障害児のためのよりよき歯の治療

障害児のためのよりよき歯の治療

Better Dental Care Needed for Handicapped Children

「オ-ストラリア歯科医師会の報告」から

山下皓三訳*

 ここ数年、地域社会における精神遅滞児や身体障害児の歯の治療にかかわる多くの問題が、一般に歯科医の間で関心を待たれるようになった。

 このように、多くの歯科医が、障害児の問題に対処しようと努力している個々の団体に対して─しばしば困難な状況のもとで─、道徳上の義務として歯科的サ-ビスを準備しようとしたことは、ひとえにかれらの信望を高めはした。しかしこのような努力が、本来(広い意味において)ゆゆしい社会的、歯科的、医学的問題のほんの表面にしか手をつけたにすぎなかった(あるいは手をつけているにすぎない)ということを知ったのも、かれらが最初であろう。

 歯科医のこのような関心の高まりが具体的の示されたのは、1971年2月15日に行なわれた Australian Dental Association のニュ-・サウス・ウェ-ルズ州支部での会議であり、その際、「Australian Dental Association (ニュ-・サウス・ウェ-ルズ州)の委員会は─将来の治療活動を目的として─ニュ-・サウス・ウェ-ルズ州における精神遅滞児や身体障害児のための歯科関係機関の状況に関して調査、報告し、公立や私立の施設に収容されているすべての障害児、それにいまだ在宅している就学前年齢層から、卒業している年齢層の子どもたちにおける歯科的ニ-ドに関して、研究することを定める」
との決議がなされた。

 新たに設けられた委員会は、1971年3月3日に最初の会議をひらいたが、この委員会が効果的な役目を果たすためには、可能なかぎり背景的資料が必要であった。

 そこでこの問題に、二つの側面から取り組むことが決定された。第一は、ニュ-・サウス・ウェ-ルズ州における精神遅滞児と身体障害児の治療と援助に実際にかかわりのある専門家と接触すること、そしてこれと同時に、可能ならば Australian Dental Association のニュ-・サウス・ウェ-ルズ州支部の各メンバ-から、かれらの意見や批判、経験を得ること、である。

 まず、2種類のアンケ-トが作成されたが、一つは多くの民間団体に送付されるもので、他は、協会州支部の各メンバ-に送付される月刊 Newsletter に同封されるものであった。

 ところで、当初ニュ-・サウス・ウェ-ルズ州政府もこの領域にかかわりがあり、州立の施設に収容されているか、または毎日そこへ通っているほぼ1,500人の子どもたちに対して直接責任があると考えられ、州政府保健局歯科サ-ビス課の職員がこの委員会に任ぜられ、すでに第一回の会議に出席していた。

 さて、ニュ-・サウス・ウェ-ルズ州 Council for the Mentally Handicapped は、精神遅滞者の問題に対処しようとしている民間団体を確認する努力をしてくれたが、これら子どもの人数ないしは多くの民間団体の特質に関して、人口統計または地理的調査がいまだなされていないという事実は、この分野での困難さの一つをここに示しているように思える。

 ところで、この Council が早期にニュ-・サウス・ウェ-ルズ州における80の団体の名称と所在の記された一覧を提示してくれたので(少なくともこれらについては知ることができたが、しかしある特別の必要に応じて、一夜のうちに生起するグル-プは決してめずらしくない)、これらの団体については3月末に連絡がとられた。

 ニュ-・サウス・ウェ-ルズ州 Society for Crippled Children は、身体障害者に関する最善の情報を提供してくれる機関であると考えられたので、これと連絡をとるようにした。

 精神遅滞者を扱っているグル-プに送付されたアンケ-トからは、現在、治療を受けている人数や施設内での歯科設備、および施設内または地域の歯科医院で治療を受けている人数、過去6か月以内に治療を受けた人数、さらにはこの中で、歯の痛みをとるためだけの理由で治療を受けた人数等に関する情報を得ることができたし、そのうえ歯科設備の拡充の必要性や歯科衛生訪問指導員の存在価値の可能性に関する意見も求められた。

 このアンケ-トに対しては、65の団体が回答を寄せたが、それによると、これらの団体で約2,600人の子どもたちを世話していることになる(既述のように、州の施設では約1,500人の子どもたちを世話していると考えられる─しかしこの州における精神遅滞児の概数1万人から1万5,000人の残りについては不明である)。

 とはいえ、この程度の資料であっても、ある一般的結論を導くことはできる。

 まず第一には、ほんのわずかのセンタ-にしか歯科設備がないということである。これら歯科設備(診療室や付属器具等)や保健歯科医(継続的歯科衛生プログラムの便宜のある)を有する幸運な団体は、確かによい結果を生んでいる。しかしながら、ほとんどのケ-スでは(すべて助力のための用意がなされているとしても)、地方医院の歯科医によって治療がなされているのである。しかも、なんの治療も受けていない子どもたちが多く、かりに治療を受けたとしても、その大多数の子どもが、単に痛みをとるためにのみ治療を受けるという結論を避け得ないことは、明白な事実である。

 さらに、これのより妨げとなっているのは、洲政府保健局歯科サ-ビス課の明らかな窮境である。この課は人的資源に制限があるにもかかわらず、多くのグル-プに、広範で多様な歯科サ-ビスを用意しなければならないし(ある年齢までの就学児、刑務所の人々、ほんのわずかでしかないが精神病治療施設)、そのうえ、需要と供給の原則が容赦なく影響を及ぼしているのである。したがって、誠意をもってしても、州立の施設における障害児の歯の治療に正当な(疑いもなく望ましい)役割を果たすことは、多分不可能なことであろう。

 第二には、ほとんどすべての団体において、かれらは、サ-ビスの拡大が賢明であるだけでなくきわめて重要なことである、と考えていることである。

 第三には、これら子どもたちとなんらかのかかわりのあるほとんどすべての人が、歯科指導員の活用を自分たち自身に関係することだけでなく、親の観点からしても非常に価値あることであると信じていることである。いくつかの回答によれば歯科医および親たちは、障害児の歯科治療において直面する諸問題を著しく意識していることがわかる。

 最後に、効果的で総合的な歯科衛生プログラムの設定のしかたに関しても、多くの価値ある提案がなされた。

 ところで、歯科医に送付されたアンケ-トからは、過去6か月間、何人の障害児がその治療を施設で受け、また歯科医自身の医院で受けたかその人数、およびその治療が単に痛みをとるためのものであったのか、それとも継続した健康維持のためのプログラムの一環としてのものであったのかを知ることができた。また団体の保護のもとにあった子どもについては、このようなサ-ビスの妥当性や、かれらがいかに改善され得たかについて回答が得られた。

 これら専門家の回答には注目すべきものがあったが、概して障害児を治療した経験のある専門家のそれは、口腔衛生の総合的健康状態に非常な関心を示しており、ほとんど例外なく歯ぐきの健康がそこなわれていること、腐敗を効果的に抑えることの困難さを指摘し、両親および施設や学校などで子どもの教育や発育に責任のある人々に対して、適切な指導が必要であることを強調している。

 ところで、何人かの専門家は、子どもたちが適切な歯科治療を受けているとしていたが、もちろんこの人たちは正規の地方保健歯科医であり、正規の歯科検診プログラムと歯科衛生のための手続きを履行しているのである。確かに自分の医院で治療し、同様な方策を採用してある程度成功を得ている者もいるが、しかし不幸にも非常に数が少なく、しかも両親に負うところが多かったのである。

 詳細にわたって述べるまでもなく、無視することのできない問題が疑いもなく存在しているが、この挑戦に際しては、歯科衛生指導員がきわめて重大な役割を果たすということができる。そのうえに、これは新しいアプロ-チ(心理学、社会科学等)や技術(静脈注射による鎮静作用等)の発達で、もっとも効果をあげた歯科医術の一領域にじゅうぶんになり得るということである。

 ところで、ほかのもう一点が強調されなければならない。概して、これまで対象となってきた施設の子どもたちの知能が、指数で30~50の範囲にあるということは多分正しいであろう。しかし施設にはいっていないで、しかも既述の子どもたちと同様な問題をもつIQ30以下、または55~85の範囲にある子どもたちが、かなりいることも考えられるのである。このような子どもたちの所在は不明であるが、多分在宅しているか、(幸いにも)種々な公立学校の特別学級に在宅しているのであろう。

 また就学前年齢層のグル-プや法定年齢の限度に達してしまい、もはや治療教育には適さないと考えられている人々も確かに存在しているのである(多くの人々は、教育が健常者、障害者を問わず、継続した生涯にわたる過程であらねばならないと論じてきた)。しかしながら、いかに多くの子どもたちが、これらのグル-プにあてはまるかを、だれも知らないということも確かに事実である。

 これらの回答を分析することにより、歯科が障害児の治療と援助にとって必要な、多様な訓練アプロ-チにもっとも価値ある貢献をすることのできる領域であるとの感を強めた。

 一方では、Dental Health and Research Foundation of the University of Sydney が、すでに障害児のための歯科衛生治療の適用にとって、もっとも適した方法を確かめようとの企画にもとづくプログラムを遂行しようとしていたが、これは Westmead にある Marsden Hospital 院長の協力を得て、このプログラムを試験研究にしようとして発議されたものである(このプロジェクトには歯科委員会の3人のメンバ-が直接加わっているが、このような研究は職員や両親、およびいまだ障害児の経験のない歯科指導員にとって、かなり価値あるものになるといえる)。

 Dental Association による調査の重要な一側面は、委員長と委員会メンバ-1名の Adamstown Dental Clinic への往診にあった。これは州政府保健局の歯科および医科職員が企画したもので、身体障害児や精神遅滞児の治療のために特に用意されたものである。これは全複合体の部分として独立して機能するように考慮され、歯科医、麻酔医(もし必要なら)、補助スタッフ、それに歯科治療を受けている子どものニ-ドに対して多くの考慮が払われたが、その目ざすところは、堂々とした一つの考え方(概念)にあったのである。

 Adamstown Clinic への往診は、もっとも有益であることを示したが、多分その構想(そして基本的な考え)は、歯科のこの特定領域における将来の発展にとってモデルとなるであろう。この発展とは、シドニ-市やニュ-・サウス・ウェ-ルズ州郡部において、大局的な見地から、同様なクリニックを設立することであるが、しかし現段階では、この考え方は当然のことながら Council of the State Branch of the Australian Dental Association により討議され、認可を受けるべきである。それは、障害児の親の心にまやかしの希望をいだかせることが全く誤りであり、不必要に残酷なものとなるからである。

 しかしさらに委員会は情報を集めており、四つの小委員会を設けて、おのおのがこのデ-タの収集と評価に特別の機能を果たすようにしている。

 ほかの意義ある発展とは、すでに Universty of Sydney の歯学部長に対してなされていることであるが、特に障害児の治療を目的とした卒業生レベルでの研究科の設立のために、学部の援助を求めることである。というのは、4~5年の学生が既述の考え(概念)を完全にするために参加し、重要な人的資源となり得る可能性があるからである。

 これらのことがらが、要するに現在 Committee for the Dental Care of Handicapped Children によりなされているいくつかの諸活動である。

 さて、Australian Dental Association ニュ-・サウス・ウェ-ルズ支部の会長である Dr.R.W.Hession は、この調査に言及し、比較的未知で、未開発なこの歯科の領域において新しい発展が期待できたと、以下のように述べている。

 「歯科医が、多角的な訓練チ-ムのメンバ-になることはきわめて重要なことである。それはこのアプロ-チが障害児とともに急速に発達し、しかもこれらの子どもたちにとっては、歯科治療が恐ろしい経験ともなり得るし、適切に処置されないとしたならば、かれらの進歩に影響を及ぼし得るからである。これらの障害児のニ-ドにこたえるために利用しうる歯科は、技術的・社会的機能をもってじゅうぶんに用意されているといえる。

 われわれは、一般の人々が障害児の歯科治療の必要性をますます知ってくれることを希望するものである─むしろすべての医療設備の利用できる特別のクリニックにおける─」

 このように歯科医は専門分野からの特別の要求や技能を通じて、Dr.Hession の述べた多角的訓練チ-ムの発展と作用に重要な役割を果たし得る─果たさなければならない─であろうし、こうすることが、真の意味で国の社会経済福祉に貢献していることになるのであろう。

 (Rehabilitation in Australia,January 1972から)

*東京教育大学教育学部附属桐が丘養護学校教論


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1973年1月(第9号)16頁~19頁

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