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<教育>

小学校における特別教育単元

-サンクチュアリー(保護)単元-

Sanctuary Units in Primary Schools

John Chalk *

大石勝代**

 サンクチュアリー(Sanctuary :保護)という概念は、普通学校に在学している障害児のために考えだされ、普通学校、特殊学校共同のロンドン地区教育局(Inner London Education Authority、略ILEA)委員会の委員たちの協議によって、確立されたものである。そのもとの概念は、学校が、一つの部屋(コート掛けの部屋とか、階段の下の物置などではなくて)を用意しておいて、そこで熟練教師が、障害児などを扱うという必要から起きてきた。サンクチュアリーということばは、次のようなことを示している。それ(サンクチュアリーを懺悔室とはみなさない)を、利用する生徒に有利で、サンクチュアリーで費す時間は決まっており、通常は、ある時間だけそこですごす。その特徴は、補導クラスや、便宜的クラスや、または養育グループのような他の特別な単元からは区別される。この考えについてのChalk 氏の説明によると、4校の小学校で実施され、中学校でその発達がフォローアップされ、その結果はうまくいったそうである。さらに同氏はサンクチュアリーの設置は、簡単に着手されない。しかし障害児にとっても、学校にとっても利点が見られ、また、サンクチュアリーのやり方について、教職員全体が考え、強調する限りは、うまくいくだろうと述べている。

Mary D.Wilson
(ILEA特殊教育前委員)

 小学校や、中学校の教師は、特殊な障害、例えば、教育的、身体的、情緒的、社会的障害などを持った生徒と出会うし、さらにそういう生徒の要求は、普通学校の一般的な教育の流れと衝突するだろう。この問題を取り扱う目的で、北ケンシントン地域の4校の小学校に、実験的にサンクチュアリータイプの単元が設置された。

 1972年はじめ、ロンドン地区教育局(ILEA)は、“特殊障害児童”のレポートを発表した。ロンドン教育局管轄下の小学校、中学校の生徒のうち、12~20%の生徒が、問題を持っており、時にはそれは、教育の進み具合にまで影響を及ぼすので、特別な配慮をする必要があると報告している。ロンドン地区に住む生徒の約3%は、特殊学校や、特殊学級で教育を受けている。そのような教育を、問題を持っている多くの生徒たちに与えるのは不可能であるし、また望ましいとは言えない。

 さらに、このレポートでは、小学校や中学校に、援助やアドバイスを与え、外部からの役に立つ援助や、各学校が工夫した方法などを、リストアップしている。それらの中には、“サンクチュアリー”単元があり、若干の学校で試みられている。

 その結果、4地域の特殊障害児童のための教育計画を後援するために、顧問教師が任命された。それはアイリントン、ケンシントン、ブリクストン、ペックハムの地域で、各地域には20校に達するほどの学校があり、下は保育園、上は中学校にまでわたっている。これらの地域とこれらの学校に積極的に援助するために財政的補助がなされた。実験の期間は、2年以上も続き、600 以上の教育計画が実施された。

 これらの学校の校長や教職員たちは、地域の計画の必要性を感じ、ケンシントンでは、“サンクチュアリー”単元をつくるということになった。

サンクチュアリー単元の発達

 “特殊障害児童”に関するレポートが発表されてから、特に中学校では、小さな単元(サンクチュアリー単元)が急速に発展し、特殊な障害や困難を示す生徒に注目が向けられ、普通学校から、特別教育単元に移された。これらの単元の目標や取り扱いに対する関心が、遅ればせながら、ILEAにも起こってきたが、サンクチュアリーについての決定的な見解や、サンクチュアリーをどのようにやっていったらよいかについての条項をつくろうという動きは見られない。ロンドンの北ケンシントンでは、特別教育単元などを研究しており、その計画の期間中、いかにいっしょうけんめいやったか報告されている。多くの他の教育計画と同様に、実験計画が公式的に終わるまで、教育当局の財政的援助を受けていた。

 教育計画地域は、北ケンシントンの北部のほとんど住宅地域である。工場などの働く場所もあまりなく、当然、親たちは、近隣へ働きに出る必要がある。人口は、その土地に永く住んでいて、親や祖父母たちも、子どもの通学している学校を出たような定住家族が、だんだん減っていくのに対し、移住してきた家族の割合がふえている。さらに人口の流出入が激しく、通学している生徒が途中で転校したり転入したりしてきて、そのような不安定な要因をのりきらなければならない。

 他の三つの教育計画地域と同様に、この北ケンシントンの地域は、大ロンドンの平均とくらべ、土地が少なく、過密なので、貧しく、欠乏状態を呈している。

北ケンシントンのサンクチュアリー単元

 サンクチュアリータイプの特殊クラスは小学校に設置され、それは同じ敷地内にある、公立下級学校と幼児学校(訳者注)、それから、北ケンシントンの北部の、ある学校の敷地内にある宗教学校の下級学校と、幼児学校の4校である。

 極端に内向的な生徒やコミュニケーションのない生徒たちには、個人的援助をしてやる必要があるのだが、そのような障害を持っている生徒、また、そのようになりつつある生徒に、少しでも満足な生活をしてほしいと願って、これら特殊なグループが設けられたのである。

 これらの地域の中の他の学校の職員たちも、そのようなグループに関心を持ち、自分たちの学校にもそのようなグループを置く方がよいと思いはじめた。しかし、次に述べる二つの理由のいずれかのために実行はしなかった。つまりそのような冒険のため建物を建てる余地はなかったし、もっと優先してやりたい他の計画があったからである。

 さらにすでに学校にある役立ちうるものに加え、1週間に4日間位、今までの教師のほかに、新しい教師を採用しなければならないし、照明、教具、設備などを設置した部屋を用意しなければならないが、それらのための予備的財政などが必要であったためである。

幼児学校における二つのサンクチュアリー単元

 幼児学校で二つのサンクチュアリー単元を行うために、校長が新しく採用した教師は、学校教育の経験があり、生徒や生徒の持っている問題をよく知っている者ということであった。

 使われた部屋は小さかった。公立学校では図書館のところを増築したもので、広さは12フィート×20フィートで、はじめの建築計画の時に学校で建てられてあったものである。カーテン、正方形のカーペット、その他の付属品が用意された。宗教学校では、小さな控えの間が使われた。広さは、10フィート×12フィートであった。この部屋は読書には最適で、いろいろな設備が整っていて、図書の本も豊富にとりそろえてあった。床はカーペットが敷きつめられ、子どもたちの家にはないような快適な調度品が用意されてある。移動家具や螢光灯なども用意されている。

 どちらの学校も、融通性のある時間表に従い、公立学校の方は、1日のうちの何時間かの授業時間、1人かまたは2人位であるが、生徒がこの場所に来て、サンクチュアリー教師といっしょにすごすのである。

 この単元の活動は教育的なものであって、基礎的技術を発見し、それを発達させ、言語、ゲーム、絵画、野外活動などによって信頼感を高めていくのである。この単元を担当している教師は、その学校のほかの教師と密接な関係を持ち、この単元のクラスや普通学級の生徒たちの欲求、作業、行動、困難点などについて、意見を交換させる必要がある。このようなことは、普通学級の教師と、単元を担当する教師たちの、定期的な交流によって達成されるのである。

 非常に引っ込み思案の子どもについては、どちらの学校も、単元担当教師が子どもを個人的に取り扱うか、または少人数のグループで取り扱い、形式的学習を押しつける前に、まず信頼関係をつくっていった。

 両校の単元担当教師とも、教育福祉委員や教育心理学者と密接な関係を持っていた。1人の教師は、最も重度な障害児の親との関係を特にうまく運んでいた。

 両校とも、この単元によって大きな利益(金銭的ではない)を得た。単元に参加した生徒たちは、普通学級だったらできないような方法で、自分たちの欲求に対する特別な配慮を得た。今までだったら不機嫌になったり、かんしゃくを起こしたりする生徒が、時間表に従わないで引っ込み思案になったり、危機的状況になったりする時、教師や残りの生徒は今までの調子をくずし、学習の進行が妨害されることがあったが、それも減ってきた。

 両校とも、障害児が下級学校に行ってから、かなりそういう行動が減ってきているということを確信している。

下級学校におけるサンクチュアリー単元

 2校の下級学校における単元は、学校の組織、規模や他の特性によって異なっていた。

 宗教学校の方は、大規模なクラスがあるが、単元のために使う余地は、コート掛け室を改造した小さい部屋で、せいぜい8人位の生徒を収容する位のものであった。

 こちらの計画の目的は、幼児学校のグループの時と同様に、個人的に子どもを援助して自分の困難に打ちかてるようにすることである。担当教師は、生徒を集中的に二つの主要グループに分けた。一つは、長期間、毎日、援助を必要とする生徒のグループで、もう一つは、時々、一時的に援助するグループである。この目的のためと限られた場所しかないために、普通クラスの教師の判断で、1クラスにつき1人の生徒を、サンクチュアリー単元に割りあてることにした。生徒に援助が必要だと感じた時、単元担当教師に生徒をまかせられるように、固定した時間表はつくっていない。

 単元担当教師は、クラス担任と密接に連絡をとりあい、クラス担任は、単元につれていった生徒については詳細に観察した。また、1週間の幾日か、これらの生徒を自分のクラスで観察したり援助したりした。

 しかし、この期間中に単元担当教師を何回か変えたため、学校にとってあまりよくはなかった。そのような挫折があったけれども、何人かの生徒は、十分な進歩を示した。例えば、他の生徒たちに対する態度がよくなったり、他の生徒たちの要求に敏感になったり、落ちついてクラスにいられるようになった。特に、大きなクラスで障害を持った生徒があまり緊張しないでいられた時など、教師は圧力がとり除かれたように感じた。

公立の下級学校における単元

 公立下級学校におけるサンクチュアリーグループの目的は、ほかの学校と同じであった。第一に、教室をかきまわしたりする生徒で、情緒的に未熟な生徒の要求を効果的に満たしてやることであり、第二に、非常に引っ込み思案の生徒を援助してやることである。

 単元に使われた部屋は、大きな教室で、アコーデオンドアで仕切られると、一つの大きな広間といくつかの小さな小部屋にわかれ、その小部屋の一つにはカーペットが敷かれていた。教育研究や休み時間の娯楽のために、学校当局からいろいろな設備が用意された。翌年、1週間に4日間だけ単元のために教師をフルタイムで採用し、学校が臨時手当てを出した。

 校長はじめ教職員と単元担当教師とのディスカッションによって、単元に参加する生徒が決められた。まず最初約25人にしぼられ、それらの生徒たちの大部分は、クラスを混乱させる者で、同時に4人の引っ込み思案の生徒もいた。これらの生徒たちには個人的注意を払う必要があった。大概、生徒たちは共通クラスですごすが、サンクチュアリー教師は4~6位のグループをつくり、時間表通りに行った。それは全く柔軟な時間表であった。というのは、このような生徒たちには突発的な問題が起こり得るし、速やかに単元をまかせることによって、潜在している問題を回避できるように余裕を持たせてある。

 教室では、一般の教育方式が用いられ、学級担任と密接に話し合い、社会的、教育的、余暇的要求を確認しながらすすめられていった。

 教材や方法は、かなりバラエティに富んでいた。教材には、教育ゲーム、練習カード、よい本、カード、地図などに加えて、将来の職業を考慮して、身近な環境の研究、技術や職業教材などがあった。

 生徒の能力は、さまざまであったが、彼らのほとんどは、潜在能力以下で学習していた。なぜなら、情緒的問題があるためやむをえないだろうと、不適切な教育を受けてきたからである。主要な目的は、普通学級でより効果的に安定して勉強できることをねらいにして、グループの援助によって学習したり、お互いの努力を補い合いながら学習して確実なものとすることにあった。

 多くの生徒たちは、はじめはうまく話し合うことができないでいらいらしたり、勉強のある程度の水準に達成できないでいらいらしたりした。生徒たちはより楽しい方を早くやりたいようだったが、その前に今やっている勉強に集中し、努力し、きちんとした結果を出すように教師に求められた。そのようにして、特殊な不適応が扱われていった。

サンクチュアリー単元の五つの利点

 学校で、五つの主な利点が挙げられた。

 (a) 教室で、障害児がよりよく適応した。

 (b) 目的のある勉強になじみ、教室の雰囲気がよくなった。

 (c) 引っ込み思案の生徒は、ふつうの教室での活動に速やかに参加することができるようになった。

 (d) 学級担任たちは、よりよく援助したし、若く経験不足の教師たちは、問題を持っている生徒たちを実際的な方法で援助しようとする。学校におけるもう一つの計画として、単元を評価した。

 (e) 年齢が、幼児学校から下級学校へと変わっても、このサンクチュアリー単元は、問題児にとって直接役立って、十分に目的が達成された。

 以上のように五つの利点が挙げられたが、最初の1年をサンクチュアリーグループですごした生徒の多くは、もう次の年には援助を必要としないようになった点など、成功率はかなり高かった。単元における集中した努力は教室でのよりよい適応を生み出し、学年がすすんでもそれらの生徒たちは決められたものはきちんと実行し、態度もよくなった。

 多くの生徒たちの行動は著しく進歩し、引っ込み思案の子や内省的な子は、その発達が目立ってよくなった。はじめに生徒たちと単元担当教師が、いっしょに単元ですごしたのは有効であった。信頼しあうために、小グループに分けて対話をする機会を設けた。それはまた言語の発達も進めた。いなかに遠出したり――例えば、運河の土手に沿って散歩するような――、教育ゲームをしたりすることは、非常に有効であった。子どもたちはグループ活動にますます参加しはじめ、教育的にも発達していった。

 単元に対する子どもたちの態度はおもしろい。単元にいる時間は自由選択にまかされていた。普通学級で勉強できるようにするために、実際的援助や注意集中や協調などを発達させて、有意義な方法で彼らの活動を体制化させる必要があった。単元が学校における望ましくない要素を持っている領域であり、学校では他の生徒に害を与えぬようにしなければならないという態度は、子どもたちには好まれなかった。これらの学校の生徒たちはサンクチュアリー単元が、例えば移民のための英語クラスや治療の仕事などのように、学校で生徒のために用意した援助の中の一つであると思っていた。

サンクチュアリー単元の評価

 単元についての量的評価は、“特殊障害児童”計画のためのプロジェクトで決められた。しかし多種多様に富んだプロジェクトがあるため、どれか一つの領域の研究を強めることはできなかった。認知的、情緒的発達を助長することによって、子どもの学習能力をよくしていこうとするのが、プロジェクトの目的であるので、プロフィールをつくって、その上に教室での行動、学業に対する興味、他の子どもたちとの関係などの項目について、教師が各々の子どもたちをそのプロフィール上に評定していった。小学校と中学校では、異なるプロフィールができあがった。

 1学校のプロフィールは、教師や他の子どもたちに対する態度、学業がよくできるかどうか、大人に対する態度、学業に対する態度、勉学の技術、親の関心などにわたっている。生徒たちは、1972年10月ごろ、よく知っている教師によって評価され、約1年後再評価された。小学校のプロフィールでは、最大得点は160 点であった。

 サンクチュアリー単元のような適応のためのプロジェクトに組み入れられた子どもたちは、はじめの平均値107.1 であったのが、最後には109.2 の得点を示し、2.1 点だけ増加した。ある幼児学校では、10点もの増加をみた。この報告が指摘することによると、学校にとっての利点は、単に単元にいる子どもたちが得た利点にとどまらなかった。

 「集団内の子どもの進歩が、プロフィール上にのみ評価されているということも、また忘れてはならない。しかし、例えばサンクチュアリーの利点をクラスの他の生徒たちも認め、もう学習環境がこわされないと感じ、さらに担任教師が、それまで障害児・問題児に費していた多くの時間を、一般の生徒たちに集中できると感じた。これは二つの学校で得られた結果の説明に妥当しているようである。つまりサンクチュアリー単元にいた子どもたちは、その平均得点では、小さなちょっとした変化しか示さなかったが、彼らの友人たちの平均得点は、実質的に上昇したのであったからである。」

サンクチュアリー単元の目的と留意点

 我々の経験からすると、単元の目的は次のようなことが望ましい。

 (1) 障害児または問題児には、時間表に基づいて作業状況をつくってやること。

 (2) 内向的で、引っ込み思案の子どもたちには、同様な時間表に基づいて援助を与えること。

 (3) 情動的状態を取り扱うことができること。さらに、危機を未然に防ぐこと。

 (4) 教師や他の生徒たちを、わずらわしい問題によるストレスから解放すること。

 以上であるが、さて、単元を設定するにあたって、五つの点が考慮されなければならない。

 (a)サンクチュアリー単元は、広範囲の学校に適用できる。

 (b)単元の目標は、はっきりと定められなければならない。そして、学校内の設置場所やグループなども、はっきり定められていなければならない。

 (c)成功するかどうかは、学校の準備した設備、教材、人員確保に依存している。望むべくは単元担当教師が、技術や理解を持ち、さらに、学校や生徒や問題についての知識を持つ必要がある。

 (d)単元は、校長や他の教職員の十分な援助が必要である。

 (e)学校内の関連した集まりと密接な関係を持つことは必須である。さらに学校が外部からの援助団体を持つ必要もある。

 適切な教師を確保することは、サンクチュアリー単元の成功にとって決定的なことである。以上述べた単元では、教師は学校当局の教師としての権能を与えられた。現在の経済体制では、そのようなプロジェクトのための臨時教師は、たやすく得られないだろう。

結 論

 “特殊障害児童”計画(1974年)の報告では、多くの障害児がいる学校で一番必要なことは、よい経験を持った教師を、正規の教師として雇うことであるとの意見を確認した。しかしまた、教材を注意深く準備しそれを正しく使って、子どもたちが問題に打ち勝っていけるように援助することにも、大いなる価値を見い出した。

 ここで述べられた単元は、価値あるものであるといえる。このようなサンクチュアリー単元は、学校が計画して援助機関を持つならば、考慮されるだけの価値がある。

(訳者注)
 イギリスにおける初等教育は、日本と異なりその特徴は以下のようである。

  学校 学年 年齢
プライマリースクール 幼児学校
(インファントスクール)
2年 5歳~7歳
下級学校
(ジュニアスクール)
4年 7歳~11歳

 幼児学校は、5歳児では日本の幼稚園と似た教育を行い、6~7歳児では、日本の小学校低学年と似た教育を行っている。
 下級学校は、幼児学校における教育の基礎の上に初等普通教育を行う。
 幼児学校・下級学校は、それぞれ独立に設置されている場合もあるが、本論文の例のように、半数以上の学校は、両者を併設している。


*オックスフォード・ガーデン中学校の校長。ILEA後援による「特殊障害児童」計画の前顧問教師

**山形女子短期大学講師


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1977年4月(第25号)11頁~16頁