インドにおける身体障害児のための簡単な器具

インドにおける身体障害児のための簡単な器具

Simple Aids for Handicapped Children in India

Mrs. Kamala V. Nimbkar, B. A., FTC, OTR.

新井由紀*

 リハビリテーション、特に作業療法の分野における文化的背景の相違については、長年にわたりいろいろと話し合いがなされてきた。しかしながら、インド、そしてアジアにおいても最初の作業療法士養成学校であるボンベイ所在のThe King Edward Memorial Hospitalでは、1949年から1958年にかけての創立以来8年の間に見られた文化的、宗教的な偏見はほとんど問題にならないほどのものであった。たとえば、ヒンズー教徒にとっての皮革を使っての作業、回教徒の豚の縫いぐるみ人形などのように、「禁制」とされているようなことにこだわる患者はまれであった。それで病院では、患者が医師の指示通りの身体的、心理的治療を受けているかぎり、どのような作業をするかについては、患者自身の決断にまかせるようにした。

 1969年に、スウェーデンのICTA Information Centerから、身体障害児(盲および聴力障害を除く)のための技術的援助に関する質問状が送られてきた。

 この質問状に答えるため、身体障害児やその家族らの文化、風土、宗教、経済問題に対する援助について特別に研究をする機会が設けられることになり、インドの各方面の作業療法士を集め、ボンベイにおいて会議が開催されることになった。ヒンズー教、回教、キリスト教の三つのお互いに異なり、かつ国民の大部分を代表し、東西南北、大都市、地方の地域的習慣にも通じている背景をもつ作業療法士が集まり、ICTAの質問状にある身体障害児のための技術的援助に関する項目について議論を交わした。各作業療法士の参加を許可された州政府、施設の長にあたられるかたがたに敬意と感謝の意を表するものである。

 この会議で交わされた議論とインドの過去を40年にわたってふり返ってみた結果、日常生活の中で身体障害児のために用いられているいろいろな援助の方法が次のようにまとめられた。

■入浴

 インドにおいて毎日の入浴は、宗教的規律(北から移動してきたヒンズー教徒らは川の流域に定着し、川のもつ生命を与える偉大な力のゆえに「神聖なる」「神の」と呼んでいた。例:母なるガンジス河)、気候風土、水源と深い関係があるために、たいへん重要な意味をもっている。浴槽や洗面器の水につかる入浴法に対し、大部分のインド人は水を浴びることによってのみ肉体が清められるという強い信念をもっている。したがって最も広く行われている入浴法は「バケツ風呂」といい、初めに身体に水をかけ、次に石けんを使い、それからまた石けんを流すために水を浴びるという方法である。

 経済的に余裕があり、適当な水源がある者はシャワーを使ったり、大きな町や都市に住む者は水道の蛇口に小さなホースをとりつけて散水装置をつけたり、あるいは水道から直接使ったりする。水は気候、季節、火の有無、燃料の値段などに従って沸かすこともあるし、バケツに入れた水を日なたに出してあたためるようなこともある。

 水を入れる容器にはいろいろなタイプのものがあるが、亜鉛びきのバケツ、最近は多くプラスチック製のものが使われている。「ロータ」という真ちゅうの器、あるいはもっと新しいものとしては、アルミニウムやプラスチックの器にバケツのふちにかけるための手のついたものがひしゃくの役目に使われている。プラスチック製の道具は、辺地の村でもいろいろな種類のものがとりそろっている。

 いわゆる「浴室」または水浴びをする場所は、近代的に四角く区切った部屋にスロープがついていて、角に置いてある容器に排水された水が溜まるようになっているものから、「ムーリー」と呼ばれて台所の隅に石やセメントを敷いて、一方を8インチ、もう一方を3.5フィートぐらいの壁で囲んだものまで、いろいろある。入浴するときは床にすわったり、2インチ×3インチの長方形で4インチぐらいの高さの腰掛けを使う。石けんはプラスチックの皿のほか、手ごろな容器に入れられている。古い家の中には、特に地方で見られるが、外に向けた排水設備と、入浴中腰かけられるように四角い石やセメントブロックが備えられた別棟の浴室が建てられているところもある。

 身体障害者も含めて、おとなにとってこの入浴法には特に何もむずかしいことはないが、乳児や幼児となると状況は変わってくる。昔からの方法として、母親または子供を入浴させる人は、両足のかかとを反対側に置いた台にのせて、石の上や木の腰掛けにすわる。そして子供(1才まで)はその伸ばした両足の溝の間に安全なように横たえられる。インドの婦人は概して身体がたいへん柔軟で、両足のすき間から水を流し落しながら、簡単に身体を曲げ、子供の頭からつま先まで水と石けんを使ってきれいに洗ってしまう。

 この入浴法は、身体障害児にとってもだいたい1才ぐらいになるまでは完全に安全であるし、気持ちのよいものである。子供を洗い終わると、母親は子供の身体をふき、今度は自分の入浴、着替えを済ませるまで揺りかごに入れるか、マットの上に寝かせておく。インドの大部分の土地の平均的な気候の下では、モンスーンの時期を除いては流した水はすぐに排水され乾いてしまう。アイロンはかけないが、毎日きれいに洗濯した衣類に着替えるのがたいせつな習慣である。母親は自分の入浴がすんだのち、自分と子供の衣類を洗濯して干す。モンスーンの時期には屋根の下にさげたさおを使い、竹の棒を使ってさおに通した衣類を広げる。特筆すべきことは、入浴のときに身体を洗うためのタオル、スポンジ、ミットなどはだれも使わないということである。そういうものは「不潔」な習慣だとされており、その代わりにするマッサージのほうが皮膚のためにはよい。

 年長の身体障害児で、母親のひざの上で横たわって入浴するには大きすぎるようになると、母親は両足の間に子供をはさんで低い台の上にしゃがみ、子供はその母親の足にささえられて、その台の上にすわる。子供がひとりですわれる場合には、壁に沿ってまたは浴室の角に置かれた腰掛けの上にしゃがむか、腰掛ける。日光が健康のためによいとされているので、可能なかぎり屋外で水を使う。

 このように、インドにおける入浴に関する概念と実際に行われていることを考えてみると、浴槽、マット、手すり、バスカーラーなど買い求めるお金があったとしても、これを勧める必要はないようである。けいれんがあって取り扱いのむずかしい子供については、作業療法士は子供を木の腰掛けにすわらせ、背後にもうひとつきれのひもを通すすき間のある腰掛けを置いて、子供の身体をゆわいて固定させ入浴させる。この方法は食事のほか、いろいろの場合に活用されている。

■トイレ

 どこの地域においても、排便したあとは肛門を水で洗うべきであり、トイレットペーパーだけでは清潔な方法とはされていない。右手に取っ手のついた容器や「ロータ」と呼ばれる器に水を入れて持ち、左手に注いで洗う。そしてその左手はあとで石けんで、石けんのない場合は土や砂を使ってきれいに洗う。このため、また右手を使って食事をする習慣があるために、爪は両手ともいつも短く切っている。

 普通の子供は5~6才までに徐々に自分で洗ったり、あるいはもっと小さいうちでも、だれかに水を注いでもらって自分で洗うことを習い始める。特別にささえとなるものの上に小布を置いてふくなどはあまり感心されないし、きれいになるとは考えられないことである。

 地方の村では、一般に人々は排便の用を足すのに男性用、女性用と決められている野原を使う。この野原の場所はときおり移動し、その後は耕作に使われる。小さな町では、下水道の完備する以前の都市のように、昔から、町によっては現在でも、下肥を取り除く「バンジー」あるいは清掃人の制度がある。けれども、最近はこの汚物を容器に入れ頭に乗せて運ぶ方法を廃止し、特別の荷馬車を使う方法に改めようとする動きが盛んである。腐敗タンク(バクテリアを利用して下水を無害にする)や下水道がどんどん紹介されているが、インドのような広さをもつ国では、進歩はどうしても遅れがちである。

 このトイレットの問題についての話し合いから身体障害児の用便の世話をする三つの方法が明らかになった。

 どのような形でも排水(下水道)の設備があれば普通は母親だが、だれかが子供を座式(しゃがむ姿勢の)の便器の上にかかえる(子供たちはみな便器の中へ落ちるような恐怖を感じるらしく野原や道端に行きたがる)。子供はささえられて二つのブリックの上にまたがる方法もあり、排泄物を除きやすいよう足の間に新聞紙を広げておく。それからまた下に容器のついているいすの形式のものがだんだん広く使われてきている。床式のものをとり入れる傾向は全くないようである。地方の村の人々はふだん土や石を運ぶのに使う鉄製の器に木を燃した灰を入れて、マヒ患者のベットパン(寝台用便器)として使うということを聞いたことがある。

 一般に近代的な家庭においても、移動式便器の普及の傾向はあまり見られず、むしろ筋力の訓練、望ましい程度の圧力をかけて健康によいとして座式の便器の使用に戻っていくようである。

■衣服

 インドでは、昼間の衣服とは別に夜着または寝巻きをもっていて、夜寝るときに着替えるということは一般の習慣にはなっていない。子供たちは、パーティーや儀式のために盛装でもしていないかぎり、昼間の衣服のまま寝床につく。盛装の場合も普段着に着替えるだけである。おとな、特に洋服を着て仕事をしてきた男の人たちは、家に帰るとすぐにもっと軽い楽なものに取り替える。たとえば、ゆったりとしたズボンと薄手の長いシャツ(このような衣服は地方によって異なる)。そして夜はそのままの服装で寝るのだが、もちろん、その日着たものは翌日にはみな洗濯する。

 インドの人々がこのような衣服の習慣を守っているのには、おもに二つの理由があるようである。下着や上に着ている衣類を毎日洗濯するため、二番目にはほとんどの人々が限られた数の衣類しかもっていないということのためである。

 上流、中流の家庭の子供たち、男子は徐々に西洋式の寝巻きを着用するようになってきているようだが、女子は依然として木綿のサリーのほか、インドの種々の衣装のままで寝る。つまりインドの人々は、いつでも服を着ているわけであるが、これは大家族で、家が狭く、あまりプライバシーのない共同生活をしている人々に好都合である。人々は子供は別として、入浴のあとなど、ぬれた衣類から乾いた衣類へ裸にならずに素早く着替える技を身につけている。

 一般に熱い地方では、下着は最小限度のものを着るだけで、北部の地方でのみ男の子供がシャツとパンツあるいは袖なしの下着以上のものを着ている。小さな女の子は貧しい家庭の子供でも、下ばきとドレス(フロック)を着ている。南部では、女の子はペティコートに似た長いスカートにブラウス、あるいは母親のように、ゆるいズボンの上にシャツを出して着る格好をしている。

 インドの身体障害児たちも、どこの子供たちとも同様に、ほかの人と違って見られるのをいやがる。しかしながら、インドと西洋の子供たちの態度にひとつ大きな違いがあるようである。西洋では、子供は早くおとなになるよう、強い男の子になるよう、自分のことは自分でするようしつけられ、そして自分で率先してそのように努力することをほめるものである。このことはインドでは全く反対で、年配の人たちと別に住んでいる比較的西洋化された若い人々の家庭でも、子供たちは食事のとき自分でさじを運ぶようしつけられ、また実際にそうするようになってきたのはつい最近のことである。

 私は実際に5才、6才の男の子たちが食卓でじっとすわっていて、母親、召使い、あるいは親戚のものが食べさせているのを見たことがある。成人の男子に、何才になるまでそのように食べさせてもらったか尋ねてみると、多分質問に答えるのを避けようとするが、しまいには少なくても6才ぐらいまでそうであったことを認める。入浴や衣服のことについても同じことがいえる。

 このことは、身体障害児たちができるだけ自立のできる正常な子供になるよう世話をする場合に、心にとめておかなくてはならないことである。もちろん、世界じゅう、愛情深い親が子供になんでもしてあげてしまう例はよく見られるが、インドにおいては、家族、召使いまでもがいっしょになって世話を焼くというのが、普通どこでも行なわれていることなのである。

■食器類

 身体障害児もほかの健康な兄弟たちといっしょに、かなり長い期間食事のときに食べさせてもらっていても、いつか自分で食べなくてはならない時期がやってくる。ナイフとフォークは一般的には用いられていない。多くの人々は、右手だけを使うのだが、手で食べるほうがはるかに清潔だと考えているし、料理用具を使うと食べ物の味が変わってしまうという。食べる物はみな小口に切ってあるか(肉、魚)、柔い流動、半流動のものなのでナイフを使う必要もないのである。

 インドのパン(パン種を入れない)のほとんどは、油で揚げてあるか、いくぶん中底の鉄板の上で焼いてあり、片方の手の指だけで小さくちぎれるぐらいに柔い。けれども、スプーンが、だんだんに使われるようになってきて、貧しい家庭の食卓にもよく見かけられる。それで作業療法士は子供の障害に従って工夫の施されたスプーンに取り組んでいるが、これはどこの家庭でも受け入れられているようである。

 飲む場合に関しては、乳児や小さな子供に薬や水、ミルクなどを飲ませるのに昔から使われているいろいろなカップがあるが、これらは重症の脳性マヒの子供のためにも役にたつ。プラスチック製のカップ、マッグ(柄のついた大き目の茶わん)、そしてグラスなどは国じゅうどこでも見られる。水やミルクを自分で飲むことは自分で物を食べることよりも早い時期から教え込まれる。何年か前に、ある西洋人の母親が子供に向かって、「インド人のようにグラスの中に指を突っ込んではいけない」と言い聞かせているのを聞いたことがある。もちろん、そのような母親の態度は好ましくないと思うが、インド人独特のグラスの持ち方というのを研究してみて、次のような工夫のあることに気がついた。グラスの中の液体が、差し込まれた人差し指の先端の届くところより少ない場合、子供は人差し指を口をつけるのと反対の位置につけて、親指と他の3本の指を外側に回してささえれば、簡単にそのグラスを持ち上げることができる。

■移動と輸送

 貧困というのは相対的な言葉で、単に複雑化した、またあえて言うなら、「混乱」した生活という観点に立ってのみ語られるべきではないと思う。

 インド人の簡素な生活、床、マット、マットレス、簡易寝台または低い腰掛けのようなものだけで、テーブルやいすのない生活には、いろいろな利点がある。若い世代の人々は新しい家に、インドと西洋の生活様式を折衷して採り入れているが、これは身体の関節の可動範囲(Range of Motion)を広げ、筋力を強化するもので、西洋文化が導入されて久しいあとにも、インド人の好ましい姿勢を保つのに役立っている。この分野についてはもっと多くの研究、観察の必要がある。

 インドの人の子供に対する愛情は深く、幾台かの寝台、わずかの台所用品、それに2台ぐらいのスチールのトランクが置いてある程度の家の中にも、子供用の木で作られた、あるいはもっと手のこんだ歩行器が見られる。三輪車もあちこちの村で見受けられるが、親たちが治療の手段として三輪車を使うよう指導されたときは、子供たちの障害が進行するのではないかと悩んだものである。

 インドでは車イスがたいへん不足しているが、近代的なものは手が出せないほどに高価であるうえに、一般には地方の農家などの生活や家の様式に合わない。西洋式の小さな手押し車はよくあるが、これが子供を、だいたい大きくなった後も、運ぶのに最も広く使われているようである。

■おもちゃと遊び道具

 インドでは、普通の子供はみな自分の身の回りに見つけたもの、色のついた石、ガラス、棒切れ、土、市場で買ってきた安作りの木のおもちゃなどで遊ぶ。豪華に着飾った人形や小さな自動車のようなおもちゃは、たいていガラスのケースか木箱の中に、遊び用としてよりも飾り用としてしまわれている。40年前ぐらいまでは、このおもちゃの「誤用」を見たら、嘆かわしいことと思ったことだろうが、このようなおもちゃは往々にして遊び用としては特に好ましいとは限らないのである。人形の服はみな縫いつけてあり、着たり脱がせたりできないし、自動車は荷物の積み下ろしができず、本当の遊びができない。最近この様子がだいぶ変わって、バザーなどでは都市とは限らず小さな町でも、いろいろなおもちゃや感覚訓練のための遊び道具などがきれいな色どりで、長持ちはしないかもしれないが、簡単に買い替えられるような安いものなど、およそなんでもそろっている。

■結論

 インドの身体障害児が必要としている西洋式の技術援助というのは、非常にわずかなものである。インドの生活様式、伝統的な衣服、入浴法、トイレの使い方、食べ物、そして食器などは大半の身体障害児の必要にかなっているようである。入手が可能であるということに加えて、必要と思われるものは、インドの土地の気候、経済、地域的な設備、そしてなかんずく、家の中の子供たちに適合するものでなくてはならない。それぞれの身体障害児たちは成長するにつれて自分に必要なものを見い出していくよう指導、援助を受けていく。西洋の複雑に進んだ技術援助は、それらのものを買い求め、実際に使うことのできる、都市に住む豊かな人々だけのもののようである。

(International Rehabilitation Review, 2nd Quarter, 1971より)

*日本障害者リハビリテーション協会嘱託


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1972年1月(第5号)24頁~28頁

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