特殊教育の未来のための指針

特殊教育の未来のための指針

Guidelines for the Future in Special Education

 第5回特殊教育国際セミナー(Fifth International Seminar on Special Education―1972,8,20~24,メルボルン)に引き続いて、第12回世界リハビリテーション会議(Twelfth World Rehabilitation Congress―1972,8,27~9,1,シドニー)で成案を得た特殊教育の未来のための指針について、ここにその全訳を載せる。特殊教育の推進にあたって、一つの拠りどころとして活用していただければ幸いである。(訳者)

三沢義一

1.序言

 教育は、個人の全面発達(full development)を高揚するために計画される持続的な成長のプロセスである。このような持続的なプロセスは、個人をして、その環境の課題(taskes)や要求に効果的に対処するに必要な生活技能(life skill)を発達させることを援助する。障害者を含むすべての個人は、教育がその潜在能力を最大限に引き出してくれることに、人間としての侵すべからざる権利を有している。1959年国連総会で採択された児童権利宣言(The Declaration of the Rights of the Child)は、人類がその子弟に対して与えうる最高のものを与えなければならないことを明言している。その10か条の中、3か条は児童の教育に関するものである。

 児童は、特別の保護を受け、また健全かつ正常な方法および自由と尊厳の状態の下で、身体的、知的、道徳的、精神的および社会的に成長することができるための機会と便宜とを、法律その他の手段によって与えられなければならない。この目的のために法律を制定するにあたっては、児童の最善の利益について、最高の考慮が払われなければならない。(訳者注,第2条)

 身体的、精神的または社会的に障害のある児童は、その特殊な事情により必要とされる特別な治療、教育および保護を与えられなければならない。(訳者注,第5条)

 児童は教育を受ける権利を有する。その教育は、少なくとも初等の段階においては、無償、かつ義務的でなければならない。児童は、その一般的な教養を高め、機会均等の原則に基づいて、その能力、判断力ならびに道徳的、社会的責任感を発達させ、社会の有用な一員となりうるような教育を与えられなければならない。(訳者注,第7条前半)

 特別なニードをもつ児童のための教育的サービスに投じられた経費は、浪費ではない。それは、多くの障害児をして経済的自立へと導き、経済的依存を最小限にとどめるだけでなく、社会に貢献する一員としての尊厳と自尊(self-respect)を獲得することを可能にするものである。

 いまだかつて、その障害児や障害者のために、完全に包括的で適切な教育的サービスを発展させた国はない。ここに述べるのは、すべての国々に妥当すると考えられる堅実な特殊教育計画の発展のための指針である。各国がそれぞれの社会的条件に応じた特殊教育サービスを発展させ、必要な教育的資源を開発するために、これを使うことができる。特殊教育サービスの発展は、行き届いた、大規模な教育的資源ができるまで待つ必要はない。地味な出発でも、手をつけないでいるよりははるかに建設的である。このような出発は、地域社会の中で目に止まるだけでなく、改善と拡大の基礎になるものである。

2.障害児とそのニード

 障害をもった児童も、第一義的には児童である。彼の基本的欲求(basic needs)は、普通の児童と同一である。しかし彼はこれらの欲求を充足するために特殊な、積極的な援助を必要とする。社会は、障害者がそのニードを充足するために、次の権利が与えられなければならないことを承認すべきである。

2・1 他のすべての市民に与えられるものと同等の恩恵にあずかること。

2・2 年齢を問わず、教育の機会を均等にすること。

2・3 できる限り正常な生活を営むこと。

2・4 その特別な教育的ニードと将来の職業に適切な教育計画を受けること。

2・5 潜在能力を発揮することを援助するために、全面的な専門的サービス―医学的、心理学的、社会的、教育的、職業的および技術的サービス―を受けること。

3.家族

 普通児の多くの親が知っているように、子どもを育てることは困難でしかも気苦労な仕事である。しかしながら、特殊児の親になることは、さらに大きな心理的、財政的責任を迫られる。社会は、子どもだけのためばかりではなく、親の精神的健康と安寧のためにも、障害児の親を援助する責任を有している。それ故、親は次のサービスを活用できることが不可欠である。

3・1 障害児の予防、認定および調整に関するサービス。

3・2 各分野の専門家―医学的、心理学的、社会的、教育的―のチームによる適切かつ包括的な診断サービス。

3・3 カウンセリング・サービスと教育情報。

3・4 自分の子どもに対する早期教育的指導(early educational instruction)。

3・5 教育チームの一員として、家庭における教育的な役割について支援され、勇気づけられること。

3・6 自分の子どものプログラムに関して、その決定のプロセスに参画すること。

4.学校

 児童の発達は、その仲間との現実的で生産的な結合関係の中で理解されなければならない。そこには弾力的で幅の広い施策が必要とされる。特殊学校や特殊学級は、今後もその役割を果たし続けるであろうが、今までよりはもっと幅の広い弾力性が要望される。特殊教育施設に入退所する動きは、一つの教育的権利であり、恥辱(stigma)からの回避であるとみなすべきである。そのため一層、特殊施設に入っている期間は、児童のニードにしたがって多様なものとなる。

 すべての学校は、個々の児童・生徒のニードに適合するプログラムをつくるべきである。これは障害児を教育の現場の全体活動の中に統合しようとするいかなるプログラムにとっても基本である。

 特定の障害児に固有のプログラムが実践された暁には、個々の進歩に関する周期的な客観的評価と持続的な記録が必要であり、これらの手続きに基づく必要かつ適切な措置が重要である。

 障害者のためのすべての教育計画は、社会的能力(social competence)や認知発達(cognitive development)を含むすべての領域において、個々の児童に成果が挙げられるよう援助すべきである。この目標への到達を追求するかたわら、教師はまた、児童・生徒が前向きの(positive)現実的な自己像を獲得するよう支援しなければならない。

 医学的基準によって障害者と診断された対象が、教育現場においては必ずしも障害者ではない。このことを認識することが大切である。反対に医学的な意味から障害者でない児童が、教育的ハンディキャップをもつことはありうる。

 障害のある児童・生徒の普通学級への統合(integration)は、弾力的なプロセスをとるべきである。それは、教育システム、学級規模、個々の児童・生徒のレディネス(訳者注,学習の準備性)および普通学級の教師の理解と洞察などに大いに依存する。さらに、普通学級の教師に対する、助言者またはリソース・パーソン(resource person…訳者注,ここではいわゆる資料室付の教師を指す)のような専門教員の指導を重ねる必要がある。統合の程度は個々の児童の障害の状態からみたニードに依存する。可能な場合にはいつでも、子どもはその仲間と統合されなければならない。しかしながら、その統合の程度は彼自身の教育的、心理的ニードに常に合致したものでなければならない。

 障害児のニードに適合する特殊教育計画の実施にあたっては、教育工学(educational technology)がこれらの子どもの個別的な指導プログラムに有効であることをよく認識しなければならない。

 特殊教育のプログラムが学校で実施されるときは、プログラムの体系的な評価が、その実践の前後に必要である。

5.専門家の養成

 教員養成における真に重要な変化は、教師のあり方の変化からのみ生起する。制度はひとによって成立つもので、学校が時代の要請に沿うか否かは、いつに教室における教師の能力と行動にかかわるであろう。もしわれわれが、教育に必要とする改善をもたらそうとするならば、教員養成計画における供給源を再検討し、改革することが最も大切である。

5・1 特殊教育教師の免許資格(qualification)は、その国の教育の発展にしたがって、不断に強化されるべきである。

5・2 各国における教員免許資格基準の設定を担当する行政当局は、障害児のために適格性のある教師の養成が、普通児を担当する教師の養成よりも、もっと充実する必要があることを認識しなければならない。

5・3 障害児の教師の免許資格は、能力を基盤とした教員養成のあり方に基づかなければならない。

5・4 この分野の新しい知識に遅れをとらないように、障害児の教師に対する現任訓練が不断に実施されなければならない。

5・5 普通学級教師の専門的な養成においても、すべての教師は、障害児に関する知識と理解を授けられるべきである。特に、特殊教育専門の教師を整えられない国においては、なおさらである。

 障害児の教師も、専門職連合体のチームの一員であるから、心理学者、ソーシャルワーカー、言語治療士等の役割について理解が与えられ、それらの人々との意志疎通を学ぶことが重要である。また、各専門職は、その専門的な養成の過程において、障害児に関する理解を深めておくことも大切である。障害児を担当する専門家同士の意志疎通の改善が強調されなければならない。

6.社会

 障害児も社会の一員であるから、社会はこれらの児童に真の理解を獲得し、完全な市民として彼らを受け入れることを阻害する多くの偏見を打破することが重要である。社会的適応は、両側通行のプロセスで、障害者のハンディキャップは、彼が現在の場面で自分をどう感じているかによって評価されなければならない。障害児の社会的適応に影響する二つの側面は、社会が彼の生活目標に対してどの程度歩み寄るかと、彼に与える社会的受容がどの程度か、である。

 障害児の社会的受容を最大にすることを支援するために、社会は一般大衆がこれらの児童とその問題を周知するよう、現代のマスコミ媒体を利用しなければならない。また、教育と、包括的なサービスの一部を形成するその他の社会的資源との間の提携もなければならない。

 民間ボランティア組織は、障害者へのサービスを提供する先導者であり、その識見と経験は全面的に活用されるべきである。社会は、障害児に対する貴重な教育的サービスを提供するボランティア組織の役割を、支持し高揚しなければならない。社会は多面的に進展する。政府はこのような進展が障害者に対してどんな意味があるかをよく汲みとらなければならない。

7.政府

 政府は、障害児のための特殊教育計画の財政的支持と運営に責任を持つ、当然の源である。それ故、政府は障害児のための特殊プログラムを手がける主たる責任を負わなければならない。

7・1 すべての障害者のための権利を擁護し、プログラムを整えるために必要な財政的支持を伴った法律の制定。

7・2 障害児を取り扱うすべての教育計画を担当する文部省、またはそれに相当する機関の整備。

7・3 障害児のために働くすべての専門職および準専門職(para-professionals)に対する、最小限の資格基準を確立すること。

7.4 障害児のために使われるすべての施設に対する最低基準を確立すること。

7・5 特殊教育サービスのための法律の準備と立案および施行にあたっては、専門家の組織と協議すること。

7・6 国全体もしくは地区別の情報センターおよび教育資料センターを設立すること。

7・7 教育方法、設備等に関して障害児に関する研究を推進すること。

7・8 ボランティア組織と、障害者にサービスを提供している政府部局との協調を図ること。

7・9 いろいろな障害児を受け入れられるように、普通学校を改善すること。

7・10 特殊教育サービスの長期計画を発展させ、プログラムの実施に関する優先度を割りふること。

7・11 国全体を通じて、特殊教育計画の調整を図ること。

8.国際協調

 特殊教育計画が高度に発展している国々は、ほかの国々の計画を援助して、モデル的な特殊教育計画を発展させる責任を有している。この援助は次のような形態をとる。

8・1 特殊教育に関する専門的情報。

8・2 モデル・プログラムのためのコンサルタント。

8・3 教員養成計画の発展に関する援助。

8・4 特殊教育における奨学金の給付。

8・5 地域的な会議とセミナーの組織に関する援助。

8・6 評価と研究に関する援助。

8・7 有資格の職員の交換。

 国際障害者リハビリテーション協会理事会(Rehabilitation International Council)は、国際協調の調整にあたる責任をもつ組織になるべきである。

 この「特殊教育の未来のための指針」は、障害児の成長と発達における特殊教育の役割について、我々が最も楽観視するとき、その真価が現れる。過去10年だけでも、増加した研究努力に基づく知識の成長は、特殊教育のすべての側面の進歩に、著しく貢献した。持続的な努力、勇気、確信および着想によって、この指針を具現することができる。

 訳者 あとがき

 この特殊教育の指針は、世界的な規模においてまとめられた初めてのものである。二つの会議を通じて熱心な討論がなされた後、成文化されたものであるが、文中にも明記されているように、どんな国の実情にも沿えるよう苦心が払われた。わが国の現状から見ると、多少初歩的な面に触れ過ぎている感じもするが、特殊教育のあり方を基本的なものから明示するには、止むを得ないであろう。また、特殊教育をリハビリテーションとしての立場でどう位置づけるか、理論的にも実際的にもこのあたりの概念規定が明確でないが、これは今後の課題として検討すべき問題であろう。

三重大学教育学部教授


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1974年7月(第14号)2頁~6頁

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