特集/重度・重複障害児者のリハビリテーション 重度および最重度精神薄弱児を対象とした教育プログラム

特集/重度・重複障害児者のリハビリテーション

教育

重度および最重度精神薄弱児を対象とした教育プログラム

Educational Programming for the Severely and Profoundly Mentally Retarded

Andrew L.Shotick**

松川康宏***

Ⅰ まえがき

 10年前までは「精神薄弱児の教育」という場合、むしろ狭い意味で用いられた。それも教育可能児のための学習活動のプログラムに関するもので、IQでいえば50―75の範囲を持つものであった。読み書きの能力の発達に視点をおいたものであって、公立学校や施設内学校で教育の実践がなされていた。

 教育可能な精神薄弱児(以後EMRと略す)のボーダーラインおよびそれ以下にあるもの、すなわち重度精神薄弱児(以後SMRと略す)と最重度精神薄弱児(以後PMRと略す)は、学校教育から利益を受けることはできないという意味が含まれていた。この意味で彼らは、学習が不可能であると考えられたばかりか、学校でのプログラムに到達する能力がないということを意味するものであった(知的レベルで)。教育はその満足度が到達されうるような範囲と程度において特殊なものであった。といっても、EMRにとってさえ、米国では教育規定は十分に受け入れられていなかったし、そればかりか施行されていなかった。ところが、最近では、州は立法規定を通して、教育的な規定によるサービスが求められている。 

 訓練可能な精神薄弱児(以後TMRと略す)もしくはSMRのための包括的な教育プログラムは、最近、展開してきたし、子どもの発達を促進するために、内容、方法および教育組織を含めた規定もすすめられている。身辺自立、コミュニケーション、個人的・社会的な発達ということに強調点がおかれている。といってもこれらのプログラムは、公教育の指導と監督の下にはほとんどなかったし、公教育によって維持されていたところもほとんどなかった。ところがこんにちでは、異常児に対する特別な配慮によってTMRのための公教育も拡大されつつある。

 SMRおよびPMRのための発展してゆく活動は、主として、施設サービスやデイ・ケアのなかで、一人ひとりに興味関心を持たせるという分散的な努力によるものであった。その活動は、トイレットの訓練、食事、コミュニケーション、移動の試みであった。また、悪い習慣行動を取り除くことで、これらの諸活動の多くは、体系的なプログラムの実践的継続性というよりはむしろ、模索的もしくは試行的な性質のものであった。このように、初期の目標は家族的ケアと人道的なケアという点からその軽減をはかるものであった。

 ところが、こんにち、精神薄弱児の教育は、新しい展望をもって展開してきている。ここに、主として、二つの問題が考えられる。すなわち、(a)精神薄弱児の判別基準の考え方が変わったこと、(b)精神薄弱児を教育のなかに含める考え方である。

 上述の(a)は、米国精神障害協会(American Associaton on Mental Deficiency, 1973)によって、精神薄弱児の判別基準としての、これまでのボーダーラインの基準が、削除もしくは排除された。このことが特別な配慮のなかで位置づけられる基準として一般に受け入れられるならば、これまで特殊教育のなかに位置づけられていた大部分の子どもたちは、その枠から除外されるであろう(すなわち、知能が平均以下の基準はずれの子どもたち)。

 これは診断と関連していえることであるが、子どもを精神薄弱児のための特殊教育プログラムに位置づけるということに関して、Cain(1971)は、包括的な議論のなかで、次のように述べている。すなわち「知的能力、身体上の健康、適応行動の包括的な評価によって、命令指示の判断ができるほどの障害の持ち主であるならば、彼は精神薄弱児というラベルをはりつけてはならない。」このような評価のなかには、家庭、学校外の行動、社会的文化的特性、初期における言語などの要因が含まれている。この診断過程は効果的なプログラムのために必要な知識情報を与えること、知的遅滞を持っていない子どもたちを特別クラスから除くという積極的な意味を持っている。

 第2の問題(b)は、精神薄弱児に教育を与えるという問題である。学級における教育というよりはむしろ、もっと大きな広がりを持った教育である。米国の数州では、裁判訴訟の結果、公立学校制度を通して、精神薄弱児に教育プログラムを与えることを義務づけている。それにはSMRとPMRをも含むものである。Friedman(1973)は公立学校に無償で入学させる際に、精神薄弱児は不適当だという学校法を適用しないというペンシルバニア州の事例を報告している。この学校での教育の特質、内容、および場所の問題は特に明記していないが、このようなプログラムが規定されていることは明白である。かくて、精神薄弱児に対する責任は、はっきりと公立学校の責任であるとされた。

 教育という考え方の広がりは、この規定に意味づけられている。以前に認められた教育的内容や組織、機構、形態には関係なく、子どもの能力範囲内において、ある程度の身辺処理や成就度を習得する必要が言及されている。実際に、この規則は教育の定義を広め、子どもが到達する能力を持つすべての発達的領域を含めている。かくて、精神薄弱児の教育は、こんにち、人間的発達のすべての領域内で、体系的な学習経験を持つ公教育による規定を意味する。

 Crosby(1974)が、精神薄弱児施設設備認定協議会(Accreditation Council for Facilities for the Mentally Retarded)の指導原理を明確にしたとき、この協議会のプログラムの基本的哲学は、「人間的な特性を最大限に伸ばし、その行動の複雑性を助長し、環境と対決しうるだけの能力を高め、また障害児をして、できるだけ正常な生活をなさしめるよう」彼の生活の広がりを通して、彼の発展的ニードを満たすべく配慮がなされ、また規定されなければならないとした。

 上述の議論は、とくに、脳性マヒを伴った精神薄弱児に関連して述べられている。明白なことであるが、障害の状態が重ければ重いだけ、それだけ教育経験の規定はもっともらしきことが少なくなる。かくて、過去においては、いわゆる脳性マヒ児の学校の例外はあるが、感覚運動障害を持った中度精神薄弱児、中度の感覚運動障害を伴った精神薄弱児は、ほとんどもしくは全く形式をととのえた教育経験を持たなかった。幸運にも、前に述べられた行動と活動を通して、これらの子どもたちは自己に適する教育を受け始めつつある。

Ⅱ 教育プログラム

 SMR(IQ25─40)とPMR(IQ25以下)は、典型的に、社会の非生産的メンバー、非参加的メンバーとして考えられてきた。このことは、とくに、次の事実によって明らかである。すなわち、過去において、介護がSMRとPMRに与える唯一の方法であった。さいわい、彼らが行為を成し遂げることができるという新しい認識に基づいて、従来とは異なった傾向が浸透しつつある。それは、研究や臨床プログラムを通じて、食事、衣服の着脱が自立してできること、トイレット、作業、コミュニケーションおよび社会性が十分に発達していくということである。

 いろいろなアプローチが、望ましい行動あるいは適切な行動の展開を促進するために用いられてきた。その一つの方法は、望ましからぬ行動もしくは不適切な行動と対立する適切な行動を奨励することである(Johnson and Werner 1975)。この方法はすでに個人の能力の行動範囲に存している適切な行動のプラスの強化を用いることを必要たらしめるものであり、適切な行動がまだ存していない場合には、テクニックを形成することを通して、新しい行動もしくは行動パターンを創造することを必要とするものである。とくに、テクニックを形成することは、連続的な研究方法によってプラスの強化を意味するものであり、すなわち、望ましい行動にいっそう類似している行動にプラスの強化を与えることを意味するものである。上述のアプローチが功を奏し、人間の権利が受容されれば、罰を用いることを除外し、またその使用をきびしく制限する効果的な要素となるはずである(反対強化)。

 成人してからの生活という点で予想的に述べられている教育的な目標は、SMRとPMRについては述べられてはいない。プログラムを組むという努力は、あまりにも新しいために究極の行為の到達度を推測することができない。現在の組織とサービスは、新しい出発として明らかにされうるであろう。

 (1)身辺自立

 伝統的に、自立もしくは身辺処理の展開という点で、SMRとPMRに関しては、ほとんど努力が払われていない(すなわち、一人で食事ができ、一人で着脱衣ができ、トイレットの訓練等において)。オペラント条件づけのテクニックを用いて、一人で着脱衣のできる行動をすすめる試みがなされてきた。ここで訓練に先立って、一人ひとりが評価され、期待される可能性と結びつけられて計画がなされるのである。それは子ども一人ひとりに主眼をおいてなされる特別な技術の決定を含むものである。費やされる全体時間を縮小することで、新しい着脱衣の技術をすすめていく場合、このような手続きが成功をおさめているという結果が示されている。

 MinzeとBall(1967)は、着脱衣における積極的な改善は、PMRの女子に関した類似の訓練プログラムに従って成就されると報告した。MinzeとBallは改善された着脱衣の行動に加えて、PMRの子どもは言語の指示に対していっそう注意し、従順なることを示し、また訓練するに従って自己攻撃性がなくなり、かんしゃく行動が少なくなったことを報告した。

 Martin、McDonald、Omichinski(1971) は社会的な強化だけを用いることは、SMRにおいて行動を訓練しもしくは条件づけるには十分ではないということを報告した。その前提条件をテストするために、汚しながら食事する行動に対してマイナスの強化を与えるべく、社会的非認、また「時間ぎれ」という異なった方法を用いた。社会的な強化は、食事する習慣に関して、ほとんどあるいは全く何らの効果を持たないということを結果的に示した。それに反して、「時間ぎれ」という方法は、望ましからぬ食事の方法を大いに除去した。

 しかしながら、HenriksenとDoughtry(1969)は、オペラント条件づけが社会的な強化と結びついているとき、後者は反応を引き出す特質を獲得できるということを報告した。PMRの男子が望ましからぬ食事についての行動を示した場合、トレーナーは不愉快な顔をして「この子は悪い子です」というであろう。望ましからぬ行動が継続していくならば、訓練がとりやめられ、被験者の腕を押さえつけた。こうして13週間の訓練期間の終わりには、分裂した行動の発生は有意義に除去させられるとの報告がなされた。

 SMRとPMRの子どものなかで、一人で食事をするという望ましい行動の成功的なオペラント条件づけは、GrovesとCarrocio(1971)によって支持されていることが報告された。彼らの訓練方法はスプーンの適切な使用を発達させ、また手で食事や食べ物を盗み取りすることを減じるよう工夫されたのである。マイナスの行動が観察されると、いつでもその子の盛り皿は取り上げられ、その子が自分のスプーンを拾い上げた後でのみ盛り皿は返された。盛り皿を取り上げることは「スプーン使用」の発達と結びついていた。95日間の訓練の後で、すべての子どもはスプーンをうまく使うようになった。さらに多くの子どもはまとまりのない行動のために、彼らの食物が取り上げられることによって手で食事をするということが減じられた。

 さらに、身辺処理のもっとも基本的なしかも重要なことは、適切なトイレットの習慣を身につけさせることである。BaumeisterとKlosowski(1965)は、SMRとPMRのためのトイレット訓練の重要性を以下のように強調してきた。「恐らくSMRとPMRの子どものなかには適切なトイレット習慣がないという全く恥ずべきものはひとりもいない。成功の度合いは、これらの事柄を習得するという点で、人間の尊厳に必要なものであり、いっそう進んだ訓練とリハビリテーションの形態のために必要欠くべからざるものである。」

 この特殊な領域のなかで、いくつかのアプローチが示唆されてきた。ところで、Ellis(1963)による提案の一つは、SMRとPMRのためにもっとも包括的なものであるように思われる。刺激―反応の問題としてのトイレット訓練を考慮に入れ、Ellisはオペラント条件づけの方法を用いるモデル・プランを提示した。彼は膀胱と直腸における緊張は刺激もしくは傾向刺激とみなすことができ、排尿もしくは排便によってこれらの緊張をゆるめたり、減少させ、最終的には目的の刺激を形成することになるということを示した。かくて、Ellisは、さらに適切な行動のオペラント・チェイン(すなわち便所に行くこと、自分の下着を脱ぐこと、トイレットで座ること、排出すること)は、もし厳格なコントロールと適切な強化物が用いられるならば展開するかも知れないということを提案した。彼のプログラム(とくに施設のなかで用いられるために計画された)は、基本的には、次のことを意味している。すなわち(a)被験者の注意深い選定と訓練、(b)移動可能なしかも完全な感覚組織を持っている被験者、(c)被験者に一定の食事を供すること、(d)トイレットに行き来する頻度と時間について注意深い記録のデータ、(e)訓練スケジュールの展開(それぞれ一人ひとりのデータに基づいた)、(f)子どもがトイレットに座っている間、適切な反応が起こる場合、子どもにとって望ましい項目となった直接の強化、(g)適切な行動が誤ってプラスの強化を与えられないようにするために、不適切な行動と反対刺激の除去との間に起こる時間的間隔(遅延)、(h)継続的類似的なテクニックによって、目的反応へと被験者を導くこと(形成すること)、(i)全時間を基にしてプログラムを維持すること、(j)正確な記録をつけること。

 Ellisによれば、このようなプログラムは、広範な息の長い努力を必要とするものであるが、しかし、SMRもしくはPMRの生活の範囲にわたる利益があるといっただけでは言い足りないほど、その努力を価値あらしめるものであると指摘している。Dayan(1964)は、Ellisのプログラムと類似したプログラムが施設のなかに取り入れられる場合、6人のPMRの洗濯物が一週平均1200ポンドから600ポンドまで減少したということを報告した。それは明白に一人ひとりの身辺自立に付加されたものであることに意味づけされている。

 (2)作業

 SMRによる作業の発達に至る伝統的なアプローチは、行動の可能性にうまくあてはまる子どもを就労ということで仕事に位置づけてきた。このようなアプローチによって、しばしばまたきびしくSMRに適用される仕事が制限されていた。さいわい、こんにちの研究によって、過去においては彼らには非常な困難だと思われた複雑な仕事がSMRにできるように訓練されている。行動変容、模倣訓練、代用貨幣支払法は、すべてSMRに作業を教えるためにうまく用いられてきた。

 Crosson(1969)は首尾一貫した訓練プログラムを提示し、それはSMRが複雑な作業を習得することに関して、彼の有している潜在能力、以前には知られなかったもしくはこれまで提唱されなかった潜在能力を明らかにしたものであった。このプログラムはSMRの生来持っている能力に適した仕事に位置づけようとする試みよりも、むしろ役立つ仕事のために、SMRを訓練することを含んでいた。彼は、そのプログラムで7人の男子SMR(平均IQ27、暦年齢16~34)に木製の筆立てと花器を作ることを工夫して教えた。

 これらの複雑な仕事は、それぞれほぼ別々の100の行動の構成要素を必要とした。この方法は、彼の一つ一つの判断水準と彼の現時点での能力範囲に従って、各々個人的な訓練のなかに含まれる行動の機能的単位を明確にすることを意味するものであった。各々の行動の構成要素と結びついた手掛かりもしくは刺激は、とくに、明記されなければならなかった。刺激が十分に強くない場合には、より強力な代償刺激がそれに代わって用いられた。もっとも困難な行動構成要素は、仕事のプログラムに先立って形成された。また被験者の能力範囲のなかに存しないような反応は、類似性によってや身体的指導によっても形成され、各々の行動の構成要素は次の部分に移る前に、数度、被験者にデモンストレーションされた。そしてさらにすべての正しい反応が直接に強化された。そのプログラムはあまりにも成功的であったために、だれもが望ましい技術を習得するには3時間以上の時間はかからなかった。さらに、訓練時間の後で、2~12か月間なされた記憶力の測定によって、被験者全員は全体にわたる連続性のなかに95%以上の行動の構成要素が正しく遂行されたということが明らかになった。

 Bender(1972)は、被験者による模倣によってなされる視覚教育を含めたプログラムを展開させ、技術的仕事を遂行するための25名のSMRの男子を訓練した。彼の実施した方法は被験者に何が行われていたかということを観察することを教えながら、被験者のために仕事をデモンストレーションすることであった。そこで被験者は、デモンストレーターの行動を模倣することが教えられた。訓練に続く結果は次のことをあらわした。すなわち、被験者は仕事を遂行するための能力を習得し、またさらに、一定の期間にわたってその能力を保持できたということである。

 MusickとLuckey(1970)は代用貨幣の支払法から獲得されたデータを報告した。それによってSMRが仕事の生産性を効果的に増すことができたばかりでなく、望ましからぬ行動の頻度が同時に減少したことを示した。とくに一人ひとりは生産活動に参加する社会的レクリエーション的特権をもって報酬を受けた。代用貨幣の価値が各々の活動と結びつけられ、(a)グループ・レクリエーションへの自発的な参加は1枚の代用貨幣によって、(b)訓練時間への自発的参加(ことばの認識と数のゲーム)は1枚の代用貨幣によって、(c)寄宿舎以外の1日の労働には4枚の代用貨幣によって、(d)寄宿舎以外での半日労働には2枚の代用貨幣によって、(e)職員に礼儀正しい場合は1枚の代用貨幣によって、(f)一人で身仕度できたときは1枚の代用貨幣によって、それぞれ支払われた。このプログラムが打ち出されて2か月後、病的不満が80%減少した。上述のすべての諸活動への参加においては顕著な増加があった。

 サービスの実施は、与えられたサービスの範囲においても、サービスそれ自体の特質においても、広く拡充しつつある。例えば、コミュニティ内で幼年期から青年期に至るまで、精神薄弱児の発達を助長するように努力するデイ・ケア・センターがある。さらに、作業能力を身につけそれを用いられるように保護された仕事場、家庭のない人やニードを満たすことのできないような家庭で生活している人に家庭のような雰囲気を与える集団家庭(group home)、養育院(nursing home)への入所、レクリエーション・プログラムの実施、家庭に幼児のいる家族への直接の援助等を助長してくれるようなサービスもある。

 同じように、いくつかの州では、小さな地域病院を建設し、個人の住んでいるコミュニティ内で評価と診断サービスがよりうけやすくなるように拡充を図っている。ここに新しい必要な情報が普及し、専門職員の充実と必要な能力がさらに養成され、コミュニティのなかの各個人がこれらの努力の積極的な成果を考えるとき、進展しゆく障害児(者)は、社会において正しい役割を果たすであろう。

参考文献 略

  本稿は、Cruickshank,W.M.(ed):Cerebral Palsy-A Developmental Disability, 3rd revised, Syracuse Univ. Press 1976.の中の Mental Retardation の一部を翻訳したものである。
**  ジョージア大学準教授
***東京教育大学附属桐が丘養護学校


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1977年10月(第26号)2頁~7頁

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