W. M. Nelson,Ⅲ*, A. J. Finch, Jr.**, J. F. Hooke***
大石弘****訳
Kaganの「失敗に対する恐れ」の仮説が、情緒障害児で検討された。失敗に対する恐れは、反応コスト手続きによって、最大にさせられ、即時強化条件によって最小にさせられた。二つの方法はどちらも熟慮性─衝動性テストの反応時間を有意に増加させ、誤りを減少させた。しかし、衝動型は、反応コスト条件で誤数が有意に減少したのに対して、熟慮型は、強化条件でやや誤数が減少した。これらの結果から、熟慮性─衝動性の次元は比較的安定した特性ではあるが、人の認知スタイルは、特に、その時々の環境的条件の函数であることがわかった。これらの知見が、将来の研究方向や、考えられる取扱法などの面から考察された。
Kagan、Rosman、Day、Albert、Phillips(1964)は、不確実な反応を含む問題に対する子どもの解決方法に見られる差を記述するために、熟慮性─衝動性認知傾向を提起した。熟慮型の子どもは、注意深く、誤りがないと確信するまでは、なかなか反応をしないので、誤数は少ない。他方、衝動型の子どもは、思いついた反応をよく確かめないで、急いで反応するので、誤数が多くなる。
KaganとKogan(1970)は、熟慮型又は衝動型という反応のスタイルは、失敗に対する恐れが、その心理学的な基礎になっているという説を支持している。熟慮型は、失敗に気を使い過ぎるという特徴があり、衝動型は、失敗に対して最小限にしか気を使わない。認知スタイルの、もう一つの説明は、成功への動機づけである。問題を解決しようという動機づけは、かなりその情況の環境的条件の函数である。
この説によれば、衝動型の子どもは、熟慮的に反応する能力を、彼の認知行動のレパートリーの中に、すでに持っているのだが、ただ彼は、そうするのに十分なだけの動機づけを欠いているのである。したがって、衝動的な子どもを、より熟慮的にするには、子どもに新しい認知スタイルを教えるのではなくて、望ましい認知スタイルを引き出すために十分な動機づけを提供すればよいであろう。
Hemry(1973)は衝動型や熟慮型の子どもたちの成績が、報酬条件下では最も悪く、罰条件と罰プラス報酬の条件下では、やや良いと報告している。罰だけの条件と、罰プラス報酬の条件との間に有意差がみられなかったので、Hemryは、学習場面で、物質的強化が有効であるかどうか疑問視した。しかしながら彼の結果は、問題解決情況における、その技法の無効性を示しているのでなくて、彼の用いた報酬(各正反応の後で、実験者が「正しい」と言うか、あるいは1ペニーを与えた)が、相対的に効果を持たなかったことを示していたのかも知れない。
本研究の目的は、熟慮性─衝動性認知次元に関する基礎として、「失敗に対する恐れ」仮説を吟味することである。反応コストは、子どもの失敗への恐れを最大にする方法であると見なすことができる。なぜなら、誤りを避けることによってのみ、強化物を失うことを避けられるからである。この手続きは、彼の誤りに対する恐れを増加させるので、反応をよりゆっくりにさせ、誤りをより少なくさせるにちがいない。他方、正の強化は、子どもが成功を求める行動を最大にするだろう。なぜなら、彼は正しい反応を行った後で報酬を受けるからである。このように、失敗への恐れは、反応コスト事態で最大となり、正の強化事態で最少となるはずである。「失敗に対する恐れ」伝説から予想されることは、反応コスト法は、強化法よりも、子どもをより熟慮傾向へ近づけるであろうということである。
被験者
被験者は、情緒障害児のためのバージニア公立児童治療センターに寄宿している40名の情緒障害男児である。このサンプルは、1973年6月から1974年1月までに得たもので、すべて男児から成っている。グループの平均年齢は11.28歳で、標準偏差は2.25歳である。
手続き
絵合わせテスト(Matching Familiar Figures, MFF)が各々の子どもに個別に実施された。熟慮性─衝動性次元上の各被験者の位置は、誤反応と、最初の反応までの反応時間を用いた二重中央値分割基準(訳者注─反応時間が中央値より長く、誤反応数が中央値より少ない者を熟慮型、反応時間が中央値より短く、誤反応数が中央値より多い者を衝動型とする。)によって決定された。被験者は、それから三つの群、すなわち、反応コスト群、強化群、統制群、の中のどれかに無作為に割り当てられた。20日ほど経過してからMFFテストを再度実施した。反応コスト群では、被験者は、賞品と交換することのできるチップを12枚与えられて、MFFテストで1回誤りをおかすごとに、1枚のチップを失うことになる、と教示された。強化群の被験者は、正しい反応をするごとに1枚ずつチップがもらえると教示され、統制群では、何もなされずに、単にMFFが再テストされた。
予備テストと再テストを一緒にして考えると、反応時間には、3条件の間で有意差が見られた。同様に、誤反応数に関しても3条件の間に有意な差があった。さらに、手続きとテスト時期(予備テストと再テスト)の間には、誤反応数に関して、有意な交互作用がみられた。その単一効果を分析してみると、反応コスト群と強化群の両方において、反応時間の有意な増加があっただけでなく、この二つの条件の下では、誤反応率の有意な減少も、また見られた。統制群では、全体としては、反応時間にも、誤反応数にも、有意な変化は見られなかった。しかしながら、別々の分析からわかるように、衝動型は、両変数とも有意な変化を示した。
反応コストと強化が、衝動型と熟慮型の子どもの成績におよぼすそれぞれの効果を調べるために、彼らの最初のMFFテストの得点に基づいた分類を使用してデータが分析された。表1は、予備テストと実験条件下のテスト(再テスト)における反応時開と誤反応数の両方について、平均と標準偏差を示している。衝動型においても、熟慮型においても、予備テストと再テストの間で、反応時間に有意差が見られた。熟慮型については、3群間にかなり有意差に近い傾向が見られ、反応時間について、テスト時と群の間には有意な交互作用がみられた。単一の効果の分析によると、強化条件の下でのみ、衝動型と熟慮型の両方に関して、反応時間が有意に増加していた。
群 |
反応コストN=5 X SD |
強化 N=4 X SD |
統制 N=4 X SD |
|||
反応時間 |
||||||
衝動型 予備テスト |
5.92 | 1.38 | 6.79 | 1.84 | 8.17 | 0.91 |
再テスト | 9.98 | 5.58 | 10.94 | 3.14 | 11.52 | 5.53 |
熟慮型 予備テスト |
15.45 | 4.31 | 15.00 | 2.26 | 13.29 | 3.28 |
再テスト | 20.10 | 7.39 | 29.04 | 5.93 | 12.44 | 5.61 |
誤反応 |
||||||
衝動型 予備テスト |
10.00 | 1.22 | 8.75 | 0.96 | 8.25 | 0.50 |
再テスト | 5.00 | 1.58 | 6.50 | 1.92 | 6.25 | 0.96 |
熟慮型 予備テスト |
2.60 | 1.20 | 2.75 | 0.96 | 3.00 | 2.16 |
再テスト | 2.51 | 0.84 | 0.75 | 0.96 | 4.25 | 3.30 |
期待したように、予備テストと再テストとの間に、誤反応に関して、衝動型では有意差が見られたが、熟慮型では、定義により、予備テストで誤反応が少なかったので、有意差は見られなかった。衝動型に関する単一の効果の分析から、すべての三つの群において、再テストでは、誤反応が有意に減少したことがわかった。さらに衝動型では誤反応率について、テスト時と群との間に有意な交互作用があった。
3条件の間の異なった効果を比較するために、誤反応の得点差(予備テストと再テストの)が分析された。衝動型では、反応コスト群と強化群、反応コスト群と統制群の間には、それぞれ有意差があったが、強化群と統制群との間には有意な差がなかった。熟慮型は、統制群と強化群の間では、強化群が有意に少ない誤反応を示したが、強化群と反応コスト群間には有意差がなかった。
全体的な結果としては、反応コスト法と強化法は、どちらも等しく個人の認知テンポを変化させるのに効果があった。そして、反応時間を有意に増大させるだけでなく、誤反応を有意に減少させる。このように、誤りをおかすことの恐れが大きくなるほど、反応時間が長くなり、誤反応が少なくなるというKaganの仮説は支持されていない。しかしながら、この「失敗に対する恐れ」仮説は、被験者か、同質のグループであるとは見なされないで、認知スタイルに基づいて区別されるような場合には、別の意味を持ってくる。衝動型は、強化条件や統制条件よりも、反応コスト条件において、誤反応が有意に少なかった。他方、熟慮型は、統制群と比較したとき、強化群は有意に誤反応が少なかった。このように、「失敗に対する恐れ」仮説は、認知テンポの部分的説明として役立つかもしれない。
さらに、結果の示すところによると、反応コスト法と強化法が、人の動機づけを高めると言うことができる限りにおいては、このことは、誤反応率を有意に減少させ、最初の選択までの反応時間を増大させる、と言える。このように、人の認知スタイルは、どんな場合であるにせよ、部分的には、そのときの環境事態の函数である。
強化は、すべての子どもたちにとって大きな意味を持っていたが、衝動型の子どもは、熟慮型の子どもと同程度には、反応を抑制しなかったので、やはり衝動型の方が誤りが多かった。すなわち、熟慮性─衝動性は、相対的には安定した特性であるというKaganとKoganの主張が支持されている。
衝動型と熟慮型のデータを別々に分析してみると、衝動型では、統制群の誤反応が有意に減少している。この予期しない結果は、反復または練習の効果として、最もよく説明できるようだ。問題をくり返すことは、熟慮型にとっては不必要なことであるが、衝動型では、成績を高めるように思われる。衝動型群における誤りの減少についての第一の可能な説明は、それらの中に極端な得点があったので、平均への回帰であろう。子どもの認知スタイルの最も重要な決定因は、不確かな問題に最初に出会ったとき、反応までの間、何をするかということであろう。本研究に照らして見て、衝動型の反応を変容させるのに最も適した方法は、認知訓練やモデリング法とともに、動機づけを高めるような手続きをとることであると考えられる。
子どもが、彼の認知過程において、反応をちゅうちょする程度は、比較的安定した彼の認知スタイルによって決まっているのみならず、その時の社会的環境によっても決まるものであろう。これらの過程の相互作用については、まだ明らかになっていない。
(Journal of Abnormal Psychology,1975,No.4から)
訳者の解説:ここに紹介した論文は、認知スタイルの一つである熟慮性─衝動性に関するものである。ここで用いられているMFFテストは、Kaganによるもので、見本の熟知図形(木、人形、飛行機など)と、見本と同一の図形を含む計6個の変形図形を同時に提示し、見本と同一の図形を選択させるものである。ここでは、認知的テンポの変容を扱っており、その規定要因としての「失敗に対する恐れ仮説」を調べるために、反応コスト法という独特の方法を用いている。認知的テンポの変容を扱った研究はこれまでにも、多く発表されているが、被験者として、情緒障害児を使った研究はめずらしい。ただ惜しいことに、情緒障害の内容や、情緒障害を持たない子どもでの結果との比較について、全くふれていないので、せっかく情緒障害児を被験者とした意味が半減しているように思う。しかしながら、この種の研究がさらに発展することによって、障害児の理解に役立つのではないかと考えられる。
参考文献 略
*バージニア州立大学
**バージニア児童医療センター
***バージニア州立大学
****山形大学教育学部講師
(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1976年10月(第23号)26頁~28頁