教育 最重度遅滞児:公教育の新しい挑戦

教育

最重度遅滞児:公教育の新しい挑戦

The Profoundly Retarded : A new Challenge for Public Education

Robert E. Luckey & Max R. Addison

久芳美恵子*

 最重度遅滞児を公教育の対象に含めるという最近の法廷判決の結果、教育関係者はおびただしいプログラム上、経済上、建築上、また法律上の諸問題の調整に直面している(Gilhood, 1973 ; Lippman & Goldberg, 1973 ; Sontag, Burke & York, 1973 ; Weintraub, 1972 ; Ross, DeYoung & Cohen, 1971)。多くの州でも、すべての障害者に十分かつ平等な教育の機会を確保するために、新しい特殊教育法を通過させたり、現行法の修正を行っている(例、米国教育委員会、1972;Trudeau, 1971)。数多くの州では、教育制度がいまだこれらの新しい司法、立法の命令の支配下にはない。しかし、現在公立学校にみられる「拒否ゼロ(zeroreject)」への傾向が、結局は全国的なものに広がる徴候が強くなっている。

 最重度遅滞児の入学によって、典型的な公立学校では、通常備えられていない新しい教育的手段や設備が必要となるであろう。最重度遅滞児を扱う特別な方法論に関する専門的文献として、訓練技術に関しては、現在モデル的な非学校プログラムの例が数は多くないがいくつかある(例、Lake, 1974 ; Watson, 1973 & 1972 ; Ball, 1971 ; Gardner, 1971 ; Bialac, 1970 ; Girardeau et al., 1970 ; Gardner & Watson, 1969 ; Barnard & Orlando, 1967 ; Hollis & Gorton, 1967)。しかし、数多くの文献、特に1960年代半ばから終わりにかけて収容施設で行われた研究については、通常使われるコミュニケーションの手段を使って出版されたり、広められたりはしていない。

 教員養成課程では従来、中・軽度遅滞児(者)を対象としそれに適した技術や教育課程に重点を置いてきたので、教員養成に関係する教育者たちは、最重度遅滞児の訓練プログラムには精通していない。Sontagとその同僚たち(1973)が指摘したように、最重度遅滞児のための新しいクラスは、この分野ではほとんど訓練されていない教師たちが担当することになるだろう。これらの不十分さを克服するために、訓練に関係ある研究から必要な技術の注入を含む大幅な再教育が教員養成プログラムには必要となるであろう。

 本論文は、実際に教育に携わる人々(Educators & teachers)に現在ある最重度遅滞児の訓練に関する方法論を知らしめるためと、教育計画の中にこれらの訓練技術をどのように編み込んでゆくか、参考としての骨組みを提供するために、種々様々なところから資料を収集し説明するものである。

最重度遅滞児(者)に重点をおいたプログラムの提案領域
学齢前 学齢期 成人期
感覚─運動刺激 感覚─運動の発達 感覚─運動統合
a.視覚、聴覚、触覚、嗅覚、筋反応の刺激 a.形、色、大きさ、位置、距離がわかる a.分類したり、移動したり、はめこんだり、引いたり、折りたたんだりする
b.豊かな環境を整え、周囲の興味あるものを探ることを促進する b.音の違い、音の位置、音質、リズムがわかる b.音楽、信号、警報に応ずる
  c.手ざわり、重さ、形、大きさ、温度がわかる c.自分で選択をする
  d.よく知っているにおい、いやなにおい、快いにおいがわかる d.大きさ、重さ、色、距離、位置、におい、温度などの差異を識別する
身体的発達 身体的可動性と統合 身体的機敏さとレクリエーション
a.姿勢 a.歩行練習 a.乗り物に乗る:身体訓練的活動や運動場での競技に参加する
b.からだも動かしてもらう(受身の運動) b.障害物をのりこえる:斜道や階段を昇ったり、走ったり、スキップをしたり、ジャンプをしたり、バランスをとったり、よじのぼったりする b.鉛筆でかく、はさみで切る、ビーズをつなぐ、糊ではる、組み立てをする
c.ころがり、はいはい(はじめは手のみで、次第に手足を使い)をする c.遊び場の遊具をつかう c.泳いだり、水遊びをする
d.頭と胴のバランス d.運動場での競技に参加する d.公園、遊園地や他のレクリエーション施設をつかう
e.目的的に手を使う    
f.立つ練習    
g.移動の訓練    
身辺自立の前段階 身辺自立の発達 身辺自立
a.ビンやスプーンから食べる。コップから飲み、手づかみで食べる a.スプーンやコップをつかって自分で食べる。いろいろなものを食べる。食事時にふさわしい行動をする a.家族と一緒にさまざまな食物を食べる。食事用具をつかう、食物を選ぶ
b.着せてもらう、着せやすいようにからだを動かす、衣服を一部脱ぐ b.衣服の着脱、監督の下で衣服の着脱をする、ボタン、チャック、ホックをはめる b.部分的介助又は監督下で着衣する
c.お風呂に入れてもらう、石けんや手ぬぐいをいじる、からだ拭きを手伝ってもらい少しする c.手や顔を拭く、入浴が部分的にできる c.部分的介助又は監督下で入浴する
d.トイレにつれていってもらう、規則正しくトイレに行く d.決められた時間にトイレに行く、排泄の要求を表示する、監督下でトイレをつかう d.時折監督するのみで一人でトイレに行く
言語刺激 言語発達 言語(特に話しことば)の発達
a.音への注意力の増加 a.名前、身近なものの名前や身体部位の認知 a.話し手の話を聞く
b.発声の促進 b.簡単な命令に反応する b.身ぶり、単語、句をつかう
c.言語的・非言語的要求に答える c.話や身ぶりをまねる c.複雑でない指示に従う
d.事物を識別する d.身ぶりや単語又は句をつかう
個人間の反応 社会的行動 自己管理と労働
a.身近な人を認知する a.人の注意を要求する a.防衛(自己)の技能を用いる
b.他人の注意を喚起しようとする b.他の子供のそばで一人遊びをする b.分けあったり、順番を待ったり、指示を待ったりする
c.短い時間ひとりでいられる c.基本的な自己防衛技能をつかう c.監督の下で旅行をする
d.玩具などを扱う d.他の子供と協力的に遊ぶ d.割り当てられた課題(仕事)を完成する
    e.労働活動を中心としてプログラムに参加する

どこから始めるか

 公立学校に最重度遅滞児を受け入れる運動は、当然の結果として従来の教育の定義の逆戻り(reverstion)を伴うだろう。これに関してRoos(1971)は次のように述べている。

 個人をとりまくすべての環境をより効果的に処理できるように、個人が新しい行動を発達させたり、また現在ある行動を適用させたりするのを助ける過程を教育という。それ故、我々が教育を語る時にはいわゆるアカデミックな分野に制限してはならないことを明確にすべきである。基本的な身辺自立技能の発達を含むことはもちろんである。個人を人間として定義せしむるそれらの複雑きわまりない行動を含むのである。トイレット訓練、着衣、身づくろい、コミュニケーションその他の技能である。〔P.2〕

 Roosの述べている事柄に沿って、表には、最重度遅滞児に重点をおいたプログラムの分野が提案されている。それには、以前には公立学校での教育の領域とは考えられていなかった技能の分野が含まれている。この表は、年齢と能力のグループについて一般化したものを基礎としていて、グループ内差異は考慮されていない。グループ内の個人間で著しい相違がみられることは明らかであるので、個人の訓練目標を決める時には、表の項目は一般的な目安としてのみ考えられるべきである。

 表に示したように、最重度遅滞児には早期から体系的な訓練を始めるべきである。最重度遅滞児も肉体的には成長している。それ故に長期間ベッドに寝ていたために形成される異常な姿勢から肉体上の問題が起きないように、特別に守る必要がある。このような好ましくない状態は、毎日体重をささえたりする機会をつくったり、また、ベッドに寝ている間も靴をはかせるようなことで最小限にすることができる。足がハサミ状になる(scissoring of the legs)ような問題は、適切な位置に足を置く練習や副木また足固定具を適切に用いることで避けうる。頭、肋骨、脊柱によくみられる奇形も、常に正しい姿勢を保つことの機能訓練によって避けることができる(Robinault, 1973 ; Pearson & Williams, 1972 ; Finnie, 1970)。

 頭のバランスや躯幹のコントロールは、体系的なマット遊びまた体操(Pearson & Williams, 1972)を含む数多くの方法や、車のタイヤや砂袋、枕のようなもの(Robinault, 1973)で座位をささえることで改善することができる。子供の腰と背の位置が、適切な機能的バランスを発達させる能力に重大な影響を与えることを熟知すべきである。位置固定具は、この点で他の方法とともに用いることができる(Robinault, 1973)。

身体発達の促進

 学齢に達するまでに、最重度遅滞児たちはまっすぐに背を伸ばして座り、部分的介助によるかまたはひとりで立ち、ひとりで歩きはじめているであろう。学校の環境設計が、ひとり歩きや他の移動方法を禁止するようなものであってはならないことは言うまでもない(Ganges, 1970 ; Gunsburg, 1968 ; Helsel, 1967)。最重度遅滞児の発達を最善にするために、様々な種類の感覚─運動活動を組み入れることが必要である。(Auxter, 1971 ; Webb, 1969)。不足がちな歩行や水遊び、水泳、運動場にある遊具の使用などの戸外の娯楽的、身体的運動を補うために、教室内に障害物コースを設置することもできる。(AAHPER, 1971 ; Hillman, 1968 ; Hillman, 1966)。

 最重度遅滞児も含めてすべての子供の発達には、ある程度の危険を冒すことも必要なことである(Perske, 1972)。骨格筋の運動や新しい運動技能の練習をさせないでおくほどの保護はされるべきではない。子供は皆、ある程度のこぶや打ち傷をつくることなくして、自分の身体と周囲のものとの関係を学んだり、基本的な自己防衛技能を身につけたりすることはできないのである。

機能の独立を確立する

 最近の10年来の遅滞児を対象とする様々なプログラムで、正の強化を体系的に用いる方法が以下の色々な機能の発達を促進することになると論証されている;食事の自立(Berkowitz et al., 1971 ; Groves & Carroccio, 1971 ; Whitney & Barnard, 1966 ; Bensberg et al., 1965 ; Spradlin, 1964 ; Blackwood, 1962)、着衣(Mertin et al., 1971 ; Kimbrell et al., 1967b ; Minge & Ball, 1967 ; Karen & Maywell, 1967);トイレの使用(Foxx & Azrin, 1973 ; Watson, 1967 ; Giles & Wolf, 1966 ; Baumeister & Klosowski, 1965 ; Hundziak et al., 1965);身じたく(Treffry et al., 1970 ; Bensberg et al., 1965 ; Girardeau & Spradlin, 1965);運動技能(Auxter, 1971 ; Smith, 1972 ; Rice et al., 1967 ; Ball & Porter, 1967 ; Johnson et al., 1966);言語発達(Jeffrey, 1972 ; Stremel, 1972 ; Bricker & Bricker, 1970 ; Peine et al., 1970 ; Risley & Wolf, 1968 ; Sloane, 1966);社会化(Roos, 1968 ; Wiesen & Watson, 1967 ; Bensberg et al., 1965 ; Girardeau & Spradlin, 1964)。

 中・重度遅滞児について研究者たちの最近の研究は、最重度遅滞児の教育プログラムの発達に明らかなかかわり合いがある。例えば、Lake(1974)は、重度・重複障害児に教育的に選択の可能な現在あるプログラムをまとめたものを紹介している。これには、早期教育、学業不振児の指導プログラム、作業技能の発達、発達障害児のために計画された環境などについてのプログラムが含まれている。言語に関する分野(例、Tawny, 1964 ; Bricker, 1972 ; Lynch & Bricker, 1972 ; Tawny & Hipsher, 1972 ; Guess et al., 1971 ; Mann & Baer, 1971)、教室内行動の分析と修正(Haring & Phillips, 1972)や職業的能力(Gold, 1973 ; Crosson et al., 1970)にも相当な注目がなされている。

 上記引用したプログラムでは、正の強化が最も一般的に使用されていたが、負または嫌悪強化もまた好ましくない行動を減少するのに有効であることが立証されている。罰手続きの使用についてはGardner(1969)やMacMillanとその同僚たち(1973)、Smoley(1971)らによって再調査された。破壊的行為は嫌悪ショック(Buscher & Lovaas, 1968 ; Tate & Baroff,1966;Luchkey et al.,1968;Hamilton & Standahl,1969 ; White & Taylor, 1969 ; Birnbrauer, 1968)、身体拘束(Henriksen & Doughty, 1967 ; Hamilton, Stephens & Allen, 1967)、条件嫌悪呈示(Whitney & Barnard, 1966)、タイム・アウト(Baker et al., 1972 ; Hamilton et al., 1967 ; Peterson & Peterson, 1968 ; Wolf et al., 1964)、矛盾反応(incompatible response)(Patterson et al., 1965 ; Whitman et al., 1971 ; Allen & Harris, 1966) や消去(Wolf et al., 1965)などの手続きの使用で減少させることが可能である。

 機能上の自立の確立に関連し、特別に述べる必要のある問題は食事の自立である。最重度遅滞児の中で少数ではあるが、神経─筋障害は食事に重大な問題をもたらすもとになる。過去には、食物摂取に関する重度の障害は、gavage法(鼻から腹部へ管を入れる方法)で補われる傾向にあった。この方法は、適切な栄養を確実にとるあくまでも臨時の緊急措置であるにもかかわらず、あまりにも食事に問題のある子供に対する恒久的な方法になりすぎている。胃瘻管(腹壁から直接挿入する管)がいくつかの事例で使用されている。この方法はまれな生理学的異常をもつほんの少数の事例に限って使用が許される。

 筋肉コントロールを上達させるための唇や舌の段階的な刺激法を含む多くの促進方法があることを知っているべきである。嚥下や咀嚼行動を可能にするための適切な呼吸コントロールを教える方法もある(Pearson & Williams, 1972 ; Finnie, 1960 ; Smith, 1970)。このような方法は、管を使用し食事をさせる方法を徐々に止めさせる体系的なプログラムに編み込まれるべきである。まれに例外はあるが、通常の方法で食事ができるように、効果的な舌や唇、呼吸コントロールの発達を助成できることが実証されてきている。管によって滋養を得る方法(tube feeding)に頼る前に、医学的にみて、該当児の状態が他の方法では食事を摂ることが不可能であるということが明確にされるべきである。

継続的訓練の必要

 訓練プログラムの計画にあたっては、最重度遅滞児(者)には生涯にわたる長期間の訓練の必要性があることを考慮すべきである。青年期や成人期には、身辺自立や身づくろい、コミュニケーションなどの社会的適応技能の維持や上達に焦点をあてたプログラムにすべきである。知的発達は、著しく限られたものであろうが、最重度遅滞者は「子供のようなもの」と考えるべきではない。何年もの間、いろいろな技能を実際に行ってきた経験をもつという点で子供とは明らかな違いをもち、身体的に発達した大人である。それゆえ、自立とか自己管理に関しては、最重度遅滞者にははるかに多く期待できる。不幸にして、多くの親やまた専門家たちも同様に、最重度遅滞者は子供のようなままでいるだろうとの予測から、彼らを子供のように扱い、自分ではどうすることもできないたよりない状態や他人への依存を永続的なものにしがちなのである。

 つい最近まで重度・最重度遅滞者は学習不可能と思われ、彼らのための発達プログラムをつくることなどむだなことと思われていた。この悲観的見方とは対照的に、現在では最重度遅滞者は、労働活動や隔離された工場プログラムへ参加できるように教育をうけている(Gold, 1973 ; Cortazzo, 1972)。これらのワーク・センターで必要とされる技能には、身辺自立や身づくろいから、分類したり、移したり、差し込んだり、引いたり、包んだり、封をしたり、折りたたんだりの課題を含む仕事に必要な技能まで範囲は広い。後者の技能に関してZaetz(1969)は、最重度遅滞者に適した数多くの労働活動を考案し、Crossonとその同僚たち(1970)は、体系的な訓練手続きを述べている。作業内容がレバーを押すこととか、規則正しい間隔で機械を動かすといったことである場合には、工場機械の操作さえも最重度遅滞者によってなされてきた。最重度遅滞者のこのような活用の仕方は、彼らのいわゆる貧弱な技能は、もっぱら一般労働者向けの世界でのみ有効なのかもしれないことを強く示唆している(Screven et al., 1971)。現在の訓練目標では、必ずしも慣例的意味の競争力のある労働者を育成していないとはいえ、最重度遅滞者たちは、日常的基盤で不必要な身体的、心理的低下を防ぎ、一般社会に彼らが受け入れられる機会を増す意味のある作業に従事できるのである。

(Schmid, R. E., Moneypenny. J. & Johnston, R., Contemporary Isses in Special Education, 1977から)

参考文献 略

*東京都立調布養護学校教諭


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1978年3月(第27号)16頁~20頁

menu