運動機能障害に関する将来の展望

運動機能障害に関する将来の展望

The Promise of the Future in Relation to the Crippling of Man

Richard L. Masland, M. D.

筆者について…

 Dr. Maslandは、コロンビア大学内科・外科学部神経科教授であり、Presbyterian病院の神経科長をつとめている。メリーランド州ベセスダのNational Institute for Neurological Diseases and Strokeの前所長でもある。Easter Seal Research Foundationの一員であり、American Epilepsy Societyの会長をつとめたこともある。さらに1956~1959年には、American Academy of Neurologyの理事をつとめた。
 この小論は、オハイオ州コロンバスで1969年11月20日に開かれた全国肢体不自由児・イースターシール協会の50周年記念総会の席上で発表されたものである。

 過去の失敗に学ばないものは同じ失敗をくり返し、過去の成功を見のがす者は、それ以上の成功をおさめられない。であるから未来を考えるためには、まず過去を振り返ることが必要である。未来は過去の業績を見きわめたうえで正しく予測されるであろう。

 このことを心に留めて、私が医学校を卒業してから今日までの、35年間の医学の発展を簡単に振り返ってまとめてみた。図1および図2に示したとおり、平均寿命は10年延びた。また死亡率も減少し、妊婦と新生児の死亡率は以前の10分の1にまで減少した。

図1 1930~1965年の合衆国における死亡率と平均寿命。1940~1965年の合衆国およびプエルト・リコにおける死亡率。妊産婦死亡率と乳児(1~11か月)死亡率。

図11930~1965年の合衆国における死亡率と平均寿命。1940~1965年の合衆国およびプエルト・リコにおける死亡率。妊婦死亡率と乳児(1~11か月)死亡率。 

図2 病因別死亡率の変化(1945年:100)
1945年~1965年の合衆国における病因別死亡率の変化。

図2 病因別死亡率の変化(1945年:100)

 どのようにしてこのすばらしい結果が得られるようになったのであろうか。病因別死亡率の変化を調べた調査はおもしろいパターンを示している。感染性の病気はほとんどなくなっており、結核と梅毒は急減している。パラチフス、ジフテリア、麻疹は今や珍しい病気である。ポリオはわが国ではほとんどみられない。1964年から65年にかけて流行した恐ろしい風疹の流行はもう再び起こることはないだろう。しかし、ガン、循環器障害、多発性硬化症、パーキンソン氏病などによる死亡率は変わっていない(パーキンソン氏病の新しく発見された治療はこの曲線図を大きく変えるだろう)。現在のところ、死因の72%以上が、ガンあるいは循環器障害である。3番目の死因である事故は、わずか6%をしめるにすぎない。

 これらの曲線図は、治療法のある病気はほとんどなおるという事実をよく示している。病因が究明されたこと、治療法が発見されたことが、病気のパターンにみられる変化を起こしたのである。

 このような進歩を考えてみれば、研究経費などは僅少なものである。全経費は現在のところ、年20億ドルほどであるが、これとて保健関係予算全体の4%にすぎないし、環境美化援助費より少ない(図3および4)。経費の大部分は連邦政府から出ている(図5)。しかし企業、個人、ボランティア機関も多大な寄付をしている。病気や障害の治療に忙しい全国肢体不自由児・者イースターシール協会やその付属機関は、研究調査にも大きな貢献をしてきた(図6)。

図3 1968年度の合衆国における保健費

図3 1968年度の合衆国における保健費(National Advisory Commission on Health Facilities,Government Printing Office,Document,1968,0-327-238から)

1968年度の保健関係費(単位十億ドル)
  ベッド・ケア    23.3
  専門医による医療  15.3
  薬その他      12.7
  研究調査       1.8
    計        53.1

図4 1968年度の合衆国における医療研究費、ほかの諸経費と比較した場合

図4 1968年度の合衆国における医療研究費、ほかの諸経費と比較した場合

 

図5 健康に関する研究および研究養成のための経費 National Institute of Neurological Diseases and Blindness,1954~1968。

NINDS賞および助成金

図5 健康に関する研究および研究養成のための経費 National Institute of Neurological Diseases and Blindness,1954~1968

Research & Training Manpower Section.PA,OD,NINDSの編集による

 

図6 全国肢体不自由児・者イースターシール協会およびイースターシール研究財団の事業・調査研究経費

図6 全国肢体不自由児・イースターシール協会およびイースターシール研究財団の事業・調査研究経費


    1964年
1.1% 研究財団  .265
4.8% 協会本部  1.126
100% 総  計 23.732 

 

 

    1968年
0.7% 研究財団  .228
5.3% 協会本部  1.832
100% 総  計 34.975

 

 研究の成果はすでに種々の記録によって証明されている。全国小児マヒ財団は、5千万ドルを研究調査に費やし、効力のすぐれたワクチンを発見した。このうち5百万ドルがワクチンのために使われた。同じ期間に、財団は患者のために3億5千万ドルを使ったが、この5千万ドルのおかげで、もう再び3億5千万ドルもの金を使う必要はないだろう。ワクチンが使われ始めた1955年には、28,985人もの小児マヒ患者が報告された。このうち13,813人にマヒ症状が残り、1,043人が死亡した。ところが今年は小児マヒのケースはわずか100例足らずである。

 1964~65年にかけて、合衆国では風疹の流行によって2万人の赤ん坊が聾、盲、精薄、マヒなどの先天性障害をもって生まれたと推定される。その赤ん坊が50年生きるとして、このような障害者が生活していけるように援助するのに、年間2千ドルかかると仮定すれば、50×2,000=10万ドルもの金が、子供一人当たりに必要となる。2万人の赤ん坊全部のためには20億ドルにもなる。

 1964年の流行以来、ワクチンの研究がすすめられ、昨秋は広く配布された。風疹の次期流行は食い止められるであろう。ワクチンの研究のためには2千万ドル足らずかかっただけである。これによって次期の流行を防ぎ、10億ドルの金を節約できるだけでなく、ワクチンを続けるかぎりその後の流行は防ぐことができる。

 金銭のことを中心に話をすすめてきたが、障害に伴う患者や家族の心労と苦しみを忘れてはならない。その意味でも防止は治療よりもずっと価値がある。

 

 しかしながらまだ第一歩が踏み出されたばかりである。新しく重大な発見がなされようとしており、将来の見通しは明るい。その中から特に重要なものを紹介してみよう。

1.免疫

 身体には異物、特にバクテリアや他の感染物体を拒否したり破壊したりする精密な機能が備わっている。この機能は驚くほど正確である。身体は自分の蛋白質と外部からのものとを区別しなければならない。この免疫機能が、異物と同じ性質を示す腫瘍の成長を妨げるのである。しかしこの機能が失敗するとガンが形成されてしまう。「自働免疫」と呼ばれる症状は、このように免疫機能が異常に敏感になり、自らの個体の組織を侵してしまう例である。リウマチ性関節炎、皮膚筋炎、多発性硬化症、腎炎などがそれである。免疫機能の正常な働きは、組織移殖の最大の障害である。免疫過程を抑制する方法の研究がすすめられている。

2.潜在性ビールス

 自働免疫障害の中には、一般の感染体とは異なる感染体によって引き起こされるものがあると考えられる。異常組織が作られ、身体はそれを拒否しようとする。新しい培養法により恐ろしい症状を示し、神経系を侵す数種の潜在性ビールスが最近発見された。このような潜在性で感染誘発力をもつものを追って研究がすすめられている。

3.代謝障害

 身体内の化学作用が先天的に異常であることからある種の精薄が起こるが、食事療法により治癒可能とわかったことは大きな希望を与えた。加えて、この種の障害には蒙古症のように染色体に異常が認められるものもある。治療の効果をあげるためには、出生時には異常が発見されていなければならない。呼吸気や胎盤液の検査によって出生前に診断可能な場合もある。これからは、身体組織や体液の体系だった分析研究がすすめられ、個々人の化学的特徴が出生時には明らかにされ、障害の起こる可能性が認められれば、乳児気からの予防もできるようになろう。

4.心臓血管障害

 死因の71%以上を占めるのが、心臓障害および卒中である。卒中は運動機能障害を残しやすい。これに関するわれわれの目標は、血管の狭窄を起こす化学的、構造的変化の特徴を明らかにすることである。食事や化学的方法によって狭窄を未然に防ぐことも可能かも知れない。一方では、外科手術の技術もすすみ、悪くなった血管の回復も可能になっている。脳の血液循環を調べる無痛で安全な方法も開発され、卒中の危険は前もって予測できるようになっている。

5.運動機能障害の回復

 予防医学が発展する一方で、身体障害者のためのプログラムは相変わらず続けられてゆくであろう。現在、合衆国には10万人のマヒ患者がいると推定される―大部分は自動車事故による脊髄損傷である。

 もちろんわれわれの最大の関心は、マヒを最小に食い止め神経の回復を促すことである。そのために応急処置とリハビリテーションの研究、治療をする下半身マヒ者センターを設置しようという動きがある。ここでは障害を少しでも軽減させるための努力がなされる。しかし脳・脊髄の神経伝導路の回復を促す方法を見つけ出すために研究を続けることも同様にたいせつである。再生は胚芽や冷血動物に起こっている。この再生成長の要因については研究が始められたばかりである。

 第2次大戦以来、有益で満足できる生活をおくれるよう、下半身マヒ患者に大きな援助が与えられるようになった。この努力は今も続けられている。マヒした手足に代わるべく科学的に設計された義肢をつくる計画には、イースターシール研究財団も大きな援助を与えてきた。電動義肢がほとんど完成しており、今また財団は筋肉や神経から出されるシグナルを使って電動義肢を制御する画期的な方法の開発を援助している。

 実は、National Institute of Healthでも、神経による身体運動制御に関する全く新しい考え方の実験をすすめている。脳や神経はどの程度義肢を制御できるであろうか? 感覚器を通さずにどのくらいの情報が脳に伝えられるであろうか? 目や耳の代わりになるものがあるだろうか? このような装具のために実際的な提言が求められている。

 身体障害者の機能回復や予防に希望を与えそうなプログラムの中からいくつかを紹介してみよう。過去の業績から判断しても、いま簡単に述べたようなことがらはじゅうぶんに実現可能である。しかし、これは現在の調査研究がこのまま続けられさらに発展していくと仮定したうえでの話である。ところが実情では、連邦政府の研究は縮少されつつある(図7)。予算の制約や国内、国外の諸問題のため現在行なわれている調査研究や研究者の育成が制限されようとしている。また一方では、早急の処置を求めて「研究よりも治療を」という声も大きい。

図7 1966~1970年に医療研究および研究養成のためにNational Institute of Healthに配分された予算。点線は、研究用諸経費の値上がりを年8%と仮定した場合の研究助成の傾向を示す。

図7 1966~1970年に医療研究および研究養成のためにNational Institute of Healthに配分された予算。

 研究全般が最近は大きく制限されてきた。特に将来の研究陣の力の源となるNational Institute of Healthの研究養成プログラムが制限されたことは大きな打撃である。この点で将来のマイナスは大きいと心配される。多大の業績を成し世界の憧れの的であったわが国の医学研究陣がズタズタになってしまうとは信じがたいが、事実である。合衆国政府や国民が、確固たる信念を持たなければ、医学研究要員を充実させ、研究組織を固め、前述のような目標を達成することはできない。

 これらプログラムの将来は議会でいつでもおびやかされている。National Institute of Healthの必要性を大統領や議員に訴えようではないか。

 ニクソン大統領も、協力してゆくこと、個人がより積極的な役割をとることの重要性を訴えている。患者の治療だけでもたいへんではあろうが、民間団体は調査研究に今までより大きな役割を果たすよう努め、将来を築いてゆきたい。

(門奈 逸代訳)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1971年1月(第1号)15頁~19頁

menu