくれました。台本が完成し、初めてカメラの前で自分の人生を語った後の晴れ晴れとした笑顔が印象的でした。

ところが完成試写会の日、Aさんは席に座ったものの顔をあげません。試写が終わり、大きな拍手がおき、仲間から「大変だったなぁ」と声をかけられた時、顔をあげたAさんに笑顔がありました。

その後、歴史を話したい希望者が増え、みんなが積極的になっています。そして、驚くことは、聞いている人も「私も同じだ。一人ではなかったんだ」と気がつき、元気になっていることです。

映像の力・さまざまな反響

パンジーメディアには、視聴者からさまざまな感想が寄せられました。

・一人ひとりが苦労して喜んで生きて、そんな姿に涙が出そうでした。こんなふうに障害をもった方のことを知るのは初めてです。

・社会の中で自分の居場所があること、自分らしく輝ける場所があることは、大切なことだと改めて思いました。

・当たり前に地域で暮らす。自分の息子はどうだろうかと自問自答の毎日です。放送は私の背中を押してくれました。

・今回の特集「ねがいはひとつ あいされたい」は驚きました。当事者の皆さんの心の内を丁寧になぞり、一人ひとりがこころを開いていく様子が自然に受け止められました。自分を受け入れる人生を始めることの大切さを改めて感じました。

パンジーメディアのこれから

私たちは「もっと知的障害をもっている人のことを知ってほしい。そして、誰もが住みやすい社会になってほしい」と強く願っています。そのために、パンジーメディアの活動を全国に広めたいと思っています。その第一歩として、北海道や静岡の知的障害をもつ人が「わたしの歴史」に出演し、記者として活動を始めました。いつか、パンジーメディアの支局が全国に展開できる日を目指しています

(はやしよしみ クリエイティブハウス「パンジー3」)